第7話
健斗が死を悟った瞬間、
何かが斬られた様な高音が健斗の耳に入る。
目を開けると、紅蓮の炎は白い刃に粉砕されていた。
白い刃。
白鳥京介が来たのだ。
「――よお、生きていたか。従兄弟よ」
健斗の前で京介が笑いながら言う。
「ベストタイミングで来るじゃないか――京介」
引きつった笑い方をして健斗は言った。
一瞬でも遅かったら、僕は死んでいたかもしれない――。
京介は白いコートを着て、右手には白椿を構えていた。
普段の京介とは違う雰囲気。
「ちっ、仲間か・・・・・・ん?」
アガリアは悔しそうに舌打ちをすると、気が付いた様な顔をする。
「よりによって、魔族――か」
そう言うと健斗を担ぎ、近くの木に寄りかからせる。
「よく死なずにいてくれた」
安心した様な顔で京介は一呼吸する。
「ごめん・・・・・・。勝てなかった・・・・・・」
不安定な呼吸をして、健斗は謝った。
身体が何かを拒絶している様に震えている。
どうして、突然。
僕はいったいどうしたと言うのか。
「ああ、構わないよ。あとは――俺の仕事だ」
笑った後、京介は健斗に背中を向けた。
少しだけ見えたその横顔は――無表情。
京介の真剣さが伝わる。
「やはり、今回の事件はお前らか」
京介はさっきとは別人の様な冷たい口調で言う。
「やはり――と言うと、もうすでにわかっていた様な言い方だな」
アガリアは京介の言葉に腑に落ちない顔で言う。
「ああ。わかるさ。――お前らのやり方は」
殺気を放つ様な鋭い眼差しを向け、京介は白椿を構えた。
「ふんっ。わかっていたとしても、お前らに我らが止められるとでも?」
アガリアは右手を地面につけ、呪文の様なものを唱え始める。
炎の魔法陣が浮かび上がり、そこから炎で出来た狼が何十頭も出てきた。
「召喚獣――か。逃すと厄介だな」
周囲を見渡し、京介はめんどくさそうな顔で息を吐く。
その言動は、どこか場慣れした雰囲気があった。
「人間一人で我に勝とうとは」
呆れた様に鼻で笑い、炎の狼に攻撃の指示を出す。
アガリアの左腕は、さっきの怪我が無かったかの様に動いていた。
「別に――」
京介は解せない顔で何かを言おうとした。
「別に――?」
解せない京介の言葉に、アガリアも似た様な顔をする。
「別に俺は勝とうと思ってきているわけじゃない」
京介はため息をついてから、断言するかの様にそう言った。
自分の元へ迫る炎の狼たち。
その光景は多くの野獣に襲われる一人の人間。
炎の狼たちを前に、京介は何食わぬ顔で白椿を鞘にしまった。
そして、地面と平行線上に白椿を勢い良く抜刀する。
一閃。
白椿から放たれた円弧状の白い斬撃は、迫る炎の狼たちを一瞬で消滅させた。
「なっ・・・に・・・・・・っ!?」
消滅した炎の狼を見て、アガリアは絶句する。
「――俺は戦うために来たんだよ」
京介はそう言って再び白椿を鞘へと戻す。
勝つと戦うの違いとは――。
健斗にはわからなかった。
「なら、これならどうだ――人間」
アガリアが次に召喚したのは、三階建てのビルくらいの大きさはあるクマの様な召喚獣だった。
その召喚獣は右手を京介に向け、殴る様に振りかざす。
「っ――」
京介は白椿の鍔を鞘から抜くと、抜刀せずにそのまま鞘へと戻した。
その瞬間、召喚獣は全身かまいたちの様な切り傷を負い、その場に沈む。
斬ったのか――?
その光景が健斗には見えなかった。
「その強さ・・・・・・っ!?」
ハッと気が付いた顔でアガリアは何かに気づく。
「――俺は魔導十二星座の一人、白羊宮の白鳥(スワン)」
その後、京介は白椿を右側に構えて魔力を溜めた。
纏うその雰囲気は、次第に重い冷酷さがある様な雰囲気へと変わり始めていく。
「そんな馬鹿なっ・・・・・・。なぜ、ここに魔導十二星座の人間が?」
アガリアは驚きながら、何かに怯える様に後退る。
「理由は一つ――アガリア、お前をこの都市から排除するためだ」
京介が持つ白椿の刀身には、冷気の様な白いものが集束していた。
その刀身、魔力にアガリアは何かを悟ったのか目を見開く。
並みの攻撃では勝てず、並みの防御では耐えられない。
アガリアは悟り、決意した。
「こうなれば――」
両手で印の様なものを組み、アガリアは地面に魔法陣を出現させた。
「――開錠・ニルヴァーナ」
魔法陣から黒い炎が溢れだし、アガリアを飲み込む。
「なっ!」
健斗はその姿を見て、目を見開く。
飲み込まれた後のアガリアの姿は黒く、人の様な姿になっていた。
「この術は人界(ヒューズ)では禁術なんだが――。どうやら、それも言ってられんようだな・・・・・・」
アガリアは稼動状態を確かめているかの様に両手を動かす。
魔族。アガリアの言うその真の意味がこの姿にある。
健斗はそう悟った。
「――ニルヴァーナか」
京介は驚きもせず、知っている様な口ぶりで呟く。
健斗は訳もわからず、両者の戦いを動画の様に見ていた。
これは現実なのか。
健斗はつい最近まで魔獣さえも現実だと思っていなかった。
次第にアガリアの魔力は増大していく。
「ちっ!」
京介は焦った様な顔で白椿を垂直に振りかざした。
その瞬間、数十メートル離れていたアガリアへ向け、勢い良く斬翔が放たれた。
高速で放たれた斬翔はアガリアに衝突すると、
地面も揺らがすほどの衝撃波が発生する。
「ぬっ!」
アガリアは京介の斬翔を両手で防ぐ様に受け止めた。
受け止めた衝撃か、アガリアはさらに数十メートル先に吹き飛ばされた。
アガリアが吹き飛ばされたのを確認した京介は、どうしてか白椿を鞘へと戻す。
「さて――と」
一呼吸。自身を落ち着かせる様に京介はそう言った。
冷酷さのある雰囲気が少しずつ穏やかになっていく。
「おーい、健斗。生きているか?」
健斗の元へ歩きながら、京介は聞いた。
「ああ・・・、まあな・・・・・・」
大きくため息をつき、足をふらつかせながらもゆっくりと健斗は立ち上がる。
生きているかと言われたら、生きている。
健斗はしっかりと『生』を感じていた。
「なら――逃げるぞ」
何食わぬ顔で京介は言うと、アガリアに背を向ける。
「わかっ――えっ? 逃げるの?」
呆気に取られた顔で二度見する。
どうして――。今の京介なら勝てそうな気がするが。
「逃げるに決まっているだろう」
当然だ、とでも言いたげな顔。
「でも、今のお前なら――」
勝てるんじゃないか。
健斗が言おうとしたその時だった。
禍々しい威圧感がこの空間を支配する。
「っ!?」
窒息する様な感覚が健斗を襲う。
この威圧感の正体。
それはアガリアの持つ禍々しい魔力。
「だから、言ったんだよ・・・・・・っ。とりあえず、逃げるぞ。一時撤退だ」
京介は何かを察した様にため息をつくと、アガリアとは逆方向へと走って行った。
「お、おう・・・・・・」
訳もわからず、健斗は京介の後を追う。
しばらく、逃げていると都市の中心から煙が上がった。
「おい、京介。もしかして、あれって――」
その光景を眺めながら、健斗は走る京介に声をかける。
「ああ。おそらく、アガリアだろうな」
京介は驚きもせず、まるでわかっていた様な顔。
「どうするんだよ!」
健斗は横にいる京介に困った顔で叫んだ。
あの状況なら、多くの被害が出てしまうのは必然的だ。
「さすがに、ニルヴァーナを使われるとは思っていなかったからな・・・・・・」
眉間にしわを寄せ、困った顔で京介は言う。
「なんだよ、そのニルヴァーナって・・・・・・?」
何かの技とかだろうとは思うけど、内容がわからない。
数秒。
京介は無言で険しい顔をした。
「――禁術だよ。すべての理を覆す人智を超えた術だ」
「すべての理?」
とは――。いったいどう言う意味なのだろうか。
「ああ、その言葉の通りだよ。そんな術を使うことが出来るやつなんて、人類以外か――俺たち魔導十二星座くらいしかいないだろうな・・・・・・」
どうしてか、諦めている様な顔で京介は言った。
「人類以外か、魔導十二星座だけ・・・・・・?」
呆然とした様な顔で健斗は考える。
つまり、そのニルヴァーナとはそれほどの上位魔法であると言うことだ。
「ああ。だからこそ、俺が行くんだよ」
覇気のある声でそう言うと、京介は急に立ち止まった。
そして、自分の前に右手をかざし、白い魔法陣を展開する。
「それは――?」
健斗も立ち止まり、驚いた顔をする。
突如展開される白い魔法陣。
アガリアが使った魔法陣とは似て異なる。
京介はこれでいったい何をするのだろうか――。
健斗には見当がつかなかった。
「今からアガリアの元へ行き、都市の外へ一気に吹き飛ばす」
大きく息を吐き、何かを決意した顔で京介は言う。
「一気に吹き飛ばす――? そんなこと出来るのか?」
瞬きを繰り返し、健斗は信じられない様な顔をする。
「ああ。それ故の魔導十二星座だよ」
京介は笑みを浮かべ、自慢げな顔をする。
そう言った京介の姿は、どこか健斗の父健悟の姿と重なって見えた。
健斗の父は権威を持った雰囲気は無いが、
不思議と偉大な雰囲気を放つような人だった。
かつての父と同じ様な――。
今の京介はそんな雰囲気をしていた。
もしかすると、あの頃の父さんも何か大きな決意があったのかもしれない。
「なるほど・・・・・・」
健斗はその言葉を噛み砕く様に頷いた。
深く理解はしていない。
だが、何となくわかった気がする。
「都市外へ吹き飛ばしたら、俺も容赦なく戦えるからな」
さっきまで京介は逃げていたのではなく、その準備をしていたのだ。
「おう・・・そうなのか・・・・・・」
不思議と納得した顔で健斗は頷いた。
そうであるならば、僕はそれに従い見届けたい。
そして、京介は白い魔法陣の上に乗った。
「行くか――?」
京介は笑みを浮かべた。
白い魔法陣のその先――。
ニルヴァーナ状態のアガリアがいる場所。
つまり――戦場。
その言葉が指す意味を健斗は考える。
「ああ」
そう言って健斗は白い魔法陣の上に乗った。
僕に出来ることがあるならば――。
京介の力になれるなら。
気が付けば、不思議と身体は動く様になっている。
不思議と戦う準備は出来ていた。
「んじゃ、互いに最善を尽くそう」
京介がそう言った瞬間、白い魔法陣は光り輝く。
僕は行く――戦場へ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます