第8話


 目を開けると、そこは都市の中心部。

 さっきまで健斗たちはここにいた。


 しかし、健斗の目に映るのは、さっきとは異なる光景。


 煙と火。

 瓦礫が目に映り、人々の叫び声が突き刺さる様に聞こえてきた。


 健斗たちの目の前にはアガリアと炎の兵隊が複数体。


 無論、予想通り。

 ここは紛れも無い戦場だ。


「京介!」

 感情が抑えきれず叫ぶ様に健斗が言う。


 ここは戦場。

 一瞬の時間さえも惜しい状況だ。


「あの兵隊を頼んだ」

 京介は流す様に周囲を見渡し、現状を理解する。

「ああ!」

 健斗はそう言うと炎の兵隊の方へと向かっていく。


 京介はアガリアを。

 僕は炎の兵隊を。

 それが今の僕に出来ること。


 そして、京介はアガリアへ一直線に向かうと、白椿を振りかざした。


「――瞬光」

 告げられる言葉。


 その瞬間、京介とアガリアの姿は消滅した。


 遠くで大きな魔力を感じる。

 あれは――京介の魔力だ。


 一瞬にしてその距離まで――。

 健斗は京介の格の違いを改めて実感する。


「さて――と」

 健斗は気持ちを切り替える様に大きく息を吐いた。


 僕は――。

 僕が出来る最善のことを。


 ――ここからは僕の戦いだ。



 ―――



 都市から数キロ離れた荒野の様な地帯。


「さて――と」

 アガリアを飛ばすことまでは出来たが、問題はここからである。

 京介はゆっくりと息を吐き、白椿を構えた。

「気づかなかった――。なんだその技は?」

 アガリアは辺りを見渡しながら、目を見開く。

 自身が移動した感覚すら無くこの場にいる。

 アガリアは理解出来なかった。

「術者と対象者を自分の指定した場所に飛ばす技だよ。通常なら禁術だが――な」

 京介はアガリアの問いに落ち着いた口調で答える。


 魔導十二星座だからこそ、この技を可能にすることが出来るのだ。

 普通の魔法騎士なら発動さえも出来ない。

 仮に発動出来たとしても、人を飛ばせるほどの魔力制御は出来ない。


「ほう・・・・・・、素晴らしい技だな」

 アガリアは感心した様に言う。

「それで――。どうして、魔族がこんなところにいるんだ?」

 京介は納得していない様な顔でアガリアに聞く。

「人界に来た理由か?」

「ああ」

「それは――」

 斜め上を見上げ、アガリアは困った顔をする。

「それは?」

「都市のある物を破壊しろ――と言う命が上から出てな」

 京介の問いにアガリアは少し黙った後、ため息をついてそう言った。

「ある物?」

 目を細め、京介真剣な眼差しになる。


 京介の脳裏に幾つかの項目か過った。

 しかし、確信はない。


「ああ。この都市には故人の魔力さえも動力源に出来るシステムが存在すると聞いた」

 アガリアは淡々とした口調で語り出す。

「――その名を『ゼピュロス・システム』」

 最後の言葉を聞き取れる様に、はっきりとそう言った。

「何だと・・・・・・っ?」


 ゼピュロスとは――。

 オラシオンが誇る人型の魔導機械の一つだ。

 その言葉からしてゼピュロスに関係のあるシステムなのだろうか。


「お、その様子だとお前さえも知らなかったようだな」

 意外そうな顔をした後、アガリアは笑った。

「それは本当なのか・・・・・・?」

 信じられない顔で京介は聞き返す。

「ああ。だから、我々魔族も放っては置けぬのだ」

 アガリアは深刻な顔でゆっくりと頷く。

「――なるほど」

 考え込む様に目を瞑ると、何かを察した様にゆっくりと目を開ける。

 京介はそのシステムがもたらすであろう、あらゆる事象を推測していた。

「それで――どうしてだ?」

 アガリアは解せない顔で言う。

「ん?」

「なぜ、お前は攻撃してこない?」

 その剛腕を地面に向け、アガリアは京介に問う。


 攻撃してこない。

 そう問われると、答えは一つだった。


「お前を都市から排除すること。それが最優先事項であり、俺の使命だ。もうそれはお前をこの場に飛ばした時点で遂行された。それにニルヴァーナ状態の魔族を相手にするのは、さすがに俺も死を覚悟しないといけないしな」

 京介は冷静な口調で説明する。


 過去、京介は今のアガリアと近い状態の敵と戦ったことがあった。

 その時は互いに全力で戦い、両者とも瀕死の状況まで陥ったことを京介は思い出す。

 それ故、今のアガリアとの戦闘は避けたかった。

 それが京介の本心だった。

「ははっ。それもそうだな」

 京介の本心にアガリアもそう思ったのか笑う。

「そうだろ。だから――」

「――俺の使命はゼピュロス・システムの破壊だったんだがな・・・・・・。まあ、次もあるし、今回は撤退と行くか・・・・・・」

 京介が言う前に、アガリアはため息をついた後、自身の言葉を重ねる。

「だろ。出来れば、撤退してくれると助かる」

 重なるはずだった言葉を京介は言う。

 どうやらアガリアも同じことを考えていた様だ。

「もしも、撤退しなかったら?」

 顔をだけ京介の方を向き、アガリアは不敵な笑みを浮かべる。

「その時は――全力で殺し合うことになるぞ」

 京介は一瞬、殺気立つ様に魔力を解放する。


 戦わない『生』。

 戦う『生』。

 戦う『死』。


 良くも悪くも、その三択が両者にはあった。


「っ!? ・・・・・・ははっ、そうだな。さすがに人類最強と言われる魔導十二星座と一対一で争うつもりは無いよ。――今は」

 京介の魔力に一瞬目を見開き、アガリアは京介を落ち着かせる様な口調で言う。


 今は――。

 その意味深な言葉が京介の耳に残っていた。


「そう言ってもらえれば」

 京介は自身も落ち着かせる様に、ゆっくりとした口調でそう言った。


 一言一句。

 一言で互いの熱量が大きく変わる――。

 これは言葉の戦いでもあった。


 京介の言葉を聞いたアガリアはニルヴァーナを解除し、通常の姿へと戻る。

 京介はゆっくりと一歩下がり、白椿を鞘へとしまった。


「これから、どうするんだ?」

 アガリアを刺激しない様な口調で京介は問う。

「ん? 魔界に戻って報告するだけだよ」

 何食わぬ顔でアガリアは言う。

 その姿は先ほどの様な威圧感も殺気も無かった。

「報告?」

 いったいどんな――。京介は気になった。

「魔導十二星座により憚れたため、我一人では困難。そのため、一時撤退した――ってね。それにそのシステムもどこにあるのか見つかってないし。あー、今回はお手上げだよ」

 両手を外側に広げ、困り顔でアガリアは言う。

「――なるほど」

 右手を顎に当て、京介は頷く。

 どうやら、ここ最近になって自身の知らない何かが動き始めている様だ。


 すると、アガリアは気がついた様な顔でため息をつく。


「どうした?」

 京介がそう聞くと、アガリアは深呼吸をした。

「もう一度――。近いうちに人界へ来ることになるしな・・・・・・」

 人員を追加してまた来るぞ、アガリアはそう補足する。

 どうしてか、めんどくさそうな顔でアガリアは言った。

「そうか・・・・・・」

 ため息交じりに京介は言う。

 つまり、もう一度争う日が来ると言うことだ。

「それで魔導十二星座。その時はどうする?」

 何かを思い出した様にアガリアはそう言うと、不敵な笑みを浮かべた。

「その時は――」

 京介は一度目を閉じ、ゆっくりと開く。

 次にアガリアと争う日が来るのなら――。

「――全力で殺し合いましょう」

 互いが背負う、互いの使命のために――。

「ああ」

 京介の言葉にアガリアも殺気立った雰囲気で言う。

 その殺気のせいか、京介に向かい風が吹いた。

「そういや、あの闇属性を使う少年は何者だ?」

 背を向けたアガリアは思い出した様に振り向く。

 その姿からは、先ほどの殺気は一欠けらも感じられなかった。

「彼は僕の才能を超える者ですよ」

 京介はアガリアの問いに笑顔でそう答える。


 嘘ではない。

 少なくとも、京介には確信があった。


「ははっ、それは面白い。また、会える日を楽しみにしていると伝えてくれ」

 右手を振り、挨拶のような仕草をする。

「わかった」

 京介は頷いたが、内心健斗とアガリアが再会しないことを願っていた。

 今の健斗とアガリアが戦えば、勝敗は必然的である。

「まあ、また会えたとしても、きっと殺し合いの最中だろうな」

 アガリアは想像したのか、少しがっかりとした顔で言う。


 そして、黒き魔法陣を出現させ、アガリアは魔法陣ごと消えて行った。


「――ふう」

 京介は緊張の糸が切れた様に大きく深呼吸をする。


 とりあえず、一難は去った――。

 京介の戦いは終わったのだ。


「あとは健斗だけか」

 都市の方を見て、京介はゆっくりと息を吐いた。


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