第18話


 力尽きた。

 健斗はその記憶があった。

 

 健斗がいたのは、真っ白で先のわからない世界。


 果たして、目の前は壁なのか。

 それとも続く道なのか。


「もしかして・・・・・・、死後の世界?」

 まるで、そんな世界。健斗は瞬きをして呆然としていた。


 力尽きたと言うことは、必然的に僕は死んだのだ。

 健斗は理解する。


「にしてもなー」

 解せない顔で健斗は腕を組む。


 意外と呆気ない。

 無論、自分の話だ。


 よく死ぬのはあっという間と言うが、

 こう言うことなのだろうか。

 健斗はしみじみと思っていた。


「んー、未練とかあったら幽霊になるのかな?」

 眉間にしわを寄せ、ふと健斗は考える。


「――幽霊になるなよ」

 すると、後ろで健斗の言葉を突っ込む声が聞こえた。


 聞き覚えのある懐かしい声。

 懐かしいあの人の――声。


 でも――。健斗は理解する。

 その大きな違和感に。


 そうだ、そんなはずはない。

 だってあの人は――。


 健斗は動揺する中、恐る恐る後ろを振り向いた。


「なんで――?」

 後ろにいた人物を見て、健斗は信じられない顔をする。


 ――亡き父・千葉健悟の姿に。


「久しぶりだな、健斗」

 スーツ姿の様な服装に、黒いコートを着て立っている。

「父さん・・・・・・?」

 普段の服装とは違うが、紛れもない父の姿だ。

「――父さんです」

 健悟は冗談を言う様な顔で軽く頭を下げる。


「どうして――」


 四年ぶりの再会。

 健斗は言葉が出なかった。


 会えるはずの無い人に会った――。

 つまり、僕もそこへ来たと言うことなのだろうか。


「どうしてってそりゃ、お前が来たからだよ。――ここに」

 健悟は右手で下を指差す仕草をする。

「ここって、天国・・・・・・?」

「――の入り口」

 健斗の言葉に健悟は何食わぬ顔で言う。


 呆けた様にも見えるその顔。

 健斗がよく知る父だった。


「天国の入り口?」

 真っ白な地面を見つめ、健斗は小さく頷いた。


 つまり、この先が天国と言うことだろうか。


「そんな感じ。まあ、本当の入り口は違うんだけどなー」

 どこか遠いところを見て、健悟は言った。

「そ、そうなの・・・・・・?」

 訳もわからずに返事をする。


「それで――」

 そう言った健悟の周りには真剣な雰囲気が漂っていた。

 まるで、風向きが変わったかの様な感情の変化。


「それで・・・・・・?」

 父の言葉、その雰囲気に健斗は思わず聞き返した。

「健斗はこのまま進むのか?」

 何食わぬ顔で健悟は首を傾げる。

「ん? 進むって?」

 

 いったい僕は、どこへ進むのだろうか。


 いや、どこへ進めるのだろうか。

 今の僕に――。


「この見えない世界へ進むのかってことだよ」

 続いているのかわからないその先。健悟はただじっと見つめていた。

「でも・・・・・・、それしかないんでしょ?」

 眉間にしわを寄せ、しょうがないと言う顔で健斗は言った。


 この世界にいる僕に残された道。

 その道しかないのではないのか。


 始まりも終わりもわからない、その世界へ。

 今、僕は行かねばならない。


「本当に――か?」

 見通した様な眼差しで健悟は健斗を見つめる。


 父の雰囲気が途端に変わる。

 漂っていた空気が引き締まる様なそんな雰囲気。


「え――?」

 健悟のその変化が、健斗には理解出来なかった。


 いったい、何が起きた――。

 こんな締まりのある雰囲気を漂わせる父を見たことが無い。


「お前には別の選択肢がある」

 両手を前に差し出す様にして、健悟は二択を示す。

「別の選択肢?」

 とは――。訳もわからず、健斗は瞬きを繰り返していた。


 すると、左腰に差した黒椿から何やら異変を感じ取る。


 異変。


 黒椿は動いていないはずなのに、

 健斗には動いている様に感じた。


 まるで、生きているかの様な、そんな感覚だった。


「なあ、健斗」

 昔と同じ様なのんびりとした口調。懐かしき父さんだ。

「どうしたの・・・・・・?」

 健斗は健悟の言葉に少し驚いた様な顔をする。


 知らない父さんだったり、

 知っている父さんだったり。


 今、目の前にいる父さんは何者なのだろうか。


 健斗は疑問に思ったが、それ以上に父と話せることが嬉しかった。


「この世界には進む以外にも、《切り開く》と言う選択肢もある。 壁があって進めないならば――」

「ならば・・・・・・?」

「――ならば、切り開けばいい」

 健悟ははっきりと健斗にそう言った。


 僕の知る父さんの言葉。

 この言い表せない口調は父さん独特のものだ。

 それに昔から気が抜けたやる気の無い顔なのに、

 どこか言葉は真剣実を帯びている。


「切り開く――」

 健斗は何かを確かめる様に、ゆっくりと右拳を握り締める。

 

 僕は知っている。

 その切り開き方を――。


 僕は持っている。

 その切り開く力を――。


 そうだ。そうだとも。

 僕にはこの黒椿で切り開くことが出来る。

 

 何者かに塞がれる僕らの平凡への道を。

 塞がれたのなら、切り開けばいい。

 この黒椿で。


 相変わらず、父は僕に何かを気づかせてくれる。


「ありがとう、父さん。やってみるよ」

 小さく頷き、健斗は健悟に笑みを返した。


「おう。――またな」

 心配が晴れた様な笑顔でそう言うと、健悟の姿は薄れていった。


 やがて、空間に溶け込む様に消滅する。

 どこかその姿は、目的を達した様な雰囲気がしていた。


 誰もいない白き世界。

 でも、不思議と怖くない。


「ふう――」

 健斗は自身の気を引き締める様に大きく息を吐いた。


 もう迷いは無い。

 健斗はゆっくりと右手を黒椿の柄へと移す。


「さあ、行こう――黒椿」


 この白き世界へ轟かせる様に――。

 

 健斗は黒椿を抜刀した。


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