Ⅲ 野放図な聖者

【甦りの教祖さま ノールデン市についに降臨!】

【ノールデン市に奇跡が起こる】

【聖ザナルーカ教会は汚職と裏金と乱交の温床】

【司教デビッキはヤリモクの下半身脳】

【証言! わたしは教会でエロ司教に何度も犯された!】


「よくこんなに作ったもんだね。感心するよ」

 フーシェが集めてきたビラを机に並べて、デビッキは笑っている。


「のん気なこと言ってる場合じゃないですよ! すごい量で、新市街も旧市街も夜中のうちに貼り紙だらけなんです。騒ぎになるんじゃ……ほらっ、大神官が来ちゃいましたよ⁉」

 窓の外に停まった蒸気車を見て、ルゥはデビッキに詰め寄るが、当のデビッキはまるで他人事だ。


「ところでフラン君は?」

「仕事が終わったら来るそうです。心配だから先に様子を見に行ってって言われたんですけど」

「そうなの? はあぁ、優しいなぁ。ギュッてして嗅ぎたい」

 心配して損した。自分で自分を抱きしめてろ。ルゥが心の中で毒づいた時、ドアが開いてサイアスと神官が入ってきた。


「現地は確認したか?」

 挨拶もよそに開口一番、≪神の家アストラル≫ノールデン支部と書かれたビラの地図を指す。

「フーシェに行かせました。ここから歩いて五分くらいです。空き店舗になっていたところですね」

「まさか近所へ乗りこんで来るとはな」

「明らかに私への当てつけでしょう。早く勅書を書いてくださいよ」


「真偽を確かめるのが先だ。汚職と裏金については帳簿を改めさせてもらう」

「どうぞご自由に」

 すると、執務室のドアが遠慮がちにノックされた。侍祭が体を小さくして遠慮がちに入ってくる。


「どうした?」

「昨日葬儀をしたご遺族から、甦りを受けたいのでご遺体を掘り返してほしいと要望を受けまして」

「一件だけ?」

「二件ともです。このまま続くかもしれません」

「仕方ないな。返して差し上げて」

「はい」

 埋めた棺を掘り出すのは楽な仕事ではない。墓守だけでなく侍祭や修道士たちも駆り出されるだろう。


「余計な仕事は増やされるわ葬式は減るわで、完全に嫌がらせですねこれは」

「続けるぞ。火の無いところに煙は立たぬというな。釈明があるなら聞いておこうか」

「やっぱり下ネタはお好きなんですか」

「正直に答えろ」

「下半身脳ねぇ。論文たくさん書いて研究頑張ってると思いません?」

「質問を質問で返すな」

「褒めてくれていいのに。ないですよ。私はそういう武勇伝は求めてませんので」


「主席司祭、君は知っているんじゃないのか?」

 突然振られたフーシェは、横目でちらりとデビッキを見る。

「神に誓って正直に話すことだ」

 有無を言わせぬ大神官に抗いようもなく、フーシェは口を開いた。


「乱交はありません。証拠が必要なら女性たち全員に連絡をします。犯されたと証言した者がもし本当にいるなら、一体誰なのか調べましょう」

「全員だと?」

「大神官殿、フーシェは私の足をすくおうとしてるんですよ。だから揺するためのネタはいっぱい持ってましてね。もし誰かが妊娠でもしたらおれを追い落とせるように、全員分の連絡先と生活環境くらい控えてるんだろ?」

「はい。そうなるのを待ってます」


 するとサイアスがはっきりと怒りを表出させた。

「おい……、お前は司教という立場にありながら複数の女性と関係をもち、主席司祭も容認しているのか?」

 デビッキとフーシェが顔を見合わせる。

「容認というか、事実だもんな」

「司教の方に隠すおつもりがないようなので」

「ていうか隠せばいいってもんでもないしな」


 バンッ! とサイアスが机を叩いた。

「他の聖職者や信徒へのイメージがあろう! お前の行動はラグナ教会そのものを貶めているのだぞ⁉」

「私を聖人だと思ってる信者なんていませんよ。主は人類が滅びるのをお望みにはならない。だから禁じていないでしょう」


「それも神の意志と解釈するのか⁉ この阿呆が! 徳を失った聖職者の末路を一番よく知るのは誰だ⁉︎」

「ええ、ラスパイユ元司教へ婦女暴行容疑をかけたのは私ですからね。ベインはそれをやり返そうとしているんでしょう」

「なら私の前で堂々と認めるな!」


「歪んだ解釈と私を罰しますか? では大神官殿にお聞きします。聖下が総主教になられて十年。その間、一度たりも女体を求めなかったとおっしゃいますか?」

「ふざけるな。聖下を引き合いに出すな」


「聖下とて修行僧じゃあるまいし、そんなはずはないでしょう。聖下に近づける女性であれば、暗殺の危険性や利権を求める要素はないか、口は硬いか、周囲にはどんな人間がいるか、調べ上げたうえで選ぶはずだ。全ての手配をするのは大神官殿ですね。そして万が一女性が妊娠した場合を考慮し、誰の子か分からなくするために総主教庁の神官たちも同じ女性を抱いている。もちろんあなたも。こっちの方が私には暴行に思えま——」


 デビッキが言い終えるのを待たずに、大神官が机を拳で殴りつける。先ほどよりも何倍もの音量に、ルゥは飛び上がった。

「黙れ。聖下を愚弄するか」


「とんでもない、むしろ逆ですよ。ラグナ神だって、地方によっては土着の女神と結ばれて子を成したという伝承がありますから。これも私の論文にまとめてあります。相変わらず聖下のことになると怒りの沸点が低いんですね」

 デビッキも笑っていない。


 フランさぁん! この二人、一時休戦なんて絶対ムリですよ⁉︎

 今日この場に来てしまったのを最大限に後悔するルゥだった。


「それに、こういうのは反論すると余計に疑惑が深まるものです。黙ってやり過ごすのが得策ですよ」

「……なぜ許されているのかは謎だが、地域ぐるみで公認なのか。ちなみに全員で何人いる。女性たちは」

 名前を呼び上げながらデビッキは指折り数える。

 おいおいおい、片手では終わらないって……。


「今は十四人ですね」

「うぇっ⁉」

 思わずルゥは立ち上がってしまった。

「べつに会うたびにヤってるわけじゃないからね? もうっ、ルゥ君みたいな若者には敵わないよぅ」

「おれを巻き込まないでくださいよ!」


 すると、再び執務室のドアが遠慮がちに叩かれた。

「何度も申し訳ありません。警察署長が司教にお会いしたいと」

「ライザ署長が。お通しして。構いませんね?」

 やれやれという表情でサイアスは頷く。

「念のため聞いておくが、その警察署長は十四人の一人か?」

「まさか。恐ろしくてそんなことできませんよ」


 現れたのは、ピンク色のたっぷりしたロングヘアに、胸がはち切れそうな灰色の制服のライザ署長だ。

「来客中に失礼するぞ。おや、ルゥも居たのか。あの教祖とやらはなんだ? 司教の知り合いなのか?」

「無関係ではないけど、知り合いじゃないよ」


「予告もなくいきなり甦りなんぞを始めて、行列ができて通行もままならないと近隣から苦情が出ているのだ。宗教活動だから商工会も口出しできず、司教が知り合いなら話をしてもらった方が穏便に済むと思ったのだがな」

「おれたちも事前に聞かされてなかったよ」

「そうか。あんな中傷をしてくるくらいだから友好的なはずがないか」

「おれたちも昨日埋葬した遺体を返してくれと言われちゃって、ほんと迷惑してて」


「ワタシはこれから責任者に会いに行かねばならんが、お前たちはどうする」

 というわけで、フーシェ主席司祭とルゥが同行することになった。あの場から抜け出したいと思っていたルゥには渡りに船だ。


 歩くたびに尻がブリンブリンするライザ署長のタイトスカートは絶景なのだが、隣にいるのが取り澄ましたようなフーシェなので、正直楽しくない。しかしあからさまに態度に出すのもフランの秘書として名折れなので、呟いてみる。

「シュルシェーズ村で教祖さまに『近いうちにまた』って言われたんですけど、まさかこうなるとは思いませんでした」


「……私は、いずれ司教に牙を剥く輩が出ると思っていました」

 フーシェは明らかに年下のルゥにも丁寧な言葉遣いだった。それはルゥを通したフランに対する態度なのだろう。

「それでもデビッキ司教が早く上に行ってくれないと、北方司教のポジションが空きませんので、続けてもらうしかないのですが」


「あのぅ、司教の座を狙ってるって本当ですか?」

「本当ですよ。だからデビッキ司教の下にいるんです。見事に総主教候補になられたでしょう。それに司教は野心のある者がお好きなので、利用させてもらっています。もちろん私だけではありませんよ」

「へえ……」

 やはり聖職者の世界は仁義なき階級社会なのだろう。


 話の途中だがもう着いてしまった。本当にすぐ近くだ。

 部下を引き連れたライザ署長が行列をかき分け、受付の色っぽいお姉さんに責任者を出すよう告げる。

 すると建物の奥から、土石流の目をした男が現れたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る