遺体は弾け飛ぶ
火葬炉の中は約百度に予熱されている。火葬場の表からは見えない炉裏で、モノリは額の汗を拭った。
火葬炉の扉を開けると、脂が焦げきったのと甘ったるいのが混ざった熱風が出口を求めて一気に押し寄せる。フランはそれをものともせずに炉内へ進み、モノリが外から扉を閉めた。
狭い室内にあるのは、ご遺体が眠る木棺だ。フランは周りをゆっくり一周し、蓋の上に左手を乗せた。それから右手の親指と薬指の先を合わせて小さな円を作り、瞳を伏せると顔の前で念じる。
その横顔は、
立てた人差し指と中指の先に、小さな白い炎——
指先をロストルの下に向ける。火葬炉の外でモノリがレバーを少し上に上げる。微調整を繰り返すと、うまく着火した。
出てくるフランのために、耐熱合金製の扉を外から火葬技師が開ける。炉内は超高温になるため、内側にはドアハンドルがないのだ。
火葬炉を出る前、一度だけフランは棺を振り返った。いつもと違うその動きに、横でレバーを調節していたモノリが気付く。
「どうかされましたか? オーナー」
熱を逃がさないよう、扉は細く開けてフランが出てくるとすぐに閉められる。
「なんかね、ぞわっとして」
「ぞわっとですか。何でしょう。消火しますか?」
「いや、いい——」
パアアアァァァァンンンッ!!
いきなりの大音量に、反射的にモノリはフランの体を抱えて伏せた。
「何だ今のは⁉ 火葬炉か⁉」
「はい! 中で爆発が!」
「すぐに消火だ」
火葬技師がレバーを下げると消火が始まる。
「お怪我はありませんか、オーナー」
「うん、平気。みんなもだいじょうぶ?」
顔を合わせて頷き合うが、一人の技師が「これ!」と指した先を見て全員青ざめる。火葬炉の中をのぞく小窓の分厚いガラスに、円い穴が開いていたのだ。
「そんな、銃弾でも撃ち込まない限りこのガラスは割れないはずなのに」
「あったよ。銃弾はこれじゃない?」
かがみ込んだフランが拾い上げたのは、白いかけら。
「人骨……ですね」
ぞっとした。骨が落ちていたのは、フランとモノリがいた場所のわずか一歩横なのだ。
「モノリ主任、炉内の冷却完了しました。入れます」
「私が先に入ります。オーナーは下がってください」
扉を開けると、向かってくる熱風の匂いが先ほどまでとは一変している。思わずモノリは袖口で鼻の下を覆った。
「ひどいな……」
ゆっくり、安全を確かめながら進む火葬炉には、ついさっきまで人の形をしていたものが、棺の木材と共に粉々になって狭い室内へ四散している。
「棺の中に異物は無かったよね。ということは爆発したのはご遺体?」
「はい。棺に納められた人体が骨ごと弾け飛ぶのですから、かなりですね。しかし一体どうして」
「着火してすぐだったよね。棺もまだ燃えきっていないし、ご遺体は燃焼していなかった。なのに爆発したのか。不思議だね」
「ご遺体の身元を調べます。ライザ署長の持ち込みなので、判明する可能性は薄いですが」
「うん。聞いてみて」
だんだん吐き気がしてきたモノリは一刻も早くここを掃除したいと思ったが、フランはくまなく歩き回り、壁に叩きつけられ潰れたものや、落ちているものをかがんで確認している。無惨な肉片に指先を浸しても、眉一つ動かさない。
「ご遺体には気の毒だけど、ライザ署長が来るまでここはそのままにしておいた方がいいね」
立ち上がったフランの指先に何かあるのが見えたが、オーナーが何も言おうとしないのでモノリも気付かぬふりをした。
「承知しました。割れたガラスの修理も手配しておきます」
「頼むよ」
あと少し火葬炉を出るのが遅かったら、骨と肉片がフランを貫いていた。外にいても運が悪ければ死んでいた。そうなっても構わないというまぎれもない悪意に、モノリの胃が捻じ切れそうに熱くなる。
この旧市街では行き倒れの遺体が少なくない。住民だけでなく、なぜか市外からも流れ着いてくるのだ。爆発物を体内に仕込んで転がしておけば、そうと気付かぬまま警察が遺体を回収し、火葬場へ運んでくる。
この地域は土葬が標準なので、火葬を蛮行と忌み嫌う過激な連中から嫌がらせを受けるのはままある。だがそれにしては、いささか度が過ぎやしないか。
ふと誰かに見られているように感じ、モノリは急いで視線を走らせた。しかし技師たちは全員他の炉の清掃に入っているし、部外者がいるはずがない。
視線は、火葬炉の中からだ。
こうなったのはお前のせい。
お前さえいなければ。
憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い。
ご遺体が破裂するまで体内に留められた、ただただ凶々しい悪意が火葬炉内に残留している。再度あの中に入れと言われても、モノリにはどうしてもその気になれない。
一体誰が、なぜフランを狙ったのか。
炉裏を去るフランの後ろ姿に、得体の知れない不安が募る。
「オーナー、どうか……」
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