第6話


 数分後。

 都市東側。


「なっ――」

 健斗が現場へたどり着くと、そこには大勢の魔法騎士が倒れていた。


 死んでいるかもしれない。

 何人かは血だらけで動かない人もいる。


 血だらけで立ち上がり、大太刀を構える一人の男がいた。

 その男は紛れもない先日、健斗と戦った神崎少尉。


「ん・・・? まだいたのか?」

 神崎少尉の前にいた男は、その存在に気づいた様にそう言う。

 赤い胴体に猛獣の様な剛腕。人とは呼べないほど異常な姿だった。

「まだだ・・・・・・っ。ここでお前を食い止めねば、都市に被害が・・・・・・っ!」

 神崎少尉は震える両手で大太刀を構えた。


 都市から少し離れたここを通過されれば、必然的に都市に被害が及ぶ。

 その光景は容易に想像出来た。


「諦めろ。お前に我は倒せん」

 男がそう言うと、その剛腕を神崎少尉に向け振りかざした。


 神崎少尉は大太刀で対抗するが、

 剛腕の一振りで大太刀ごと吹き飛ばされてしまう。


「さらばだ。魔法騎士よ」

 倒れている神崎少尉に向け、男は剛腕を叩きつける様に振りかざした。


 垂直に勢い良く振りかざされるその剛腕。

 必然的に、神崎少尉の死を直感させる。


 何かが揺れ動いた。

 考えより先に身体が動いてしまう。


 その瞬間、健斗は神崎少尉の前に立ち、黒椿でその剛腕を防いだ。


 自然と身体が動く。

 健斗は不思議な感覚だった。


 でも、この身体が動いてくれなかったら、

 今頃神崎少尉は死んでいたかもしれない。


 ――なら、僕の選択は最善だったのだ。


「千葉・・・・・・か?」

 神崎少尉は霞んでいる様な目で健斗の背中を見つめる。

「――はい」

 健斗ははっきりとそう言って、黒椿を男に振りかざした。

 男は避ける様にいったん離れ、距離を取る。

「まだ、いたのか・・・・・・」

 男から放たれる禍々しい魔力。


 只者ではない――。

 健斗は直感すると、黒椿を構え深呼吸をした。


 これは試験では無い。

 紛れも無い戦場なのだ。


「お前はいったい何者だ?」

 健斗は睨む様に男を見つめる。

「ん、我か? 我の名は――アガリア」

 男、アガリアはそう言うと魔力を解放した。


 一瞬。解放された膨大な魔力。

 それは近くの木々を大きく震わせるほど。


「人間では無いのか・・・・・・?」

 人間で無いはずがない。

 健斗はそう思ったが自然と聞いてしまった。


 しかし、京介や他の魔法騎士とは違うこの魔力。

 量ではない、質として人間の持つ魔力とは違う。健斗はそんな気がしていた。


「人間如きと一緒にするではない」

 健斗の言葉にアガリアは解せない様に健斗を睨み返した。

「人間如き・・・・・・だと?」

 とは――。つまり、人間とは違うと言うことだろうか。

「我は魔族だ。・・・・・・それでもお前は戦うというのか?」

 低い声でアガリアは健斗に言う。


 魔族。その人間離れした容姿とこの魔力。

 対峙するだけで死を直感させる力。


 おそらく、負ければ確実に――死ぬ。

 自身のその姿を健斗は想像した。


「ああ、戦うとも。僕の日々の前にお前が立ちはだかるのならば」


 誰であろうとも、僕の平凡を乱すならば。

 平凡な日々の前に立ちはだかるとするならば。


 僕は剣を抜こう。

 不思議と迷いは無かった。


「はっ、面白い! 立ちはだかるも何も、お前ら人間は我らの前では――無力。さあっ!死ぬがよい。無知な人間よ!」

 そう言ってアガリアは、右拳からバスケットボールくらいの紅蓮の炎を出現させる。

 紅蓮の炎を持ったまま強靭な脚を使い、上空へと飛び立った。


 そして、その炎を下にいる健斗に向かって放つ。


 その熱量。

 近づくにつれ、その熱が本物であることを思い知らされる。


 健斗は、翔ける斬撃――『斬翔』を放った。


 そして、もう一度、刀身に魔力を込める。


 放たれた斬翔は、紅蓮の炎に飲み込まれるかの様に消滅する。


 こうなることはわかっていた――。

 だからこそ、次の技に全力をかける。


「魔力、解放――」

 健斗は刀身から溜めていた魔力を一気に放出する。

 放出された魔力は黒く、黒椿の刀身が拡張している様にも見えた。

「うぉおおおおおおおおおっ!」

 健斗はそのまま黒椿を紅蓮の炎に振りかざした。


 僕がこの熱に耐えられれば、この紅蓮の炎は壊せる。


 ――そう。耐えられればの話なのだ。


 紅蓮の炎と健斗の身体との距離。

 ほんの一メートルほど。


 熱い。

 不思議とそう感じることもなく、紅蓮の炎は消滅した。


「なんだと・・・・・・?」

 上空にいるアガリアは眉間にしわを寄せて、不快な顔で言う。


 まだ黒椿に纏う魔力は生きている。

 なら――。健斗は目を見開いた。


「まだだっ!」

 健斗はアガリア向け、纏う魔力を投げ飛ばす様に斬翔を何度も放つ。


 この魔力が続く限り――。

 僕が出来る最善を。


「ぐぬっ!」

 アガリアはその剛腕で斬翔を防ぐ。

 だが、防ぎきれず切り傷から鮮血が溢れ出した。


 健斗の攻撃に怯むかの様に地上へと降りてくる。


「なぜ、業火の中でお前は生きている・・・・・・? 人間の肉体があの熱に耐えられるはずがない・・・・・・?」

 訳がわからない顔でアガリアは健斗を見つめて、独り言の様に言った。

「ああ。普通なら死んでいたよ。――普通なら」

 健斗は左斜めに斬翔を放つと、斬翔はアガリアの左腕に直撃する。

「普通ではないと――? 貴様、何をした!?」

 アガリアはぶら下がるだけの左腕を右手で支え、感情的に叫んだ。


 どうしてだろう。

 こんなにも、気持ちが落ち着いている。


 健斗は第三者の様な感覚でこの場にいた。

 自分が自分では無い。そんな感覚。


「ただ魔力を身体に纏わせただけだよ」

 黒椿をアガリアに勢い良く振りかざす。

「ぐっ!」

 アガリアは防いだ反動で建物を壊しながら、数十メートル先まで吹き飛ばされた。


 さて――と。

 健斗は黒椿を構え、ゆっくりと深呼吸をする。


 これで最後だ。

 健斗はもう一度、魔力を黒椿に注いだ。


 その時だった――。


 突然、激痛が電撃の様に身体中へ走りわたる。

 

 瞬時。痺れる様に両手足の全てが震え始めた。

 その痛みのあまり、健斗は黒椿をその手から落としてしまう。


 反転。まるで、拒絶――。


 身体がこの力を拒絶した。


「っ・・・・・・なっ・・・・・・?」

 次第に痛みが増し、激痛のあまり健斗はその場に座り込んでしまう。


 自身の視界に映るのは、震える四肢と向かってくるアガリアの姿。


 いったい、僕の身に何が起きているのか。

 見当がつかなかった。


「どうやら――。お前が使ったその力の代償は大きい様だな・・・・・・」

 何かを見通した顔でアガリアは呆然とする健斗に言う。

「ど、どう言う意味・・・だ・・・・・・?」

 震える声で健斗はアガリアに聞いた。


 力の代償――。

 黒椿を使った代償なのか、この魔力を使った代償なのか。


「人間如きが我らの力に似たものを使うと言うことは、それなりの代償がいると言うことだ。所詮、これが人間の――限界だ」

 アガリアはそう言って右拳から再び紅蓮の炎を出現させ、健斗に向かって放った。

 さっきよりも遅い速度で向かってくる。


 逃げようと考えた。

 しかし、身体は動かない。


 戦うと言う選択肢。

 自然と今の健斗に無かった。


 やがて、その炎と健斗との距離は残り数メートルとなる。


 ――僕は死ぬのか。


 健斗は目を瞑り、自分の死を悟った――。


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