第20話


 日曜日。

 近所の公園。


 今日は、美咲と約束していたあの日だ。


「お待たせ、美咲」

 ベンチで座っていた美咲に健斗は声をかける。


 健斗が着いたのは、待ち合わせの十分前。

 もうすでに美咲は来ていた。


「ううん。大丈夫」

 美咲は首を左右に振ると微笑み、ベンチから立ち上がる。


 白のワンピースに紺のベレー帽を被った服装。

 美咲の私服を見るのは、なんだか久しぶりな気がした。


 そして、二人で公園を出て、喫茶店へと向かう。


「――ねえ、健斗」

 並んで歩く中、美咲はふとした声で健斗に話しかける。

「ん? どうしたの?」

「なんか・・・・・・雰囲気変わった?」

 瞬きを繰り返しながら、美咲はじっと健斗を見つめている。

 少し眠たそうな雰囲気を漂わせるその姿。

 不思議と健斗は癒された。

「雰囲気? そう・・・・・・?」

 美咲と目が合わない様に視線を逸らしながらも、健斗は不思議そうな顔をする。


 雰囲気。

 変わった様な記憶も無いし、変えた記憶も無かった。


「んー、なんだろ・・・・・・? 前よりも――かっこよくなった」

 晴れた様な目一杯の笑顔を美咲は向ける。

「かっこいい・・・・・・? ――えっ?」

 かっこいいとは――。

 聞きなれない単語に思わず聞き返す。

「うん。健斗はかっこいいよ」

 そう言うと美咲は、自分の右肩を健斗の左肩にゆっくりと当てた。

 身長差のせいか、次第に美咲が健斗に寄り掛かる様な構図になっている。

「どうしたの?」

「なんだか落ち着くなーって」

 笑みを浮かべて、美咲は幸せそうな顔で息を吐く。

「落ち着く?」

 このもたれ掛かる感じが、と言うことだろうか。

「健斗といると私の心は落ち着くよ」

「なら、良かったよ」

 これで美咲の心が落ち着くのであれば、喜んで僕は肩を貸そう。

「健斗は・・・・・・?」

何かを躊躇う様な顔。不安げな顔にも見える。

「ん?」

「健斗はその・・・・・・、私といると落ち着く・・・・・・?」

 上目遣いで健斗を見つめ、ゆっくりと首を傾げた。

 

 僕が美咲といると落ち着く――か。

 その愛らしい上目遣いで、僕の心は落ち着かないんだけど。

 それに美咲の言いたい「落ち着く」は、そう言うことじゃない。


 一緒にいて、気持ちは穏やかになる。

 きっとそう言うことだろう。


「僕も美咲と一緒だと落ち着くよ」

 見つめる美咲に健斗は微笑む。

「――っ」

 次第に美咲は恥ずかしそうに顔を赤くする。

 そして、もじもじとした仕草をして俯いた。

「どうしたの、美咲?」

「・・・・・・健斗の意地悪」

 少しだけ顔を上げ、美咲はじっと健斗を見つめる。

「ええっ」

 何か美咲が嫌なことをしてしまっただろうか。


 しばらく、僕らは無音のまま歩いていく。


 喫茶店が見えてくると、美咲は健斗の前に立ち、振り向いた。

「――ねえ、健斗」

 やけに落ち着いた雰囲気。どうしたのだろうか。

「ん?」

「これからも、私たちのこんな日々が続くと良いね」

 微笑む美咲の姿は、その言葉を強く望んでいる様に見えた。

「そうだね」

 健斗は頷き、最近の出来事を思い出す。


 もしも、僕らがアガリアたちに勝てていなかったら――。 健斗は考えた。

 少なくとも、こうして美咲と肩を並べて歩くことは無かっただろう。


「・・・・・・そうか」

 健斗はハッとした顔で何かに気づく。


 だからこそ。

 だからこそ、僕は――。


 この日々を守るために、魔法騎士になったのだ。

 

 この日々を過ごすために、黒椿を振るうのだ。


 願いでもあり、決意。

 健斗は自身に誓った。


「健斗、良い顔してる」

 健斗の横顔を見て、美咲は微笑んだ。

「んー? 良い顔?」

 見つめられていることに気づいた健斗は不思議そうな顔をする。


 良い顔。

 そう言われても、特に意識はしていなかった。


「うん。その顔――好き」

 少し顔を赤くして、美咲はゆっくりと頷いた。

「そう?」

「うん。――大好き」

 輝かしい笑顔で美咲は健斗に言った。

「ありがとう」

 健斗も笑顔で返す。


 これからも、この先も。

 僕は魔法騎士として、この魔法都市で生きていくのだ――。


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