Ⅴ おれ神だから

 ずらり並んだ女性たちは全部で十四人。年代は下は十代から、上は四十代だろうか。それぞれ思い思いの服装で、全員が手作りの大きなカードを首からぶら下げていた。


【神父さま大大大好き】

【誘ったのはわたし】

【いつもやさしい神父さま】

【神父さま早く抱いて!】


 もしかしてこの人たちは……。


「あたしたちは神父さまの無実を訴えます! ビラに書いてあることはぜーんぶ嘘。事実なんか一つもありません!」

「わたしたちが証明します!」


 団結した女性たちの迫力はなかなかのもので、道行く人もなんだどうしたと立ち止まり、あっという間に人だかりになった。


「警察署長さんなら分かるでしょう⁉︎ 神父さまが悪いことするはずないのを」

「わっ、ワタシが? なぜだ?」

「神父さまはあんなにステキなんだから、女を暴行して無理やりする必要なんかないんですよ!」

「そう! なんにもしなくたって女の方から寄っていくの。そう思いません?」

「うむ、確かにあの顔と社交性なら苦労はしないだろうな」

「でっしょー? あたしたちが寄っていっても神父さまの方から触ってきたこととか一度もないし」

「そうよ。神父さまは誰にでもやさしくてファンサ神対応だから誤解されがちだけど、触れてくれる時はいつも配慮があるのよね。ヤリモクとかありえない」

「一生モテない男が考えつきそうなしょうもない嫌がらせよね」

「どうせポンコツ教のブサイク教祖よ」

「妬んでるんでしょ。あーあ、気の毒すぎるわ神父さま」

「署長さんも神父さまのこと好きでしょ?」

「なぜワタシまで巻き込まれるのか分からんが。アナタたちはもしかしてデビッキ司教の彼女か?」

「そうでーす」

「随分多いが、彼女が自分一人だけではなくていいのか?」

「逆にどうしてそういう発想になるの? 神父さまを独り占めできるなんて最初から思ってないしぃ」

「そうそう。あれだけの人を一人だけのものなんかにしちゃいけないわ」

「一人だけに縛られるなんて神父さまらしくないよね」

「そこらへんの男とは格が違うのよ」

「顔よし声よしスタイルよし髪型よし性格よし頭よし。こんなに全部揃ってる人なんて世界中探したって激レアなんだから、神父さまは世界中にたくさん子孫を増やさなきゃいけないわ。あたしも神父さまの子どもが欲しーい。きっとかわいいだろうなぁ」

「わかるー! いつも避妊なんてしてくれなくていいのにね」

「避妊具にこっそり穴開けたことある人!」

「「「ハーイ!」」」

「わたし、初めての相手が神父さまで本当に良かったわ。すっごくやさしくて夢みたいだった」

「あたしもー!」

「ねぇ署長さんが困ってるじゃない。ちょっと普通じゃないですよね。でもこれは神父さまの浮気なんかじゃないんですよ。私たちの愛され方なんです」

「あたしたちのこと、全員同じように優しく大事に愛してくれてるの」

「そうなの!」

「一人の人に全部を求めようとしないのが神父さまなのよね。私たちそれぞれに良いところがあって、それぞれを必要としてくれているの」

「神父さまね、私のおでこを褒めてくれたの。狭くてやだったのに」

「あたしはこの鼻。自分じゃどうしても好きになれなかったけど、神父さまが好きって言ってくれたからこれでもいいかなって思えるようになったの」

「わたしのこともね、胸が小さいのも含めて君で、だからおれは君を選んだんだって。そんな風に言ってくれる人他にいなかったから、わたし涙が出ちゃった」

「一ついいか。それは司教にだいぶ都合の良いように思えるのだが……」

「そんなことないわよ。これだけの人全員を幸せにするなんて普通できると思う? 一人だけを幸せにするのだって難しいのに。それを神父さまは同時に成してるんだから」

「ほんと神」

「他の男とは愛の深さが違うのよねー」

「そうよ。ベッドでだってね」

「すっごい幸せにしてくれるんだからぁ。自分がエッチしたいだけのヤリチンヤリモクとは全っ然違うの!」

「とにかく愛なのよ。神父さまの言動は全部が愛なの」

「なるほど……。女同士で競争にさせないのは司教の懐の深さというわけか」


 ノンストップの訴えに、ライザ署長までもが納得させられてしまっている。これが女の連帯感と共感力というやつだろうか。


「だって、わたしたちがお互いに争いとかいじめたりなんかしたら神父さまが悲しむじゃないですかぁ」

「神父さまの邪魔は絶対したくないもん」

「この中では、誰かだけっていうのはないの。全員の誕生日も記念日も全部覚えてくれてるし、もし明日彼女が増えても、誰かが卒業しても同じよ」

「神さまってああいう人なのかなぁ」

「死んだ後に待っててくれるのがあんな神さまだったら最高よね」

「あたし、神父さまのために教会へ献金してるの。ちょっとだけど」

「私もよ。無理しなくていいんだよって言ってくれるけど、そのために仕事も頑張ろうって思えるし」

「だから署長さん、神父さまは無実なの! お願いわかって!」

「うむ。よく分かったが、今はワタシに言われてもどうにもできん。名誉毀損で司教が訴えるなら警察も動けるが、そのつもりは無さそうだったぞ」

「えー、そうなの? こんな時まで神父さま優しすぎだし」

「こんなしょうもないことする人なんか、訴えてボコボコにしてほしいのに!」

「ほんとよ! じゃあラグナ教会のえらい人は?」

「えらい人が来るからしばらく会えないって言われたもん。どこにいるの?」

「神父さま、えらい人にいじめられてないかな? きっと悪い事してるって思われちゃうよね?」

「やだー、かわいそうな神父さま。教祖って誰なのよ? もう絶対許さないんだから!」

「今から街中回って剥がして、派手に燃やさない?」

「さんせーい!」

「ちょっと聞いてくれ。ビラを回収するのは構わないが、火を使うとなると危険が伴う。警察署へ持ってくればワタシが処分しよう」

「オッケー! 署長さんありがとう!」


 女性たちが去ると、通りに群がっていた男性たちが互いに顔を合わせ、ちょっと気まずそうに苦笑し散会していく。ルゥとフーシェも同じだった。

「……神なんですね」

「はい。まぎれもなく」


 そして、女性たちの愛が氷山の一角に過ぎないのは明白だった。神のごとく人を愛し人から愛され、ついでに個人で献金まで稼ぐ光の御子。

 知らされた大神官はどんな顔をするだろうか。


「でもやっぱりエロ司教だし! くっそっ!」

 全男子がそうであるように、素直には胸がすく気持ちにはなれないルゥだった。


 それからしばらくして、聖ザナルーカ教会の正面入り口に黒い蒸気車が停まる。訪いを告げたのは、総主教庁の神官だった。

 これに真っ先に反応したのが、ほかでもない大神官サイアスだ。

「どういうことだ⁉ 総主教庁から私の他に来るなど聞いていないぞ」

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