第3話

学校に着いた俺たちを待っていたのは、数学教師で担任の春日井先生だった。学年主任でもある先生に呼び止められ、着いたのは生徒指導室。椅子と長机だけの空間に、俺だけが座らされている。


里運がどこ行ったかって?


もちろん教室で授業を受けている。あれでも学年主席なのだ。驚くだろ? 俺も定期テストの百点と書かれた、答案用紙見せられた瞬間、目が飛び出しそうなくらい驚いた。運が味方しているとしか思えない。


俺はといえば、ここに来させられているという時点で察してほしい。額に手を当てた春日井先生は、俺が座った瞬間、深々と溜息をついた。


「なぁ、小鳥遊。小鳥遊さんのこと、なんとかならんか?」

「先生、何度も言ってますよね。なんとかなってたら――」

「そうだよな、悪い、悪い。お前も苦労してるんだよな」


 先生に何が分かるんだよ。一回この立場を交代してほしいくらいだ。


「何が分かるんだよ、とか思ってないか?」


 なぜ、分かった?


「……あはは、そんなこと、全然、全然思ってませんよ」

「長年、教師をやっているんだ。生徒の顔を見れば大体わかるぞ。とくに小鳥遊、お前とはここで何度もこの話をしている。お前が何を思っているかなんて、分からないはずないだろう」


 ……分かっちゃいますか。


「だったら先生、今日もこの場所で話さなくてよくないですか?」

「それはそうだけどな。体裁ってやつだよ。他の先生方に何もしていないと思われたらいかんだろ」

「……そうですよね」


 先生も大変なんだな。

 生徒の俺に、そんな姿を見せてほしくはなかったけど。


「脱線したな、話を戻すぞ。小鳥遊さんとのことだが、もうそろそろ庇いきれなくなってきていてだな。ここだけの話だが、職員会議ではお前たち二人を一度、停学処分にした方がいいという意見も出ている」

「そんな! おかしいでしょ」


 俺は先生の話を聞いて、立ち上がっていた。


「まぁ、落ち着け、小鳥遊」


 落ち着いていられるか。里運だけだったらともかく、なんで俺も含まれているんだよ。


「意見が出ているってだけだ。そこまで気にしなくていい」

「そんなこと言われたって、気にするでしょ!」


 気にしない方がおかしい。


「まぁ、気持ちは分かる。先生だって、お前の立場になったと考えたらな――――小鳥遊さんのせいだと思いたくなる」


 春日井先生が、目を逸らし、気まずい顔を浮かべる。そこまで考えていてくれていたのか、先生。


「それでなんとかなっていると」

「小鳥遊に同情しているという点はある。ただ、ほとんどは、お前も気付いているだろうが、小鳥遊さんの成績だ」


 ですよね。


「小鳥遊も、もっと成績がよかったら、違ったんだけどな。お前の成績は何度も聞いたから知っているぞ。国語は四十、数学は五十、理科は――」

「あはは、そんなこと言わないでくださいよ」

「赤点は回避しているが、これは少しな」

「……はい」


 成績に関しては何も言い返せません。俺はゆっくりと椅子に座りなおした。ちなみに理科は四十五点、社会は三十五点、英語は――聞かないでほしい。


「あと、今回も聞くが、本当に、本当に小鳥遊は、小鳥遊さんがああなってしまった理由を知らないんだよな」


 急に真剣な表情で、春日井先生が聞いてくる。


「知りません」


 この質問を、何度も先生に問われたが、俺はいつもこの答えを返していた。

 里運と会ってから五年が経つが、あいつが「運」と言わなかった日を俺は知らない。名前に運がつくんだから当然ではあるが、「運命だよ!」と言わなかった日も知らないのだ。


「そうか今回もか」


 そう言って、春日井先生は顎に手を当てた。


「うん、分かった。今回は以上だ。何度もこの話をして悪いな」


 机の上に置いていた紙をまとめ、先生が立ち上がる。扉を開け、職員室に戻ろうとする先生の後ろをついていこうとした直前、


「ああ、それと――次の授業、当てるから予習しとけよ」


 ……理不尽だ。

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