第21話 『勇者』 は正々堂々決闘に勝利する
「なっ……」
まさか、放った魔術に真っ正面から向かっていくとは思ってもいなかったのだろう。
驚愕した表情を浮かべたリーゼロッテが、言葉を失った上に一瞬だけその動きを制止する。
それを見逃すことなく、目前の魔術に対してアーサーは迷うことなく持っていた剣で一閃。
刹那、アーサーにまっすぐ襲いかかっていたはずの炎の渦が、まるで彼の身体を避けてすり抜けていくかのようにあたりへと四散していく。
それはあたかも、他者が行使した魔術ですら彼の支配下にあるような、およそ信じられないような光景であった。
「なにっ?!」
その様子を目撃して、驚いたのはリーゼロッテだけではなかった。
呆気にとられたように眺めていた周囲の観客はもちろんのこと、声には出さなかったものの、彼らを傍近くで見ていたエミーラですら驚愕で言葉を失ってしまうほどであった。
だが、それで終わりではなかった。
四散した火魔術が、そのままかき消えるかのように周囲に霧散していったのである。
周囲の観客だけでなく、リーゼロッテですら唖然とした様子でそれを眺めるしかなかった。
その時。
霧散していく魔術の隙間を縫うように、ただひたすらまっすぐ直線上にスピードを落とすことなく突き進んでいたアーサーが、突っ込んだ勢いのままにリーゼロッテとの距離を一気につめていたのだ。
眼前で起きたことが未だ信じられず、茫然としていたリーゼロッテの隙をついて、目にも止まらぬ速さで首筋に手刀を入れる。
リーゼロッテがそのことに気づいたときには、総てが終わっていた。
「かはっ?!」
その一撃は、見事に彼女の意識を根こそぎ刈り取り、あとに残ったのは耳が痛むほどの静寂だけだった。
「「「はっ、はぁぁっ??!!」」」
刹那のうちに急展開を迎えた状況に、先ほどまでの喧噪とは異なる大絶叫が、観覧席のあちらこちらから聞こえてくる。
それをアーサーは耳にしながら、意識を失ってくずおれてきたリーゼロッテの身体を難なく支える。
「エミーラ先生ぇ~」
「……」
「エミーラ先生ぇーっ!」
「っ、……」
周囲の騒ぎなどどこ吹く風で、暢気な声音でエミーラを呼ばわったアーサーに、彼女は茫然自失としていた意識を慌てて呼び戻した。
「俺の勝ち、でもちろんいいんだよね?」
「……は?」
「えぇ~、エミーラ先生も見てたでしょ?」
当然と言わんばかりの表情で寄越すアーサーに、未だ茫然とした状態のエミーラは彼の発言に対してろくすっぽ反応できずにいた。
「俺は魔術、使ってなかったでしょ?」
「あ、あぁ……まぁ、そうなるな? そうなる、のか?」
「エミーラ先生、しっかりしてよ~。後で、ごちゃごちゃ文句言われて、もう一度最初から決闘を、だなんて俺ごめんだからね」
「先生、まだ寝ぼけてる?」とかなり失礼なことを、ちょっと拗ねたような調子で宣うアーサーに、戸惑いながらもエミーラは意識をどうにかこうにかはっきりさせようとする。
「俺が魔術を使ってなかったのは、エミーラ先生なら一目瞭然でしょ」
「……それについては私が保証しよう」
伊達にこの魔術学院の教諭を務めてはいない。
アーサーが魔力を行使していたかどうかなど、彼に言われるまでもなく彼女にわからぬはずがなかった。
「んで、一方の編入生は中級広範囲の火魔術をしっかりばっちり使用してたから、がっつり反則負け。だよね?」
「最初に定めたルールに従い、それも間違いない」
「つまり、俺は正々堂々決闘に挑み、正々堂々真っ当な手段で闘い、魔術の使用で反則負けした編入生とは違って、ルールに従って正々堂々見事に完全勝利した! っていうことでいいんだよね?」
「ね、エミーラ先生」というアーサーの言葉に、若干本当にそうか? という疑いがエミーラのなかに浮かびあがったものの。
確かにルールに則った上での正式な決闘の結果であり、編入生の反則負けもアーサーの勝利についても、彼がいま現在口にしている通りである。
ただ、アーサーの態度から発言からその総てが、どうにもこうにもどこまでいってもひたすら胡散くさいというだけのお話で。
彼の言うとおり、確かにアーサーの勝利で間違いないのだが、どこか釈然としないのはアーサーがアーサーだからなのだろうか。
なんだかキツネにつままれたかのような心境ながら、「この決闘は、アーサーの勝ちだ」と審判として正式にアーサーの勝利を宣言する。
エミーラも審判としてこの決闘に立ち会っている以上、決闘の結果についてきちんと明示するのは彼女の義務でもあったのだ。
それに、どこをどのように疑ったとしても、彼が勝者である事実は変わらない。
例え、どんなにその結果が懐疑的ではあったとしても、だ。
「だって、ルイーズ先生ぇ~!」
「そんな大声出さなくたって聞こえてます!」
にへらっとした表情で告げるアーサーに、いつのまにやらエミーラたちの傍にまでやってきていた女性が、どこか棘のある口調で返す。
白衣に身を包んだその姿は、彼女がこの学院の救護医であることを示しているのもあってか。
締まりのない顔をさらすアーサーに取り合うことなく、アーサーが難なく支えていたリーゼロッテを素早く奪うと、早速といった様子で最優先に状態確認へと動いている。
その女性は、臙脂色の髪に茜色の瞳をしており、長い髪を一つにまとめて垂らしている。
可憐さのなかにも、大人の女性としての知的さと洗練さを兼ね備えた美女であった。
いままさにルイーズと呼ばれた女性は、未だへらへらとした表情のアーサーを前に、どこかぷりぷりとした様子でなおかつ胡乱げな顔をしながら、ジロジロと遠慮もなく彼のことを不躾に見遣っている。
「まったく、一体どんな汚い手を使ったのかしら」
「ちょっとちょっと! 俺は正々堂々戦って勝ったのっ。ルイーズ先生だって見てただろ?」
「……本当に?」
リーゼロッテの状態を診ながらも、ルイーズはなんとも胡乱げなジト目でアーサーを見つめている。
その双眸にありありと疑惑の文字が浮かんでいるのを見てとったアーサーは、軽薄さのなかにも若干の焦りを滲ませつつルイーズに向かって思いっきり突っ込んだ。
「待て待て待てーいっ。俺は卑怯な手なんて一つも使ってないし、反則だってしていない! ちゃんとルールに従って勝ったんだ。そこんところ、間違えないでもらいたいねっ」
「ふんっ、それはどうかしら」
懐疑的な視線を隠すこともなくアーサーを見ながらも、ルイーズは手早くリーゼロッテの怪我有無や意識の確認をしていく。
先ほどのアーサーの一連の様子も見ていただろうに、なんとも熱心というか執拗なまでに状態確認をしているルイーズに気づきながらも、アーサーは沈黙を保ったまま見守る。
これまでの懐疑的すぎるルイーズの発言と態度に、黙した方がいいと判断したからである。
そういった嗅覚に関しては、超一流にして超一級品なアーサーは、不満も不平も表情にも態度にも雰囲気にさえも出すことなく、ルイーズのしたいがままにさせておく。
そう、アーサーは場をわきまえ、空気を読む男─我が身が可愛い、自己保身第一の男なので─なのである。
十分な時間を要したこともあり、リーゼロッテが単に気絶しているだけだ、ということにほっと安堵したような表情をルイーズは見せると、事前に頼んでいたのだろうアリーナ内へとやってきていた他の教諭に簡略ながらも指示を飛ばす。
どこからともなく運び込まれてきていた担架に彼女を乗せると、キッと睨むような鋭い一瞥をアーサーにくれる。
それに和やかな笑みを浮かべ、ヒラヒラと餞別のように手を振ると、さらにその眼差しが苛立ちを伴いながら鋭さを増していく。
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