魔法都市の魔法騎士

桜木 澪

魔法都市の魔法騎士

第一章 入隊編

第1話


 ここは魔法都市(オラシオン)。


 幾多の乱世を超え、魔法が発展したこの世界。


 水、電気、火――そのすべて。

 それらは魔法があれば、生成出来る様になった。


 六月。

 春が過ぎ、初夏が近づく季節。


 千葉健斗(ちばけんと)が高校一年生になって、二ヶ月が経とうとしていた。

「あー、今日も良い天気だなー」

 真上に走る魔導列車を見つめ、健斗は両手を広げ背筋を伸ばす。

 健斗は長身で、茶髪のショートヘアーにやせ形。

 やる気の無い様に見えると、友人に言われるほど、覇気が無い雰囲気をしていた。


 健斗は容姿や性格を含めて、ただ普段の変わらぬ日常を好む。

 平凡な一人の人間だと自身は思っていた。


 健斗が見つめる魔導列車も、電線魔導回路を通じて運転する魔導機械。


 皆が持つ様な雷属性や水属性など、自然由縁の性質を持つ魔力量を健斗は持っていなかった。


 自然魔力を持たない者。

 この世界では、少ない人種だった。


 しかしながら、健斗は生まれつき魔力が無い訳ではなく、薄暗い黒い魔力を持っていた。

 だからなのか、自然魔力で動く魔電と呼ばれる魔導家電も動作しない。

 

 時が経つにつれ、この魔力は日常では不要だと思う様になった。


「ん?」

 自身には魔力と呼べるものが無い。

 そんな思いの中、目の前で聞こえる大音量。

 その音源は、八階建てのオフィスビルに備え付けられた大きな広告看板から。


 広告看板には、ちょうどテレビニュースがやっていた。


『特集・皇玲(すめらぎあきら)の一日』


 凛としたモデルの様な容姿の女性がインタビューを受けていた。


 彼女は美人である。それ以上に、彼女は他人とは違うものを持っていた。


 この魔法都市に十二人しかいない特別な称号を持つ者。


 名を――魔導十二星座(ゾディアック)


 その称号こそ、魔法都市が認めた最強の称号。


 何やらその最強は、魔力だったり、技術力だったり。

 権力や能力以外にも、最強と認められるとか。基準は不明確の様だ。


 彼女は現在、自身が持つ膨大な魔力を活かし、

 魔導師と言う立場で魔法都市の管理室に所属している――らしい。


 どうやら、その特集は管理室での一日の様だ。


 しばらく、健斗は顔を上げ、その映像を眺めていた。


 膨大な魔力。

 最強の称号。


 関わることも無い、僕には無縁の世界。

 どこか別次元。

 まるで、アニメを見ている様な気分だった。


 仮に僕にそんな力があれば、

 誰かを助けたい、誰かの力になりたいと思えただろうか。  


 健斗はありもしない『もしもの世界』を考える。


 ――考えても、そんな世界などありもしないのに。

 不思議と健斗はため息が出た。


 まあ、僕は良くも悪くもこの日々が続けば、それで良いのだけど――。

「ねえ、健斗。今日、転校生が来るんだって……知ってた?」

 すると、テレビを眺める健斗の隣、少女は興味津々な顔で言った。


 緒方美咲(おがたみさき)。

 彼女は健斗の幼稚園の頃からの幼馴染である。


 小柄な容姿。

 腰まで届く水色の艶のある長い髪。

 常に眠たそうな雰囲気を出していた。


 とろんとした様な眼差し。

 その眼差しは見ているだけで癒されるほど愛らしい。


「え、そうなの?」

 そうだっけ――。

 教員からの告知はあったのか、記憶を掘り起こしたが記憶に無い。


 となると、相変わらずの無関心さ故、話を聞いていなかったのか。

 健斗は察した。


 高校一年生になった今でも、美咲とは一緒に登校している。

 

 ただ単に家が近く、高校も同じなだけで特に深い理由は無かった。

 にしても、こんな微妙な時期に転校してくるなんて、珍しいこともあるんだな。

「なんか昨日、桜が学校で見たって言っていたよ。かっこいいんだってさー」

 歩きながら美咲は笑みを健斗に向ける。


 美咲の言う桜とは、齋宮桜(いつきさくら)のこと。


 彼女は中学三年生の夏、健斗たちの中学に転校してきて、今は美咲の友達だ。

 おっとりとした雰囲気の美咲と違い、桜は明るい雰囲気をしている。


「へぇー、かっこいいんだ・・・・・・」

 健斗は感情をこもっていない軽い返事をする。


 かっこいい転校生の話をする幼馴染。

 どうしてか、話をする美咲を見るのが、辛いと思う僕がいる。

 健斗は不思議な気持ちだった。


 生まれてこの方、かっこいいなんて言われたことなんてあっただろうか。


 ――いや、無いな。

 思い返して、健斗は小さくため息をついた。 


 やはり、僕は良くも悪くも、普通――なのだ。



 ―――


 創成高校。

 ホームルーム前。

 教室。


「えー、転校生を紹介するー」

 めんどくさそうな顔で健斗のクラスの担任、高橋秀一(たかはししゅういち)先生、通称秀さん先生は告げた。


 黒髪短髪でスタイルの良いその容姿。

 自然と女子からの評判は良い。


 一説によると、結婚しているとか、していないとか。

 どうせ、彼女はいるんだろうけど。


 秀さん先生は、全体的にめんどくさそうな雰囲気を漂わせていた。

「転校生の白鳥――京介くんだ」

 後ろ髪を掻きながら、視線を教室の扉へと移す。

 秀さん先生の声に呼応してか、ゆっくりと教室の扉が開いた。

 前振りも無い、唐突な転校生の紹介に教室は騒然とする。

「――白鳥?」

 聞いたことがある名前。健斗はその名前を知っている気がした。


「白鳥京介(しらとりきょうすけ)と申します」


 教室へと入って来た、白髪ミディアムヘアーのイケメン。

 教壇へと向かうその姿は、どこか大人びた冷静な雰囲気が漂っていた。


「これから、よろしくお願いします」

 京介はそう言って教壇の前で礼儀正しく頭を下げた。

 その容姿に驚いたのか、騒然としていた教室は急に黙り込む。

 記憶に眠るその面影。やっぱり、僕は彼を知っていた。

「ええっ!?」

 繋がった記憶。健斗は驚きのあまり、立ち上がる。

 そんなどうして――。どうして、あいつがここにいるんだ。

「おっ、どうした千葉。白鳥がカッコよくて、立っちゃったか?」

 立ち上がる健斗に、秀さん先生が意味深な顔を向ける。


 この先生は何を言っているのか。

 一瞬だけ意味がわからなかったが、どちらにせよ意味がわからない。

 

 それに秀さん先生は、どこか楽しそうな顔をしていた。

「いや、違いますよ。彼は――」

 秀さん先生の言葉に、健斗は呆れた声で冷静に返答する。

 そうだ、この白髪で美形なこの男は――。


「俺と千葉くんは《従兄弟》なんです」

 健斗の言葉よりも先にそう言ったのは京介だった。

 

 しかも、笑顔で――。


 二人は従兄弟の関係。

 こうして会うのは、健斗の父親が亡くなった時以来なので四年ぶりのことだった。


「なんで京介が・・・・・・?」

 京介の顔をまじまじと見つめ、突然の再会に健斗は驚いていた。

 にしてもなぜ、京介がこの高校に転校してきたのか。

 京介の家からは、かなりの距離があるはずだけど。

「えっ、お前には言ってなかったか? 両親が海外に転勤になったから、お前の所にお世話になるって」

 驚く健斗に京介は冷静な口調で健斗に告げる。


 言い忘れていた。

 そんな顔を一瞬したが、きっと気のせいだろう。


「はぁ・・・、両親が転勤ね・・・・・・。――って、えっ? 僕の所にお世話になるって?」

 僕の所――とは。

 健斗は解せない顔で気がついた。


 そう言えば、先週から母さんが物置部屋を掃除していた。


 それに、今週から料理中に鼻歌を歌っていたり。

 いつもよりも機嫌が良かった気が。


 それもこれも京介が来るからだったからだろうか。


「そのままの意味だよ。お世話になるわ」

 そう言って京介は健斗の肩をぽんぽんと叩き、指定された席へと座った。

「えっ? そんなの聞いていないよ?」

 席へと座る京介を、目で追う様に健斗は振り向く。

 そんな簡単に言われても――困る。

 気持ちの準備が何も出来ていなかった。

「いや・・・・・・? お前がそうだとしても、親同士では承認の元だぞ?」

 驚く健斗に対し、京介は面倒な顔で答える。

 健斗は「困る」だの「どうして」など、抗議の様に京介に言っていた。

「あの・・・・・・お前ら。とりあえず――後でやってくれないか?」

 二人の会話を聞いていた秀さん先生は、申し訳なさそうな顔で間に入る。

 秀さん先生の言葉に二人は無言になり、きょとんと見つめ合うと席に座った。


 ようやく教室が僕らの会話を、ただただ聞いていたことに気づく。

 ――恥ずかしい。


「どうしてこんなことに・・・・・・」

 席に座ると健斗は、がっかりとした顔でため息をついた。

 仮に。京介と一緒に暮らしていれば、当然、登下校も一緒だ。

 そうなれば、僕と美咲の間に京介が入ることになる。

 そうなったら、美咲は京介のことが好きになってしまうかもしれない。

 

 朝の美咲の言葉を思い出す。

 美咲の中では、京介は好印象のはずだ。


 健斗はそう考えただけで、不思議と悔しさと悲しみがこみ上げていた。


「あ、それと千葉」

 秀さん先生は教壇の前で振り向き、何かを思い出した様な顔で健斗にそう言った。


 このパターンの秀さん先生はろくなことが無い。

 健斗は過去の出来事を思い出す。


 京介も秀さん先生の顔を見て、どこか苦い表情をしていた。


「はい。何でしょうか・・・・・・?」

 健斗は中身が無い様な覇気の無い返事をする。

 ――どうせ、ろくなこと無いもの。


「白鳥のことよろしくなー」

 申し訳なさを微塵も感じさせない、まさにとびっきりの笑顔。

 秀さん先生はどこか清々しい雰囲気を出していた。


 よろしく――とは。

 つまり、学校の案内など諸々だろう。


 健斗は眉間にしわを寄せ、解せない顔で小さく頷いた。。


 何がどうして――。

 どうして、こうなった――。


 何の動きも無かった僕の平凡が今、動き始めた――。


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