第4話

「よ、今回もまたか?」

「そうだよ、いつものやつ」


 教室に入って、鞄を置いた俺に声をかけてきたのは、クラスメイトで友人の雨宮雄介だった。一年のときからのクラスメイトで、サッカーをしていたことがきっかけで仲良くなっている。今日もフレームのない眼鏡が似合っていた。里運のことを理解してくれる唯一の親友でもある。


「で、今日はどんなのだったんだ?」


 それを聞いちゃうか。聞いちゃうよな。でもなぁ。あんなものを朝から見せられて、答えたくないんだよな。


「もしかして、またヤバいやつだったか?」


 心配というよりは、呆れているに近いだろうか、雄介がそんな風な目線を向けてくる。


「いや、そうじゃなかったんだけど」


 朝からこの言葉はためらいがある。雄介だけだったらまだ話せなくもない。クラスメイトに聞かれて、噂でもされたら嫌になる。ただ――


「どうした、如月」


 隣の席の如月紗枝が聞き耳を立てていた。日本人にしては目立つ褐色の肌。サイドテールに結んだ髪。ビーチバレー部主将な彼女が、しっかり体を寄せて、耳に手を当てている。


「いやぁ、ね? 私も里運の親友として、里運のこと聞いておきたいなと思って」

「はい、そうですか」


 こいつは里運の友人でもあった。俺が知らない、幼稚園の頃からの付き合いらしい。


「ね、それで今回のはどうだったの!」

「絶対に引くなよ? 聞いて損したとかいうなよ?」

「「言わない、言わない」」

「じゃあ、言うぞ」


 どんとこいと言わんばかりの表情を二人が浮かべてくる。どうなっても知らないが、この二人だったらいいだろう。


「う〇こ」


 俺は他のクラスメイトに聞こえないくらいの声で、三文字の汚い言葉を告げた。周囲を確認してみる。よし、聞こえていたのはこいつらだけだな。


 他のやつらに聞こえていたら、また変な噂を流されかねない。この前なんて俺が裸で道路を走っていたという噂が広まっていた。正確には、里運が服を剥ぎ取ってきて持ち帰ろうとしたから、取り返そうとして走っていたが正しいが……。普通は里運のことを広めるだろ? なんで俺にまで――。


 そう思っていたら、如月に肩を叩かれた。


「ねえ、ごめん。ちょっと聞こえなかった」


 は? もう一回言わせる気かよ。如月のやつ、絶対に聞こえてただろ。雄介は笑ってるし。ああもう仕方がないな。


「だから、鳥の糞だよ」


 今度はクラスの全員が聞こえるくらい、大きな声で言ってやった。どうせ今回も、噂が流れても「またかよ」くらいにしか思われないだろうしな。


「ふっ、あ、それは、ご愁傷様」


 如月が笑いながらそう言ってくる。こいつ後で覚えてろよ?


 キンコーンカーンコーン

 

「あ、やべ次の授業なんだっけ?」

「英語だよ、覚えとけよな」

「お、サンキュ!」


 そういって雄介は席に戻っていった。如月はというとまだ隣で笑っている。何がそんなに面白かったんだよ。ああ、ウザい。


 あれ? 待てよ、次の授業って。


「如月、次の英語の授業、小テストあるって知ってるか?」


 俺は笑い続けてる如月にそう告げてやった。如月は俺と同じで頭が悪い。そして、俺と同じでテスト前に勉強をするタイプ。


「え、そうなの!?」

「そうだぞ、しかも赤点取ったら、補習って神崎先生が――」

「やらないとじゃん!」


 そういって、如月は英語の単語帳を開き、ノートに単語を書き始めた。


 あ、やべ、俺もやらないと補習だな。

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