Ⅱ 復讐の始まりです

 大神官はすっと目を細めた。

「私が君を追い落とすつもりだと。つまり君は私に敵うと思っているのだな」

「身の程はちゃんとわきまえてますよ。周りからの嫌われ度は間違いなく互角でしょうね」

「減らず口が。まずは『甦りの街』のことを聞かせてもらおう。せっかくご友人にもご足労いただいているし、時間を無駄にはしたくない」


 用意されたノールデン・ロゼには目もくれず、サイアスは勧められた椅子に腰かけた。隣で書記役の神官が帳面を開き、速記の準備をする。


「私とフラン君、ルゥ君がシュルシェーズ村に到着した日、娘の甦りに失敗した父親とユング修道院の修道士の衝突が暴動になりました。修道士が犠牲になっています。≪神の家アストラル≫の内情を探るために、我々は彼の甦りを依頼しました。修道院からではなく、あくまでフラン君の個人的な依頼として」

 紙挟みの中の封筒から、デビッキが茶色っぽい四角いものを取り出す。受け取ったフーシェが大神官の元へ運んだ。


「聖護札か」

「甦りの正体は趕屍かんしの術です。修道士の遺体を改めたところ、内腿の目立たない所を切って、小さく折りたたんで埋め込んでありました。その紋様の主に心当たりはあります?」

「無いな」

「私もです。にも関わらず、趕屍の術を使いこなしている」

「何者だ」


「教祖の名はベイン=キューズ。北のエタンゼル市で、五年前までドレーヌ大聖堂の司祭だった男です」

 ミデール院長が突きとめたのだろう。


「司祭ということは神学院にも在籍していたのか。当時のドレーヌ大聖堂の主席司祭は?」

「ラスパイユ司教ですよ。私の前任の北方司教だった」

 サイアスはちらりとフランを見たが、そのまま続ける。


「ラスパイユ元司教の暴行と監禁罪を立証したのは君だったな。裁判前に元司教は自殺し、君が後任の北方司教となったんだったな」

「ラスパイユ元司教は長年にわたり若い女性たちを言葉巧みに誘い、乱暴しては脅迫し口止めをしていました」

「だとすると妙だな。元司教の罪を立証するうえで、君なら徹底的に周囲を調べたはずだ。にもかかわらずベインの存在を知らなかったのはなぜだ?」

「布教活動で国外へ出されていたそうです。そこまでは私も及びませんでした」


「ふむ……。元司教の死後、大聖堂の人事は君が一新したんだったな」

「ええ。ほとんどを入れ替えました。大聖堂へ戻れなくなったベインはそのまま遁走とんそうし、行方知れずになったそうです。私が元司教を追い詰め地位を奪ったと思っているのでしょうね。もっとも、それは彼に限ったことじゃありませんが。私に強い恨みを抱いてるんでしょう」


「これはベインによる君への個人的な復讐だというのか?」

「はい。理由は三つ。一つは私の教区内で甦りを始めたこと。二つ目は偽りの魂の再構築を私に見せつけたこと。そして三つ目がこれです」

 それは、ユング修道院でフランから受け取った小さな紙片だ。再びフーシェが運ぶ。


「聖護札の切れ端か?」

「五日前、フラン君の火葬場で遺体が爆発しました。起爆したのはそれです。遺体の中に埋め込まれていたんでしょう。爆発の威力は、肉片が耐熱強化ガラスを突き抜ける程だったそうです。プレゼントですよ」

「プレゼント?」


「遺体が爆発した日は私の誕生日なんですよ。もしあの事故でフラン君が死んでいたら——私は一生苦しみ、この世の全てを恨み、復讐するためにあらゆる手段を講じるでしょうね」

 デビッキはククッと喉を鳴らし、口元で笑う。だがその目は全く笑っていなかった。


「二つの聖護札の紋様は同じです。ベインからの、私への贈り物というわけです」

 デビッキの滑らかな額に青筋が浮き出る。

 笑いながら激しく怒る。こういう人を敵に回してはならないと、ルゥは身の危険を感じた。


「ベインが行う甦りは明らかに教会法第三十三条に違反します。今すぐに立証すべきです」

「デビッキ、僕からも一ついいかな」

 割って入ったフランに、デビッキとサイアスが視線を向ける。


「僕の主観になるけど、ベインさんの人相は異様だった。君への熟成された恨みはあるだろうけど、それだけじゃない。何か……。彼がこんなに分かりやすい形で教会法違反を犯して、やすやすと罰せられるとは思えないんだよ。もっと深い、恐ろしい何かが奥に潜んでいる気がする。うまく言えないけど」


「だからってこのまま見逃すわけにはいかないよ。奴は趕屍かんしの術での甦りだけじゃなく、フラン君の命までも軽んじたんだから」

「でもこれって、彼の思う通りじゃないかな。もっと深みへと誘われてるみたいに感じるよ。だって、君にあの村へ連れて行かれる前から僕は巻き込まれていたんだ。彼の計画の一部だったんだから」


「ごめん。おれのせいだな」

 真剣な表情のデビッキだが、フランが引き出したいのはその言葉ではなかったようだ。


「じゃあ、サイアスさん。総主教が鉄肺病でもう長くないというのは本当なのかな?」

 サイアスの目が見開かれる。

「どちらでそれを」

「ノールデン市には黒羽の主という魔物の医学者がいてね、情報集めのツテはたくさん持ってる人なんだ。ベインさんがこのタイミングで行動を起こしたのも、関係があるんじゃないかな」

 サイアスは少し考えて、空色の目でフランを見つめた。この場で隠しても意味はないと判断したのだろう。


「事実です。次の総主教を選定しなければなりません」

「ありがとう。どうやって決まるの?」

「総主教と大司教団が、それぞれ独自に一名以上ずつ候補者を選出します。双方から指名を受ければ決定ですが、分かれた場合には選抜された司教司祭たちが聖地に集まり、投票となります」


「候補者はもう選出されているの?」

「教会内では通達されています」

「デビッキ、君は候補者の一人なんだよね」

「え? どうして? まぁおれは神だけどさ」

「誕生日プレゼントを渡しに行った時、部屋で君を待つ間に暖炉の中に燃え殻を見つけたんだ。のぞき見るのは良くないと思ったんだけど、つい気になっちゃって。総主教庁からの手紙だった」


「なんだ、知ってたの。せっかく隠してたのに。大司教団が指名したのがおれで、総主教が指名したのが大神官殿だよ」

「つまりお二人が争うことになるんだね」

「そうね。だからきっと大神官殿はここでおれを潰したいわけ」

「ベインさんも同じ狙いなんじゃない?」

「うげっ」


「復讐ならばこれだけで終わるはずがなく、次期総主教の選出過程でベインは何か起こそうとしていると、フランさんはお考えなのですね」

「うん。だからサイアスさん、デビッキの対抗馬のあなたにも無関係ではないと思うよ」

「そうなるでしょうね」

「お二人がライバルなのは分かるけど、ここは一時休戦というわけにいかないのかな」


 デビッキは肩をすくめる。 

「おれは仲良くしてもいいけど、向こうはどうかなぁ」

「どうしても私を悪役にしたいようだな。生憎、違反に目をつぶれるほど私は寛容には出来ていない」

「ほぅら、おれに過失ありって決めつけてる」

 雨粒が屋根を叩く音に雷が重なる。二人の間には取り付く島もないようにルゥには見えるが、なぜだかフランはちょっと笑った。


 デビッキが机に腕をつき、少し前のめりに言う。

「話を戻しますが、ベインと≪神の家アストラル≫の教会法違反を認める勅書を書いてください。総主教庁宛に報告書も出してあります。勅書さえあれば、一時休戦などしなくても私がこの件を終わりにします」

「勅書は総主教が出すものだ」


「その指輪を持つあなたなら出せるでしょう。というか総主教が鉄肺病を得て以来、全ての勅書は大神官のあなたが書いているはずだ」

 デビッキの指は、サイアスの右人差し指にはめられた指輪を向いている。可憐な何かの花を型取った紋が総主教の印なのだろう。


「今の話と私の独断だけで決定するわけにはいかん」

「この聖護札が動かぬ証拠です。これ以上どんな証拠を集めろと? フラン君が危険に晒され、うちの修道士が一人亡くなり魂の安息を奪われたんです。たとえ他宗教への干渉であろうと、何をためらう必要がおありか!」


 デビッキの大きな手の平が机を叩く。サイアスは机上に置かれた聖護札に視線を落とし、考えている。

「もう少し検証材料が欲しい。フランさん、あなたが見たものを詳しく話してもらえますか」


□■


 話が終わり、ルゥとフランが聖ザナルーカ教会を出る頃には、緋雨は止んでいた。

 そして初春の陽気も水をかけられ冷え切った夜半に、それは一気に始まったのだ。

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