第5話


 翌週。

 月曜日。


「――それで魔法騎士になった感想は?」

 下校中、京介は不敵な笑みを浮かべて健斗に聞いた。

 前方には、美咲と桜が二人で楽しく話をしている。


 下校時刻のこの大通りは学生で賑わう。

 近くのカフェやファーストフード店は客のほとんどが学生だ。

 そのためか、この場所は『青春の道(ロード)』とも呼ばれていた。


「んー、感想と言われてもな・・・・・・」

 思いだした様に健斗は困った顔をする。


 昨日と一昨日の二日間、電話で出動要請があった。


 昨日は、不良の喧嘩の仲裁。

 一昨日は、木の上に降りられなくなった猫の救助。


「その様子を見ると、何でも屋みたいな仕事ばかりきたのか?」

 思い出した様な顔で京介は笑った。

「――まあ、そんな感じだよ」

 京介の顔は中身を知っている様な顔。

 京介にもそんな時代があったのだろうか。


 なら、話は早い。

 言いたいことはわかるだろう。

 健斗は小さくため息をついた。


「しょうがないだろ。本来は入って数日のやつに、命に係わる仕事なんて回せる訳がないのだから。それにそんな仕事なんて来なくていいんだよ。木の上の猫を助けて、顔を引っかかれるくらいの仕事が、一番良いんじゃないか」

 京介は健斗の左頬のひっかき傷を見て、面白そうに笑う。

「そりゃな・・・・・・。平和が一番だよ」

 健斗は参った様な顔でため息をついた。


 あんな魔獣が出て来る様な日は散々だ。

 京介の言うとおりである。


 猫と戯れるくらいの仕事で十分だ。

 当然、戦わない日々が一番、良い。


「でも、魔法騎士は非常時にこそ存在意義がある。それを忘れないでくれよ」

「存在意義?」

 瞬きを繰り返し、健斗は不思議そうな顔で聞き返す。


 とは――。

 特別に戦えることだろうか。


「そうだ。なぜ、魔法騎士が存在しないといけないのか」

 そう言う京介は、少し悲しい顔をしていた。

「存在しないといけないのか・・・・・・?」

 健斗はゆっくりと首を傾げながらも考える。


 魔法騎士の存在意義とは――。


「まあ――もうお前にはわかるだろうけどな」

 不敵な笑みを浮かべて、京介は見上げていた視線を健斗に向ける。

「もしかして、魔獣みたいな特別な敵が来た時のため?」


 特別な敵――。

 それ故、非常時に戦える。

 確かにその存在は大きい。


「そうだ。特別な敵。それは未知なる敵の可能性もある。その場合、一般人や国家機関よりも、戦闘技術を持った組織が対応しなければならない。そうでないと、被害が大きくなる可能性があるからだ。そのため、魔法騎士と言う組織が生まれたんだよ」

 京介は淡々と魔法騎士の経緯を話していく。


 その語り方。

 もしかして、京介は魔法騎士の中枢にいたのかもしれない。


「なるほど・・・・・・」

 戦闘技術を持った組織。

 魔獣と戦っていた彼らを思い出す。

「大勢の死傷者を生む可能性と、一人の命が失われる可能性。天秤にかけたらどちらを取るかは明白だろ?」

 京介の問いに健斗は無言で頷いた。

「・・・・・・そう言うことだ。魔法騎士とは特別被害の最後の砦だからな」

「最後の砦か・・・・・・」

 その言葉を理解する様に健斗は口にする。

 

 特別被害の最後の砦。

 当然ながら、一人の命よりも大勢の命の方が優先だ。

  

 理解していたはず。

 なぜか、健斗の心の中で引っかかった。

 

 誰も犠牲にせずに、人を助けることは出来ないのか。


 所詮、綺麗事。

 だとしても、それでも僕は――。

 

 すると、桜と話していた美咲が健斗の元に向かって来た。


「ねえ、健斗」

 隣に来ると、美咲は不安そうな顔で言う。

「ん? どうしたの?」

 そんな不安そうな顔をしてどうしたのか。

 つられて健斗も不安になった。

「こないだね。桜と出かけた時、おしゃれな木製の喫茶店見つけたんだよね」

 明るい声で美咲は笑った。

 不思議と悩んでいた僕の暗い気持ちは、美咲の笑顔で晴れていく。

「おー、いいじゃん」

 美咲がそんな話をしてくるなんて珍しい。健斗は内心驚いていた。

「でさ・・・・・・。良かったら、今度一緒に行かない?」

 顔色を伺いながら、美咲は恥ずかしそうに健斗を見つめる。

「喫茶店かー、いいね。いつ行く?」

 健斗は美咲の顔を見て、気がつけば悩みを忘れていた。


 こんな日々が続けば良い。

 僕はただそれだけを望もう。


「・・・・・・今週とかどう? 日曜日とかさ」

 美咲はしばらく考えた後、不安そうに首を傾げた。

「日曜なら――大丈夫だよ」

 特に何の用事も無い。

 魔法騎士の案件が来たら話は別だけど。

「わかったー。健斗、ありがとう」

 嬉しそうな顔で美咲は桜の方へ戻って行った。

「ん? デートか?」

 それを見ていた京介は不敵な笑みを向けている。

「いや・・・・・・、デートでは無いと思うぞ?」

「なぜ、疑問符なんだ?」

「そりゃ・・・、そんな関係では無いから?」

 健斗は自分でも不思議そうに首を傾げる。

「そんな関係とは?」

 真顔で京介は質問を詰めてくる。

「恋人とか? なんて言うか、幼馴染だと自然と恋人みたいな会話になるんだけどさ。あっちは別に、僕のことはライクの意味では好きかもしれない。そう言う恋愛感情では無いと思うんだよね」

 自身を納得させる様に頷き健斗は言う。

 

 きっと美咲はそう思っているだろう――。

 過信はいけない。


「はあ・・・・・・。見かけによらず、語るねえ・・・・・・」

 京介は感心した様に、まじまじと健斗を見つめる。

「見かけによらず、ってなんだよ・・・・・・」

「そのまんまだよ」

 京介は少しだけ微笑んだ。

「はあ・・・・・・」

 本当にこいつの考えることはわからない。

 

 すると、健斗の魔法騎士用の携帯がいきなり鳴った。


「おおっ、なんだ?」

 突然の着信に健斗は驚く。

 慌てて出ると、発信者は神崎少尉だった。

「――事件だ」

 第一声。神崎少尉は息を荒くしながら、そう言った。

「じ、事件ですか?」

 正直、今度は行方不明の猫の捜索なのかな、と健斗は思っていた。

 だが、神崎少尉の口調から、そんな案件には到底聞こえない。

「ああ。都市東側に襲撃を受けた。負傷者は三十人以上だと思われる。俺も現場に向かっているが、向かった隊がすべてやられている。念のため、お前にも要請する」

 そう言う神崎少尉の後ろで爆撃音が聞こえた。


 東側の方角で砂煙が見える。

 どうやら、そこが現場の様だ。


「あそこ・・・・・・ですね。わかりました。今から向かいます」

 健斗は携帯を切り、慌てた顔で走って向かおうとする。

「ん? どうした?」

 京介は不思議そうな顔でそう言うと、右手を健斗の前へ勢い良く出した。

 その右手は、これから走ろうとした健斗の行く手を阻む。

「要請を受けた。負傷者は三十人を超えているらしい」

 止められた健斗は少し落ち着いた顔になり、京介に説明する。

 神崎少尉から伝えられた内容からして、緊急の案件だろう。

「なるほど。避難状況は?」

 右手を戻し、冷静な顔で京介は健斗に聞く。

「えっ・・・と、それはわからない」

 京介の問いに健斗は呆気に取られた顔で俯いた。


 襲撃を受け、何者なのかもわからない。

 神崎少尉はそう言っていた。


「――わかった。お前は現場へ向かえ。俺は避難誘導に向かう」

 京介は何かを理解した様な顔で東側を指差す。

「・・・・・・わかった。頼む」

 京介の指示に従う様に健斗は強く頷いた。


 訳がわからない。

 だけど、自分の心が行くべきだと言っていた。


「健斗、どうしたの?」

 慌ただしくする健斗に美咲が不安そうに聞く。

「ごめん、美咲。ちょっと、行かないといけない用事が出来た」

 少し落ち着いた口調で健斗は美咲に言う。

 美咲を不安にさせたくない。

 その思いが健斗を冷静にさせた。

「そうなんだ。気をつけてね・・・・・・?」

 美咲は心配そうな顔で首を傾げる。

「ああ。大丈夫だよ。帰ってくるから」


 来たるべき日曜日の美咲との喫茶店デート(?)のために。

 

 そして、健斗は走った。

 その後を追う様に京介も走る。



 ―――



「それで健斗、具体的な話は聞いたのか?」

 走る中、京介は健斗に聞く。

「いや、最初に来た電話だけだよ」

 神崎少尉からはその後の連絡は無い。

 最悪の場合も想定されたが、それは出来れば考えなくない事態だ。

「なるほど。敵の正体は?」

 京介は状況を整理する様に、もう一度健斗に聞く。

「わからないそうだ。向かった隊が全滅だと」

 向かった隊が全滅。

 それほどの脅威、強敵であることは間違いない。

「見たところ被害は拡大していない様に見えるから、大型ではないのかもな」

 都市東側の状況を見て、京介は推察する。

「大型ではないか・・・・・・」

 だとするなら、小型、小規模の敵。

 そして、隊が全滅するほどの強さ。

 健斗の頭の中で敵のイメージが纏まっていく。

「やっぱり、俺は避難誘導してから現場に行くよ。俺が来るまで、絶対に――死ぬなよ」

 そう言って京介は右に逸れ、人だかりのある方へと向かって行った。

「ああ!」

 健斗は京介の背中向け、叫ぶ様に言った。


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