第10話


 次の日、家のリビング。


「そういや、大丈夫なのか?」

 向かいのテーブル席に座る京介は思い出した様に聞く。


「ん? 何が?」

 目の前で朝食のトーストを食べながら、健斗は首を傾げた。


「傷だよ。動けなくなるくらいにやられてたじゃないか」

 京介も同じくトーストを食べながら言った。


 そう言えば――。

 京介の言葉に健斗は目を見開きハッとする。


「んー、そうなんだけど、なんか普通に大丈夫だよ?」

 健斗自身も不思議だった。気が付いたら、痛みが無くなっていた。


「まあ、お前が言うならいいんだけどさ・・・・・・」

 京介は心配そうな顔で健斗を見つめる。

「ん? 朝からどうしたの二人とも?」

 二人の会話を聞いて、沙織が台所から不思議そうに首を傾げている。


 茶色のワンピースにエプロンを着たその姿は、

 息子の健斗が見ても愛らしい雰囲気を出していた。


 健斗は時々実はこの人、母親じゃないんじゃないかなんて思っている。

 さっきまで魔法で稼働する魔導調理器具で料理をしていた。


 沙織の魔力は微量で、平均魔力値を圧倒的に下回っている。

 しかし、不思議と尽きたところは見たことが無かった。


「実は――健斗が体育の時間に右足を怪我しましてね」

 京介は小言で「そう言う話で」と健斗にそう言って沙織に話す。

 そう言えば、魔法騎士になったことを母さんに言っていなかった。


「あら、そうなの?」

 慌てた顔で沙織は健斗の所へやってきた。


 そして、座る健斗の右足を自分の右頬に当て、すりすりとしている。


「ん・・・・・・? 母さん、何してるの?」

 呆然。健斗は母の行動に理解出来なかった。


「愛情を注いでいるのよ。そうしたら、治るかなって・・・・・・?」

 上目使いでそう言う沙織に健斗は絶句した。


 そう言えば、こんな人だったっけ――?

 健斗は今までを振り返ってみるが、こんな感じだった気がする。

 健斗の思考は迷走していた。


「多分ね」

 健斗は慌てて沙織から離れると自室へ戻って行く。


「あら・・・・・・? どうしたのかしら?」

 沙織は不思議そうな顔で健斗の食器を片付けていく。


「大丈夫ですよ、沙織さん。彼はもう大人ですから」

 京介はコーヒーを飲みながら、落ち着いた口調で沙織に言う。


「そう・・・・・・? もう大人なの・・・・・・?」

 少し残念そうな顔で沙織はしゅんとする。


「んー?」

 すると、何やら沙織は気がついた様に顔を上げた。


「どうかしました?」


「大人ってことは、もうえっちな本とか読んじゃってるの?」

 不安そうな声で沙織は京介に聞く。

 沙織の言葉に京介は一瞬、言葉に詰まった。


「んー、どうでしょうね?」

 眉間にしわを寄せ、京介は悩んだ顔をする。


「そのうち、彼女とか連れて部屋で・・・・・・?」

 沙織は頭を抱えながら、台所でしゃがみ込んでいる。

 突然、消極的になるその姿。姉である自身の母とは違った。


「――まあ、男の子ですからね」

 京介は食べ終えた食器を台所に持ってくると、あっさりとそう言った。

 まあ、おそらくその相手は――。京介にはその見当がついていた。


「そうなの? 京介くんもそうなの?」

 食器を受け取り、おろおろした顔で沙織は慌てる。


「まあ・・・・・・、そうですかね・・・・・・」

 京介は途端にめんどくさそうな顔になった。


「あら・・・、姉さんに報告しとかないと」

 驚いた顔で沙織は言う。


「――忘れてください」

 冷や汗をかいて、京介は真面目な顔で沙織に頭を下げた。


「姉さん、何て言うかな・・・・・・」


「まじですか・・・・・・」

 京介は母の詩織と違い、沙織には小悪魔的な天然があることを知った。

 


 ―――



 登校中。


「で、本当に痛くないのか?」

 歩きながらも京介は健斗に聞く。


「うん。不思議と痛くない」

 決して沙織のおかげではない。その前からだ。


「なら――本題に移れるな」

 京介はひと息つくと、真剣な顔になる。


「ん? 本題?」

 口を半開きにして健斗は首を傾げた。

 本題とは――。いったい何の話だろうか。


「おそらく、数日の内にアガリアがもう一度、都市へ攻めてくるだろう」

 深刻な口調で京介は言う。


「えっ――? なんで?」

 アガリアは京介が撃退したはずだ。それがどうして――。


「奴らの目的は、ゼピュロスと言う人型魔導機械に搭載されているシステム。通称、ゼピュロス・システムと言われるもの」

 京介は深刻そうな顔ではっきりとそう言った。


「ゼピュロス・システム?」

 想像するように健斗は首を傾げる。

 とは――。と言うより、そんな人型の機械があることさえも健斗は知らなかった。


「そのシステムの破壊が奴らの目的らしい」


「破壊? なんで?」

 彼らが破壊したい理由とは。


「具体的な理由はわからない。だが、そのシステムが奴らに害を及ぼす可能性は十分にあると思う」

 京介はどこか曖昧な顔をしてそう言った。


「そんなに凄い機能なの?」

 聞く限り、ロボット動力源の様なものだろうか。


「俺も具体的には知らない。アガリアいわく、死んだ人間の魔力もそのシステムに掛かればエネルギーとして使えるらしい」

 信じられない様な顔で京介は告げる。


 京介自身、一通りの都市の情報は知っていると思っていた。

 魔法騎士を抜けた後に、自分の知らないところで何かかが動いている。

 京介は不吉な予感がしていた。


「死んだ人間の魔力?」

 健斗の中でその言葉が引っかかった。


 そんなことが本当に出来るのか――。

 それよりも、人としてそんなことをして良いのか。


「ああ。仮にもそんなことが出来たとしたならば、最強の兵器だ。道徳的観点を除けば――な。それに死んだ人間と言うことは、敵国などの殺した人間も含まれる。つまり、ゼピュロスと言う兵器は人を殺せば殺すほど、半永久的に稼働出来るということだよ」

 信じられない顔で京介は呟く様にそう言った。

 京介の言う道徳的観点とは、きっと人間としてと言うことだろう。


 死んだ魔力を利用出来る、半永久的な稼働力。

 健斗は自然と戦場での光景を想像した。


「・・・・・・そんなことあっても良いのか?」

 健斗は目を見開き、信じられない顔で言う。

 人をバッテリーの様に扱い、機械を動かす。簡単に言えば、そう言うことだ。


「俺も信じられない話だ。だからこそ――調べに行く」

 京介は何かを見通した鋭い目つきでそう言う。


 本当にその事実があるのか。だとすれば、いったいどこで――。

 京介は自身の目で確かめるべきだと思った。


「・・・・・・えっ?」

 健斗が恐る恐る聞き返す。


「――捜査だ」

 京介は大きく息を吐いてそう言った。

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