次世代に託す大人と託さない大人「Light Up the Fire」感想

 ビビバスは少年漫画として見ると良いと思っていますが、今回前半の展開はまさにでした。目標の当事者であり師でもあった大河さんから告げられる過去、そして対決、圧倒的な実力で仲間が次々と心から折られていく。

 中途半端でなくしっかり壁を突き付けることは意識を一気に変えることに繋がったりしますが、成長のための試練にしては手順も悪く叩きのめし過ぎ…この非合理性は後半のRAD WEEKENDの経緯で合点がいきました。


 妹の凪が文字通り人生を懸けた最後の炎、3人の歩み・キャリア、そして街の全てが詰まったイベント。大河さんにとって、もう超えられるはずのない神格化されたものになっています。唐突な対決は試練ではなく、超えられないことの証明という側面が強そうです。

(向社会的とされる)次世代に託す側に立つ人からは身勝手にも思えますが、俺達の音楽が世界一と示し続けてやるという気概、妹との永遠の離別を割り切りきっていない感じが人間臭さを感じる所だと思いました。ビビバス達の実力を認めたからでもあるんですが、大人げなく堂々と知らしめていく今回の行動は、古瀧大河の想いの強さでもありますが、凪さんには怒られそうです。盛り上がっていた街も萎縮しちゃう戦いでしたからね。


 こはねに色々教えてたのと一見整合性が取れない今回の行動ですが、凪の言っていた託すことってどんなもんだろうか、本人の言うところの気まぐれだったかなと思います(今後の話で出るかもしれませんが)。育つことに面白さや驚きは感じつつも、「RAD WEEKEND超えるんじゃない?」と期待が周囲から上がってくると、それは違うと。街全体が見守る描写が多いビビバスだったのでギャップがありますが、実力者も託す大人ばかりではない、というのはある種リアルです。


 「次世代に託す」のは基本良いこととされます。子孫を残す上で生物としてその思想に自然と寄る傾向はあるのだと思いますが、実際は良い面ばかりではありません。舵取りを誤れば冬弥父、ひいてはまふゆ母にもなりえる。謙さんは完全に託す側になって、休息の地としてカフェまで開いたわけですが、杏が音楽よりやりたいことがあるとなっていたらどうなっていたか(謙さんは押し付けなさそうだけど気持ちはしんどかったかも)。

 ただ、一見外野からは重荷にしか見えなくても、想いが重すぎる=悪いとも言い切れません。託された重さは強さにもなりえます。凪さん、父、そして街から託された重いものを杏は力に変えていくでしょう。奏が持つような呪いにも近い信念になるのかもしれませんが、それが幸か不幸かは杏の歩み次第、彼女が望む道を彼女らしく快活に、仲間と突き進んでほしいです。

 最後に命を賭した物語の感想として月並みではありますが、自分は全力で生きられているだろうか(もちろん気を張り続けることではなく、楽しみや休みも含めて、持てる最善を尽くしているか)、時間と自分をもっと大切にしていこうと思いました。


★本感想のゲーム画像あり版はnoteで公開中:https://note.com/gakumarui/n/n7923aab85a31

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