最大の武器が否定された時、それでも進み続けられるか「カナリアは窮境に歌う」感想

 ワンダーステージが誇る歌姫、草薙寧々。Leo/need一歌が師事する歌の先生でもあります。自他共に最大の強みと思い、実際に多くの舞台を素晴らしいものにしてきた歌唱力。

 30周年講演という重要な舞台を前に、周りに劣っていると感じていた演技ではなく、歌こそが問題と突き付けられます。大好きで大切な歌ならフェニックスワンダーランド随一の実力者青龍院櫻子にも並べる、彼女を支えてきた自信は大きく揺らぎます。

 物語当初の寧々であればこれだけで折れたかもしれませんが、仲間と心も強く成長してきました。中途半端にしたくない、やれることは何でもやろうと早速何が悪いのか聞きに行きます。 

 自分の歌が劇から浮いてしまい、舞台を壊しかねない。自らの歌唱の癖を探そうと試行錯誤する寧々ですが、何もつかめず時が過ぎていきます。普段頼りになる仲間たちも、今回は応援することしかできません。 

 寸暇も惜しんで自主練中の寧々に、悩んでいるのなら相談できる人物がここにいると声を掛けたのは櫻子。これまでの寧々の様子をしっかりみて、癖を見抜いていましたが、あえて適任の先生に繋ぐと言います。


 寧々は、憧れの舞台女優である風祭夕夏と再会します。相談をすると、まず言われたのは「歌ってみて」。全然仕上げられてない未完成の歌でも、逃げたって何も変わらない…、意を決して全力で歌いました。「どんなことを言われたっていい。それが、今のわたしのありのままだから」どんな酷評でも全部糧にしてやるつもりだったところ、憧れの人からの第一声は「すごく上手になったと思った」。 

 これまでの歩み、一度は否定された自分の積み重ねてきたもの。それを憧れの人が認めてくれた。自分を追い込み張り詰め続けてきたこともあり、寧々の目から堰を切ったようにただ涙がこぼれます。

 この後すぐにどんなことでも教えてほしいとお願いし、風祭さんはそれに応え「世界で活躍するミュージカル俳優になりたい」という基準で、厳しい現状評価を伝え、スパルタ特訓の日々が始まります。寧々のイベントスチルが涙のシーンではなく、お願いするシーンになっている所からも進む決意の強さを感じますが、それでも風祭さんの第一声が認める言葉だったことの意味は大きいと思います。 

 

 一度認めたことで自分の武器、これまでの歩みは大きな意味があったと、極端に下がっていた自己評価を大きく修正することができました。

 完全なたらればですが、これもし順序が逆だったら、「世界で活躍するミュージカル俳優になりたい」を先に告げた後に歌い、第一声がその基準でのダメだしだったら。それでも今の寧々なら食らいついたかもしれませんが、自信ゼロの中で足りない足りないと張り詰め続け、どこかで折れてしまったかもしれません。

 この話を読んで対照的だと思ったのが、自分の最高の武器だと思っていたものが、足りない現実を突きつけられ自身が揺らぎ、砕けそうでこれまでの歩みを肯定してほしい所にとどめの一撃を受け、一度完全に砕けてしまった絵名の中学時代です。(持っている才能や実力は違いますし、中途半端に続けるよりは一度決定的に砕けた方が後に繋がっている面もあるでしょうが、少なくともその場を考えると、東雲父も雪平先生も一言足らんかったのでは…と思ってしまいます。)結局は絵で認められないと自尊心は満たされず、才能なくても描くしかないと呪いのように絵の世界に戻ってくる(そんな所にめちゃくちゃ共感する)わけですが、一度折れた者が進むのは本当に大変です。

 武器が折れかけたけど必死でもがき、さらなる強さを手にした者と、一度完全に折れた上で、もう一度立ち上がり必死でもがく者。それぞれが持つ強さも、他の人に与えられるものもまた違う気がします。


 最高のカナリアを演じ、舞台大成功の立役者の1人となった寧々。さらに成長したいという思いを強くします。ワンダーステージからの「巣立ち」を感じながら寂しさを隠して見守ろうとするえむ、虎視眈々と我儘な一緒にいる新たな道を模索する類、あっと驚く物語が待っていそうです。


★本感想のゲーム画像あり版はnoteで公開中:https://note.com/gakumarui/n/nc5bad34b277e




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