第15話


 同時に繰り出される斬翔。


 京介と合図をしていないのに、自然と身体が動く。

 健斗は不思議な気持ちだった。

 

 健斗の黒い斬翔。

 京介の白い斬翔。


 対を成す斬翔。


「ふんっ!」

 アガリアは興奮した様な声でそう言うと、剛腕で二つの斬翔を防いだ。

 弾く様に斬翔を振り払い、二つの斬翔は弾け飛ぶ。

「行け! 京介!」

 健斗はそう叫び、アガリアへ追撃を繰り出した。

「おうよ」

 京介は勢い良くアガリアの横を通り過ぎ、アガリアの背後にいた魔獣たちを次々と薙ぎ倒しながら外へと向かう。


 健斗、あとは頼んだぞ――。

 京介は健斗にこの場を託した。


 黒椿をアガリアは剛腕で振り払い、その反動で健斗を後退させる。

「――あの魔導十二星座はどこへ行った?」

 気がついた様にアガリアは周囲を見渡し、不満げな顔でそう言った。

 アガリアのもう一つの目的。目の前の健斗より、魔導十二星座の京介との再戦をアガリアは期待していた。

「外へ行ったよ」

 健斗は静かにそう言うと、気持ちを切り替える様に小さく息を吐いた。


 ここからは一人。

 一瞬の油断が命を落とす。

 僕はまだ死ぬわけにはいかない。


「外――か。なら、あいつは魔導十二星座とか」

 アガリアは想像しているかの様に見通した顔をする。

 あいつと言うからには、やはり何者かは外にいるようだ。

「明智さんたちは僕の後ろに下がっていてください」

 健斗は右手を横に振るい、立入禁止の合図をする。

 どちらにせよ、研究所の外がどうなっているのかわからない以上、移動するのは得策ではない。

 もしかすると、外の方が被害は大きいかもしれない。

 

 にしても――。

 健斗はやけに落ち着いていた。

 こんな危機的状況にも関わらず、最初に魔獣と出会った時の様な恐怖心が無い。

 

 これは慣れてしまったかからなのか、それとも別の何かなのか。

 健斗は不思議だった。


「行くぞ、黒椿――」

 深呼吸。健斗は黒椿にありったけの魔力を込めた。

 黒椿を大きく振りかざし、斬翔をアガリアへと放つ。


 出し惜しみなんてない。――全力だ。

 僕の全力をもって、アガリアを倒す。


 黒き斬撃が一直線にアガリアへと向かう。

「やはり――闇属性か」

 間近で黒き斬撃を見たアガリアは呟くと、剛腕で振り払う様に黒き斬撃を破壊した。

 アガリアはゆっくりと右剛腕を横に構える。

 すると、右腕の前に赤い渦が発生し、そこから大きな赤い洋剣が出現した。

 

 赤い洋剣から放たれる、禍々しい炎属性。


 健斗はその魔力を感知する。

 これがアガリアの武器。

 両手で持つのもやっとの大きさの洋剣。

 アガリアは片手で担ぐ様に構えていた。

「少年――名は?」

 アガリアは赤い洋剣を右斜め後ろに構え、静かにそう言った。

 次第に赤い洋剣の刀身には、螺旋状の炎が纏われる。

「千葉――。千葉健斗だよ」

 健斗はゆっくりと黒椿を構え、魔力を集中した。

「そうか。――ありがとう」

 アガリアはそう言うと、ゆっくりと目を瞑る。

 その瞬間、赤き一閃が健斗へと向かっていった。

「っ!?」

 健斗は反射的に黒椿で防ぐと、その衝撃で数十メートル先へと吹き飛ばされた。

 吹き飛ばされる健斗の瞳に映るのは、赤い洋剣を振りかざした後のアガリアの姿。

 その光景で健斗は、アガリアがその赤い洋剣を振ったと言う事実をようやく知る。

 

 反射的に防いでいなかったら、

 今頃僕は真っ二つ――か。

 鳥肌が立った。


「さて――と」

 健斗が立ち上がった頃、アガリアは赤い洋剣を横に構えた。


 ――来る。

 健斗は追撃を悟ると黒椿を横に構え、再び魔力を集中する。


 振りかざしたアガリアと同時に、健斗も黒椿を振りかざした。


 赤い洋剣から放たれる赤き斬撃。

 黒椿から放たれる黒き斬撃。


 両斬撃が勢いよく激突し、消滅した。

 消滅する際、大きな衝撃が空間に響いていく。

 自身の全力の斬翔にも関わらず、アガリアはどこか余裕がある様に見えた。

 アガリアの全力の斬撃は防げないかもしれない。健斗は悟った。

 であれば、正面から挑むのは厳しい。

 他の策を考えろ――。

「――不思議だな」

 すると、アガリアは赤い洋剣を振りかざしたまま解せない顔で呟いた。


 違和感。

 自身は人間と戦っているはずだ。

 けれども、頭の中でわかっていても、アガリアの身体にはその感覚が無い。

 まるで、同族と戦っている様な感覚。


「不思議だと・・・・・・?」

 いったい何が――。健斗にはわからなかった。

「人間であるお前が、魔族である我と対等に戦えていると言うことだよ」

 納得いかない顔で健斗を見つめていた。


 一瞬、アガリアを纏った魔力が膨れ上がる。

 気持ちが高ぶる様に。


「それは――」

 返す言葉が無い。自分でも不思議だった。

 数日前までの自分は普通の人間だったはず。

 それが不思議と魔族と戦えている。

「まあ、どちらにせよ、お前はここで――死ぬ」

 アガリアは仕方ない様な顔でゆっくりと目を瞑った。

 長期戦を行えば、魔導十二星座が戻ってくるかもしれない。

 この男と魔導十二星座の二人を相手するのは、少々分が悪かった。

 その前に――。アガリアは確実に健斗を殺す気でいた。


「――開錠・ニルヴァーナ」


 その瞬間、アガリアの真下に黒い魔法陣が出現し、黒い炎がアガリアを包み込む。

 空間を歪ませる様な高圧的な魔力がこの場を支配した。

「ニルヴァーナか――」

 健斗は本能的に後退さろうとする足を理性で止めた。


 自身で決めたはずなのに。

 アガリアとの戦いが続けば、いずれこの状況になることを。


 その高圧的な魔力のせいか、それでも健斗はこの状況を理解出来ずにいた。


 アガリアの頭には角が生え、体型は黒く人の様な姿。

 纏う禍々しい魔力。


 あの京介でも倒せなかった――。

 必然的に絶望感が健斗を襲う。


「さあ、行くぞ。千葉健斗」

 目を見開き、好奇心がある様な笑みを浮かべ、アガリアは赤い洋剣を後ろに構えて走り出した。

「ああ!」

 健斗は黒椿に斬翔を纏わせ、アガリアへと向かって行く。


 そして、直前で勢い良く斬翔を放った。 

 ゼロ距離での高濃度の斬翔。


「ふんっ!」

 赤い洋剣を大きく振るうと、斬翔ごと黒椿を跳ね返す。

 跳ね返された衝撃で健斗はバク転のように後退した。

 回る中、先ほどまでとは違うその威力を健斗は痛感する。


 これがニルヴァーナ。

 あの京介でも倒せない、禁術と呼ばれる技。


「炎魔(イフリート)――焔(ほむら)」

 唱える様に告げると、赤い洋剣を縦に構え大きく振るった。

 その瞬間、先ほどの赤き斬撃よりも鋭く濃い赤き斬撃が放たれる。

 空間を翔ける様な高音を立て、赤き斬撃は健斗へと向かって行った。


 これは――まずい。

 うつ伏せで倒れていた健斗は咄嗟に死を悟る。


「だとしても――!」

 健斗は叫ぶ。

 それでも僕は戦わなければならない。

 戸惑いながらも急いで立ち上がり、健斗は黒椿を振りかざした。


 刹那。

 金属の何かが折れる高音。


 それと共に健斗は違和感を覚えた。

 

 黒椿の刀身が――折れた。

 それに気づいた頃、健斗に激痛が走る。


 数秒後。健斗は気づく。

 自身の胴体に大きな切り傷があったことに。


「えっ――」

 まさか、アガリアの今の一撃で僕は――。

 健斗は自身に何が起きたかを理解する。

 身体中の力が抜け、健斗はゆっくりと俯せに倒れる。

「千葉健斗。良い戦いだったぞ」

 アガリアは倒れる健斗にそう言って背を向けた。

 

 このままじゃ、アガリアはゼピュロスの方へ――。

 事態はさらに悪化する。

 

 僕がやらねばならない。

 僕がやらずに誰がやる。

 でも、身体は動かなかった。


 健斗は力尽きた様に意識を失った――。


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