Ⅳ 会いたい人がいる
教祖さまは笑顔だった。
傍らにはきょとんとした顔の少年。それと歓喜の涙を流している父親を伴い建物から姿を現すと、行列している群衆が拍手喝采で迎える。
「ご覧くださぁ~い! 甦りが成功しましたぁ!」
相変わらず胸が開いたセクシー尼服のお姉さんだ。甘ったるい声に歓声が上がり、万歳三唱を始める一団もいる。
「お父さま、病気で亡くなったご子息さまが甦った今のお気持ちをどうぞぉ」
「息子は……急死でした。私も妻も受け入れられないまま昨日葬儀を済ませましたが、教祖さまが導いてくださったのです。この時、この場所に教祖さまがいらっしゃった奇跡に感謝します!」
「奇跡の教祖さまーっ!」
「次は私に奇跡をお授けくださいっ!」
沸き立つ全群衆を味方につけた教祖さまが、ライザとルゥたちに視線を向ける。
「おや、警察の方がお見えですね。何かご迷惑を掛けてしまいましたかな」
そのわざとらしい顔と態度に、ルゥは唾を吐きかけたい気持ちになった。
「急な行列で通行が困難と周辺住民から苦情が出ている。あと異臭もすると。運営方法の改善を要求する」
「それは申し訳ありません。ライザ=ミレモット署長」
ベインは両手を広げた。
「殉職されたウェンブリー=ミレモット署長はすばらしい方でした。私はエタンゼル市のドレーヌ大聖堂で司祭をしていましたので、あなたのご主人がエタンゼル市の警察署長をしていたことも、市民思いでとても有能な方だったのも知っています。マフィアの抗争から市民を守ろうと凶弾に倒れた時は本当に残念でしたよ。もう一度会いたいと思いませんか?」
いつも取り澄ましたフーシェの横顔に怒りが滲む。
「大衆の前で他人の過去を勝手に暴露するとは。外道にも程がある」
「ていうかライザ署長が既婚だったのに驚きました」
「おや初耳でしたか」
すると毅然とライザが言い放つ。
「だからどうだと言う。会いたいと思う気持ちは否定しないが、ワタシは甦りは望まない」
「骨だけでもあれば甦りが成功する可能性はあるのですよ。亡くなった方に会いたいと思うのはごく自然なことですから、タブー視することなどありません。人の根源的な願いと言っていいでしょう。我が子を甦らせるためなら親は全財産どころか己の命をも投げうつのですから、これはもう生物の本能なのです」
飛躍しすぎている。けれど、なぜだろう。称賛する群衆がその通りと叫ぶのも分かる。教祖さまの言葉は、否応なく納得させられてしまう真理のようなものを孕んでいる。
「かつて私にもそういう人がいました。しかし未熟だった私には甦らせることができなかった。その思いが忘れられないのです。厳しい修行を納める間、一時たりとも悔恨の念がこの胸から離れたことはありません。ですから今は、こうして一人でも多くの方の願いを叶えるべく身を粉にしていきたいのです」
群衆からまた拍手が上がる。
「ただもう一度だけ会いたい。ライザ署長に限ったことではありません。あなたにもそういう人がいるでしょう?」
教祖さまの声が胸に突き刺さり、思わずルゥは下を向いた。鉄肺病で死んだ両親の顔が浮かんだからだ。
弁当屋を営んでいた両親と同じ調理の道を選び、一人前の料理人になった姿を見てほしい。二人が気にかけ可愛がっていたフランの役に立っているのを伝えたい。きっと喜んでくれるだろうと思う。
なるほど、それはルゥの根源的な願いなのかもしれない。
「人の悲しみや傷口につけ入るとは、ずいぶんと易い神だ」
顔を上げる。辺り一帯に聞こえるよう発したのはフーシェだった。その声はさすが聖ザナルーカ教会の主席司祭だけあり、よく通る。
「死者を甦らせれば遺族の心も死者の魂も共に救済できると? いかにも俗世の人間が考えそうな安易な思いつきだ。断じて神の思し召しではない」
「寿命が短くなった今の時代、必要なのは俗世に寄り添った思想なのです。かつてラグナ神に心身を捧げていたからこそ私には分かる。崇高な精神と難解な哲学だけで人は救えません。ラグナ神の意志では叶わぬ願いがあるのです」
「だから小手先の法術と遺族の愛を利用して見せかけの奇跡を起こし、他方ではありもしない中傷で人を貶めるというのか。愚かなことだ」
「フーシェさんっ……!」
ルゥは祭服の袖を引っ張るが、フーシェは全く退こうとしない。
シュルシェーズ村でチェルリ修道士が暴行された状況と同じだ。やばい、警察がいるとはいえ絶対にやばい。
「火のないところに煙は立たないのですよ。司教本人によくお聞きになることだ」
「こんなことが許されるとでも?」
「ラグナ神に許されようという気など、毛頭ありはしない」
その瞬間、ベインの目が暗い光を帯びる。
「忘れえぬ思いは今もここにある。決して許しなどしない。デビッキ司教に問うてみよ。もう一度だけでも会いたい人はいるかと」
それは、憎しみを積み重ねた異様な笑い顔だった。
「いないはずだ。なぜなら彼こそが甦った屍体なのだから」
「冗談にも聞こえないが」
「教会へ戻られよ、聖ザナルーカの主席司祭。屍体を迎えに、もうすぐ地獄からの使者が到着する」
ベインが歯茎まで見せて笑う。これ以上見ていたくない類のものだった。
その顔のせいかルゥか恐れた騒ぎにはならず、ライザ署長が「交通整理を行うのと、行列させないよう整理券を配るなど対策するように」と指導をしてその場は丸く収まった。
「あー、もう焦りましたよフーシェさん」
帰り道、緊張が解けないルゥはまだフーシェの祭服を引っ張っていた。
「ここはシュルシェーズ村とは違います。まだ甦りを始めた初日ですから、集まったのは半信半疑や冷やかしの人の方が多い。それにデビッキ司教が主席司祭時代から十年以上かけて固めてきた地盤です。そう簡単には覆りません」
「まるで政治家みたいな言い方ですね」
「以前は旧市街でよく炊き出しをしていたのを覚えていませんか?」
「あ、覚えてます。毎週月曜日に広場で」
「あれも司教の発案なんです。食べ物を恵むだけではなく、仕事を斡旋したり、作った薬を分けたりもしました。旧市街の住民に仕事を作るために、市議会や有力者にも司教自らよくかけ合ってましたよ」
「うむ。これでも旧市街の治安はかなりマシになったのだぞ。デビッキ司教の貢献と影響力は長く住む者なら皆知るところだ」
「そうだったんですか。ノールデン市全体のことまで」
今でも旧市街では二か月に一回、炊き出し兼フリーマーケットが開催されている。聖ザナルーカ教会ではなく旧市街の教会と住民が主体だが、まさかあのエロ司教が発端だとは想像もしなかった。
「ですから私はこの地盤をそのまま欲しいのですよ」
そう言われては何と返して良いか分からない。
「ところで、最後の教祖の問いかけは何なのだ? いきなり屍体と言ってきたが」
ライザの問いに、フーシェは肩をすくめる。
「全くわかりません。最後は脈絡のない話でした。解釈のしようがありません」
「しかし意味のないことを言うとも思えんな。司教とあの男は知り合いなのか?」
「はい。あの教祖はデビッキ司教を仇と思っているようです」
「怨恨か。厄介だな」
聖ザナルーカ教会が見えてきたが、通りに面した入り口前には、たくさんの女性たちが座り込んでいて入れない。
すると祭服姿のフーシェに気付いた女性が大きな声を上げる。
「あなた教会の神父さんよね? 聖地からえらい人が来てるんでしょ? 呼んできてよ」
「しかも警察署長さんまでいるし! ちょうどいいじゃない」
「「「あたしたち、訴えに来たんです!」」」
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