第27話


 振り上げたまま刀身に魔力を込め、

 思念体へ勢い良く斬翔を放つ。


 ――二人同時に。


 陰と陽を象徴する様に、空を切る二つの斬翔。


 光と闇の斬撃は、同時に思念体の青い瘴気に触れると――割れた。

 まるで諸条件を満たした様に割れたのだ――青い瘴気が。

 瘴気のはずなのに、ガラスの様に欠け、ゆっくりと砕けていく。


「割れたの?」

 健斗の目にはそう見える。京介にはどうみえるのだろうか。


「ああ、割れたはずだ」

 京介はそれを確かめる様にもう一度斬翔を放った。

 高音を放つその白き斬翔は、残りの青い瘴気を簡単に吹き飛ばす。

 これで思念体が纏っていた青い瘴気は無くなったのだ。


「よしっ!」


 今が好機。

 健斗が斬翔を放つと、思念体は斬られることなく、そのまま斬翔に押される。

 押される勢いのまま、思念体は近くのビルの外壁に激突した。


「斬れないのか」

 腑に落ちない顔をしながらも、京介は思念体へと向かっていく。


「そんなに硬そうには見えないけどね」

「もしかすると、防御の観点も無いのかもな」

「どういうことなの、それ」

 なんだよ、防御の観点って。攻撃の観点があるのかよ。健斗は純粋に疑問だった。


「斬翔を斬撃では無く、一つの固体として認識されたのか」

「固体として……」

「固体に押される。そんな感覚だよ」


「ほおぉー」

 喉の奥から声が出る。そんなことあるのか――、今がそれか。


 すると、ビルの外壁のがれきに埋もれた思念体は浮遊して再び立った。


 起き上がる――その動作すらも無い。

 その足の様な何かが駆動した様子も無い。

 やはり、その思念体は人の様な容姿をした『何か』なのだ。


「浮いたよね、やっぱり」

「ああ、浮いたな。人では無いよな――やっぱり」

「見た目からして、人でも無いし……。何なの?」

「――わからん。魔導機械でも無いしな」

「機械では無いよね」

 ならいったい、あの思念体は何なのだ。


「……まあ、問題はあの思念体の魔力が何なのかだな」

 思念体から感じる微量の魔力。

 健斗の知る属性魔力では無かった。


「そうだよね」

 間違いなく波動と言う魔力を使った。

 しかし、魔力が満ちている気配はしない。

 その微量な魔力こそが、波動と言うのか。


 瞬間。

 思念体の雰囲気が変わった。


「なっ――!」

 突如、思念体から漏れ出した禍々しい魔力。次第に思念体を包み込んでいく。


 そして、その禍々しい魔力は灰色の翼となり、ゆっくりと思念体は上空へと上昇していく。


「あれは――羽ばたいているの?」

 上昇する思念体を見上げ、健斗は首が傾げた。


「いや、浮いているんだろ。――翼使っていないじゃないか」

「んー、それもそうだね」

 なら、あの灰色の翼は何なのだろう。

 普通、翼は空へと羽ばたくために使うのに、この思念体は羽ばたきもしない。

 ――浮いているけど。


 そして、上空十メートルほどの位置まで上昇すると止まった。


 波紋。水平に響くその衝撃波。

 その余波か、地上にいる健斗たちに強風が襲った。


「――来るぞ」

 京介は目を見開き、白椿を構えた。


 思念体は灰色の翼を健斗たちがいる地面向け、勢い良く羽ばたかせた。

 羽ばたく度に翼から出現する灰色の羽。

 叩き付ける様な勢いで、数多の羽が健斗たちへ降り注ぐ。


 灰色の魔力を纏う灰色の羽。

 羽の先には螺旋の風が纏う。


「ちっ!」

 健斗は降り注ぐ灰色の羽を、黒椿で一つ一つ叩ききっていった。


 斬翔で振り払うには、時間と範囲が足りない。

 まるで、銃弾の雨を捌く様に。

 健斗は黒椿を休み無く動かしていた。


 京介は白椿で振り払いながらも、半分は避けていた。

 避ける度に思念体との距離をとっていく。


 約三分。

 その間、思念体の灰色の羽は止まなかった。


「止んだか?」

 止んだ一瞬で健斗は思念体から大きく距離をとった。


 大きく息を吐くと、健斗は確信する。


 何を自分は忘れていたのか――。

 ここは紛れも無い戦場なのだ。


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