第13話


 翌日。研究所内通路。


「柴鳥くん、君から見てここはどうだい?」

 昨日見学出来なかった製作室を見た後、越前は唐突に言った。

 今日で二日目だが、今のところは怪しいと思う部分は無い。

 健斗はただ研究所見学をしている様な気分になっていた。

「どうだい――? 直感的な感想ですか?」

 越前の隣で京介は不思議そうな顔をする。

 意味深なその言葉。京介の目つきが変わった。

「ああ、そうだ。外部からの正直な意見が聞きたいんだ」

 越前はどこか期待に満ちた顔をしている。


 研究員では無く、別の組織の人間の意見として。

 それが越前の言葉の真意だった。


「正直な意見を言いますと、改変的では無い感じがしますね」

 少し挑発的な口調で京介は越前にそう言った。

 越前が自身を疑っていることを理解した発言。この言葉にどう返すのか――。

「改変的――?」

 予想外な顔をすると、越前は試運転室の前で立ち止まった。


 改変。

 読んで字の通り、改めて変化を行う。そう言った意味だ。


 変化した世界に、もう一度変化を。

 人は再変化を改変と呼ぶ。


 すると、越前は何も言わずに扉を開け、中へと入って行った。

 なぜ、昨日見学した試運転室へ。

 健斗は不思議に思いながらも、越前について行った。

「今後、魔法都市を担うための変化・・・・・・ですかね?」

 試運転室へ入ると、京介は補足の様に越前に言った。

 別に今の魔法都市の技術に不満がある訳では無い。

 強いて言えばの話。京介は自身の思う直感的な感想を述べた。

「そうか。やはり――そうか」

 京介の言葉に閃いた様な声を上げ、越前は頷きながら何かに納得する。


 改変。自身の思っていた内容と合致する。

 自身のやり方は間違っていなかったのだ。

 今までも、そして――これからも。

 越前は小さく息を吐いた。


 これから一歩踏み出す。

 紛れも無く、すべてを変える大きな一歩。


 緊張感の中、越前は口を開いた。

「――そうだよな、白鳥京介」

 越前はゼピュロスの方を向き、笑顔を向ける。

 不審に思った深夜からの今朝。

 越前は京介たちの素性を突き止めていた。

 素性を知っているからこそ、京介の言葉は越前の心に響いていた。

「っ!?」

 越前の言葉に京介は、全身鳥肌が立った様な目の見開き方をして驚く。

 反射的に京介は越前と距離を取った。健斗も慌てて距離を取る。


 この数秒で何が起きたのか。

 突然の展開に、健斗の思考は追いつけずにいた。


「その反応――。どうやら、本当に君らは魔法騎士なのか」

 魔法騎士とわかった時、越前は純粋に驚いた。

 こんなに若い少年が魔法騎士をやっていることに。

 やはり、あの組織が老若男女問わないのは本当だったのか。

 死と隣り合わせの特別な組織。この少年たちの日々には常に死が付き纏う。

 越前はそう思うと次第に辛い表情になっていった。

 しかし、我らの悲願のために戦わなければならない。

 一呼吸置くと、決意した様に目を尖らせた。

「・・・・・・その様子だと、俺たちが来ることがわかっていたのか?」

 眉間にしわを寄せ、京介は解せない顔で越前を見つめる。

 次第に京介の目は睨む様に鋭くなっていった。

「来ることが――? それは語弊があるね」

「語弊?」

「ああ。この研究の中で、いつかは魔法騎士たちが来るとは思っていたよ。でも――」

 落ち着いた雰囲気で、越前はゼピュロスの周りを一周する。

「でも――?」

「まさか、最上位の魔法騎士が来るとは――ね。君たちにとって、これはそれほどのものか? このゼピュロスは」

 警察では無く、魔法騎士が来るとは思ってもいなかった。

 しかも、あの魔導十二星座が来るとは――。不都合であり、好機であった。

 両手をゼピュロスに向け、誇らしげに大きく広げる。


 最上位の魔法騎士。

 それが魔導十二星座。

 誰もが知るその事実。


「ああ。少なくとも俺はそう考えている」

 だからこそ、ここへ来た――。京介の言葉は本心だった。

「そうか・・・・・・。それは良かった」

 小さな笑みを浮かべ、越前は俯く。

 結果的にそれほどの価値がこの研究にあると言うことだ。

 ならば、その価値に。その期待に答えなければならない。研究者として。

「さあ――」

 そう言うと越前は、決意した様に右拳を強く握りしめた。

「特とご覧あれ! ゼピュロスの真髄を!」

 叫ぶ様にそう言うと、越前は右手をゼピュロスの胸元へ向ける。


「――魔装」

 波動。告げたその瞬間、ゼピュロスを中心に衝撃波が発生する。

 

 まるで、空間を叩いた様な衝撃。健斗の身体は小刻みに揺れていた。


 いったい何が起きたのか。

 越前はいったい何をしたのか。

 健斗には目の前の出来事が何一つ理解出来なかった。

 

 数秒後。ゼピュロスの中心部にコアな様な物体が出現する。

「もしかして・・・・・・」

 顔を上げ、健斗はそれが何かを推察した。

 もしかして、これが――。

 これがゼピュロス・システムの動力源、言わばコアと呼ばれるものなのか。

 健斗の知る魔力供給機器の外観とは――異なる。

 

 深緑色をした浮遊する正方形。

 対角線を軸にゆっくりと回転していた。

 

 魔法が生み出した不可思議な物体。

 確かに目の前にあるはずなのに無い様な感覚。

 非現実的な雰囲気があった。


 これに故人の魔力を搭載したとすれば――。

 健斗は自身が想像出来るあらゆる事象を考える。

 動力源が人の魔力となり、ゼピュロスは稼働すると言うこと。

 この物体を破壊するためにあの魔族、アガリアはこの都市を襲いに来たのだ。

 つまり、それほどの代物。このゼピュロス・システムと言う兵器は。

 健斗は考えながら、コアを眺めていた。


「これを使えば、この都市に大きな発展をもたらすことが出来る」

 越前はコアの前で誰かに訴えかける様に叫んだ。

 公共施設、交通機関に用いる動力以上の動力は、これで賄うことが出来る可能性がある。

 つまりは、動力の問題で諦めていたあらゆる事象が可能になると言うことだ。

 

 改変。自身の悲願。

 越前のその一歩が今、目の前で始まろうとしていた。

 

 すると、その衝撃音を聞いたのか、明智が慌てて試運転室へと入って来た。

「越前くん、何をしている・・・・・・?」

 呆然とした顔で明智は室内の光景を見つめている。

 どこかその顔は信じられないと言うより、やってしまったと言う様な顔をしていた。

「おや――所長。早いお出ましですね」

 落ち着いた口調で、越前は不敵な笑みを浮かべた。

 ゼピュロスの浮遊するコアは、次第に回転速度を増していく。

 回転速度が増す度、空を切る高音がこの空間に鳴り響いていった。

 発電機等の電機も回転速度が増す度、発電電力が増す。

 このコアは発電機と同様に、回転速度で魔力を増やしているのだろうか。

「まさか、これは――。越前くん、やめろ! それは未完成だ! 触れてはならん!」

 明智は確信した顔で越前を止める様に叫ぶ。


 未完成――。

 その言葉に京介は眉間にしわを寄せた。

 

 断言する様なその言葉。明智所長は全てを知っていたのだろうか。

 だとするならば、この研究は少人数で秘密裏に行われていたことになる。


「明智所長、止めても無駄ですよ。もう止まらない。――針は動き出したんですよ」


 進み始めた時を止めることは出来ない。

 明智の叫びに越前は聞く耳を持たなかった。


「さあ、行こう――ゼピュロス。我らと共にこの魔法都市に改変を!」

 自身の魔力をコアに注ぐ。そのために越前が右手をコアに触れようとした。


 ――その瞬間。


 瞬時に目に見えない魔力が空間に響き渡った――。


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