閑話 ─委員長の場合─

 外からの歓声が、かすかにではあったが聞こえてくる。

 一瞬そちらの方に意識が引かれたものの、黙々と愛剣の手入れに集中しているリーゼロッテに気にしている様子は見られなかった。


 というより、外の喧騒に気づいていないというのが正解だろうか。

 外の喧騒にも気づくことなく、愛剣の手入れに黙々と勤しんでいるリーゼロッテを、彼女の方も邪魔することなく静かに見つめる。


 彼女の名はアメリア・レゼ・エルズマン。


 アメリアは臙脂色の髪と茜色の双眸という、派手な印象を与える色彩をその身に宿しながらも、可憐さと可愛さと凛とした気高さを絶妙なバランスで有するという稀有な少女であった。

 それも見たものを圧倒するような、まさしく美少女と表現するに相応しいみめ麗しい容貌を持った、である。


 だがしかし、彼女はただの美少女ではなかった。

 夕焼けの色をまとった双眸には、確かな知性が揺蕩っており。

 アーサーが所属しているクラスのクラス委員長という責任ある役職を、クラスメイトの支持のもと担っているという才女でもあった。


 そんな彼女の目の前で、リーゼロッテは一旦手入れの手を止めて、愛剣の様子を丹念に確認し、観察している。


 リーゼロッテの挑発から始まり、マリーの気まぐれにより加速した今回の決闘は、アーサーの懐柔─主に、マリーによる単位の口きき─によって成立、開催されることとなった。


 決闘場所はマリーが想定していた通りに、無事中規模魔術訓練場を確保できたようだが。

 リーゼロッテは本日編入初日という編入生であった。

 どこになにがあるのかなんてもちろんのことわからない。


 指定されているとはいえども、決闘場所が中規模魔術訓練場に決まったと言われたところで当然のことながら場所も道筋だってわからない。

 どう頑張ったところで、リーゼロッテが一人で指定された時間通りに、訓練場にたどり着くなどおよそ不可能であることは想像にかたくなかった。


 そういった事情もあり、リーゼロッテが所属するクラス─いうまでもなく、アーサーも同クラスに所属している─の委員長である彼女が、気を利かせてリーゼロッテを中規模魔術訓練場まで案内したという次第である。


 訓練場までの道中においても、リーゼロッテにはあえて説明していないが、アメリアはリーゼロッテの案内役を担っているだけでなく、付添人をも兼任している。

 ノリとテンションとパッションと成り行きで、急遽決闘の開催が決定したとはいっても、決闘には審判の存在が不可欠であろうことはお察しいただけることだろう。


 それも、リーゼロッテ・アーサー両名に対して公平を期し、正確かつ冷静な判断を下せるに足りうるだけの審判が。

 そこは野良の決闘ではないため、学院側が適正で適任な人物を配してくれることだろうからいいとして。


 リーゼロッテが意識不明になった際や、思わぬトラブルが起こった時などに、棄権の有無を含めて相談・判断できる人間がいた方がいい、とアメリアは個人的に判断した。

 マリーをはじめとした学院側にはなにも伝えてはいないが、誰になんといわれようとも委員長の独断権限で断行する気でいる。


 他の教諭ならばいざ知らず、マリーはそのあたりのことについては緩い……いや寛容であり、融通のきく人物でもあるため、反対されることはないとアメリアはみている。


 そのため、講義が無事終了して放課後になってからすぐさま、リーゼロッテに事情を説明した上でこの訓練場の一時待機というか控え室まで案内してきた。

 リーゼロッテを控え室まで無事送り届けた後も、邪魔にならないだろう場所から彼女の様子をつぶさに眺めながら、こうして傍に付き添っている。


 近づきすぎてはいないと思ってはいるが、付かず離れずの距離に見知らぬ人間がいることで、リーゼロッテの集中や意識を乱さないか心配してはいたのだが。

 どうやらアメリアの杞憂に終わりそうだ。


 内心そっと安堵しながら、リーゼロッテへと再度意識を転じる。

 控え室に到着して腰を落ち着けてからずっと、リーゼロッテは黙したまま愛剣の手入れに勤しんでいる。


 精神統一も兼ねているからだろうか。

 随分と熱心かつ集中してやっているが、その手は一切の淀みなくすべらかで、なおかつ目を瞠るほど滑らかなもので。


 手馴れている、とアメリアは思った。

 いや、躊躇することなく手馴れてしまうほどに、剣の手入れを欠かさず行ってきたという証左だろう。


 ちなみに、リーゼロッテがいま手にしている愛剣は、事前に学院のしかるべきところに提出し、しかるべき検査と安全確認をしてから後に、彼女のもとへと返却されてきたものである。


 安全確認はそのままとして、しかるべき検査とは剣に余分な魔術的効果を現すような機能や付与などがされていないか、をチェックするものである。

 これはリーゼロッテに限ったことではなく、アーサーも同様の確認というか検査を受けているはずである。


 というか、確認や検査を受けてクリアしていなければ、今回の決闘に臨むことすらできず。

 つまりは、即失格となってリーゼロッテの不戦勝が決定することになる。


 なぜなら、今回の決闘はそれぞれ持参した剣を使用し、剣術のみで勝敗を決めるというルールになっているのだから。

 剣術で勝敗を決するというからには、当然のことながら魔術の行使は不可となっている。


 万が一にも、決闘中に魔術の行使が認められた場合には、その魔術を行使した人物がどんな理由があろうとルール違反により失格となるのだ。

 そういう条件下で行われる決闘で、まさか持参する予定の剣を事前審査することもなく。


 ましてや審査すら通れなかった、などというふざけた理由で決闘への参加を見合わせる、ということはさすがにないだろうとアメリアは思っている。

 いくらあのちゃらんぽらんをそのまま具現化したような、あの軽薄そのものなアーサーであったとしても。


 というか、さすがにそういうことはしないでほしい、結構真面目に本気で切実に。




 思わずその状況を想像してしまい、アメリアの頭がひどい頭痛を訴えてきているような気がしてきた。


 顔は文句なしに超一級品の美麗さを持ちながら、アーサーの中身はその美貌と反比例して思わず眉を顰めたくなるような代物であるのだ。

 せめて、もう少しでも外見に合わせて清廉さのかけらでもあればまた別だったのだが、天は彼に二物を与えるつもりはなかったらしい。


 そこはかとなく痛む頭を抱えながら、アメリアは前方にいるリーゼロッテに無言を保ったまま再度視線を向ける。

 リーゼロッテの実家は、アメリアの記憶違いでなければ、帝国の皇帝に武勲を認められて叙勲された、という名門の騎士家系のはずだ。


 リーゼロッテ自身も己がそういった家柄の出ということで、幼い頃から剣術の指南・訓練を相当数受けてきていると推測される。

 つまりは、彼女の剣術の腕も相当だということだ。

 彼女の淀みもなければ迷いもない手つきから、アメリアはそう結論づける。


 リーゼロッテの出自を、アーサーがどこまで把握し、知っているのかまでは流石に未知数であり、実際のところ不明としか言いようがない。

 だがしかし、リーゼロッテのことをよくある貴族のご令嬢だと思って見くびっているのならば、アーサーは間違いなく痛い目を見ることになるだろう。


 胸中のみでその不穏な予想へと思いを馳せながらも、アーサー本人に忠告はもとより、いま考えていることすら話すつもりがないのだからして、アメリアも相当である。


 アメリアは、これでもクラスの代表ともいえるクラス委員長という責任ある役職を担っている。

 であるからこそ、どちらか一方に肩入れするつもりは毛頭ないのだ。


 公平かつ公正な判断のもとに、正々堂々真剣勝負をしてほしいという、ただそれだけなのである。

 アーサーがリーゼロッテの家柄・出自について知らなかった結果、どれだけ痛い目を見たとしてもそれはそれ。


 つまりは自業自得というと多少の語弊があるものの、要はそれだけのことである。

 アメリアにとっては、という注釈こそつきはするけれども。


「リーゼロッテさん」


 アメリアがそう呼びかけると、これまで一心不乱に愛剣に向き合っていたリーゼロッテの肩がピクリと反応するのが見てとれた。

 その視線が手元からアメリアの方へと向けられるのを確認してから、アメリアは次の言葉を紡ぐ。


「そろそろ時間だから、アリーナに向かわない?」

「……ああ。もうそんな時間か」


 ふっと意識が剣から現実へと戻ってきてはいるようだが、リーゼロッテの集中に途切れた様子は見られない。


「まだ開始時間には余裕があるけど。ギリギリよりは少し早い方がいいかと思って」

「そうだな。配慮、感謝する」

「いいえ。このままアリーナに案内しても?」

「ああ、大丈夫だ」


 端的な言葉で返答すると、アメリアは手入れをしていた愛剣を丁寧な動作で、しかしながら手馴れた様子で鞘に戻す。

 自らの身なりをざっと整えて改めているリーゼロッテに合わせて、アメリアも移動するべく控え室の扉を開く。


 廊下を言葉少なく歩いてアリーナへと向かっている間に、どんどんと喧騒もとい歓声が大きくなっていくのに、わずかばかりの嘆息を零す。

 予想はしていたとはいえ、訓練場内は想定以上の盛況さのようだ。


 観覧席の盛況さに多少の驚きは見せるものの、リーゼロッテの冷静さは未だ健在なようだ。

 そのことに安堵しつつ、案内役だけでなく付添人も兼任していることもあり、アリーナ─実際に魔術訓練の際に使用している平地の部分。観覧席とは明確に区切られている─までリーゼロッテを導いてから後は、決闘の邪魔にならないアリーナの端へと寄って待機する。


 場内を見回して観覧席の人だかりの昂揚ぶりに再び呆れながらも、リーゼロッテの小柄な背中へ視線を向ける。

 その背中に緊張した様子はなく、愛剣を手にしていた時同様の高い集中力を維持している状態を見てとって、アメリアは密かに感心する。


(この様子なら、心配いらなさそうね)


 心中のみで安堵の息を零してから、再度アリーナ内をぐるりと見渡す。

 アーサーはまだアリーナ内に到着していないようで、姿は見えなかった。


 周囲に気づかれないように吐息を零すと、これから行われるだろう決闘へとそっと思いを馳せる。

 この決闘がもたらすものは、果たして吉か凶か。

 そして、その結果が示す先は一体どうなっていくのか。


 まったく予想がつかないそれに思考を巡らせながら、アメリアは一人その時をじっと待つのみであった。

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