第20話 規格外の化け物
「弱点、ですか?」
不可解そのものといった表情で言葉を紡ぐ。
その彼の問いというか疑問に対して、視線の先にいる男──文字通り彼の師にあたる男は、言葉を発することなく無言でもって彼の疑問に返答する。
当時の彼の心情を、現在の彼が正確に表すのであれば「なにを言っているのかまったくわけわからねぇと思うが、俺にだってさっぱりとわからねぇ」である。
実際はそんな言葉遣いでもなんでもなかったのだが、思わず通常とは異なる口調になってしまうくらいには、師からもたらされた言葉はアレだったのだ。
そういった裏事情はありつつも、話を戻すとして未だ無に近い表情をしている師である。
師のその静かで厳かな様子とは異なり、彼──アーサーは顔こそ真面目に保っているものの。
実のところ、内心ではかなり戸惑っていた。
というか、これは戸惑うしかないだろう。
正直当時のアーサーは、己の師がなにを言っているのかわからなくて戸惑う他ない状態であったのだから。
しかしながら、時を経た現在のアーサーであったとしても、師の言葉に対しては完全に「なに言ってんだ、この人?」的な感じで、胡乱な視線を投げかけてしまうやつなのである。
これだけでも、師の言っていることがさっぱりわからない彼の戸惑いについて、察してあまりあるものがあるのではなかろうか。
が、当時の師はその表情の通りにそれはそれは至極真面目、かつ真剣に話していたのである。
正直さっぱりわからないという心情を押し隠し、冷静さと真剣さを帯びさせた表情を水面下で必死に取り繕いながらも、彼は師の言葉をどうにかこうにか理解し、受け止めようと涙ぐましい努力をしていたのだ。
まぁ、実際のところ口にしている内容の如何はともかくとして、だ。
師の真剣で真面目な様子に看過されたアーサーもまた、なんとも言いがたい曖昧な状況ながら真剣に師に歩み寄ろうとしていたのである。
なにせ、その当時のアーサーは自分でいうのもなんだが─いや、まったくもってその通り以外のなにものでもないのだが─、素直で純真で真面目で真っ当な少年だったのだ。
言い換えれば、素直で純真で以下略なアーサーでさえも、戸惑わせるような案件だったのである。
話が脱線したが、そうして心中で戸惑っているばかりのアーサーを置いて、いまだ悠然と構えている師はその口を重々しく開く。
「そうだ。その弱点を正確に斬ること、それだけだ」
「…………」
またもや、なに言ってるのかわからねぇ案件である。
ここで沈黙を保ったアーサー、マジえらい! であるが、話はそれだけに留まらなかった。
「では、ここで重要になってくるのはなんだと思う?」
「………………そうですね。私ならタイミング、でしょうか」
アーサーの戸惑いを我関せずといった調子で完璧スルー─というより、この師であればアーサーが戸惑っていることにも気づいていない、というのが正確なところであろうが─しながらも、話をどんどんと先へと押し進めていっている師に、内心の動揺を隠しつつもなんとか食らいついていくアーサー。
思考が分散しそうになっているのをギリギリで繋ぎ止め、無理やり捻り出すようにして師の問いにアーサーなりの返答を提示する。
互いに至極真面目に言葉を交わし、会話として成り立たせてはいるものの。
真剣に話をしている師に対し、顔こそは聞いている風だけれども、彼がなにを言っているのかさっぱりわかっていない状態のアーサーは、心中の戸惑いも動揺も晒け出さないように留意する。
苦行か? これは苦行でしかないのか?!
そんな疑問を持ってしまうのも致し方ないのだが、少なくとも師は至って真面目で素面である。
一切ブレることなく、未だ真剣な様相の己が師を前にして、自身の心情を顔や態度に出さず、また他者に悟らせないというアーサーの幼い頃からの教育の成果が、こんなところでも発揮されるのは皮肉がききすぎているのか否か。
「そうだ。弱点を把握できれば、あとはタイミングの問題だ」
アーサーの答えに満足そうに頷いている彼は、相変わらず弟子の戸惑った心情に気づく様子はかけらもなかった。
そんな師の様子を見つめながら、表情こそ変化はないものの、内心の動揺を治めることもこともできず。
弟子の返答にどこか満足そうな晴々とした様相を見せている師を、黙したまま見つめるより他なかったのである。
◇◇◇◇◇
(なんて健気なんだろう、当時の俺)
とまぁ、回想から戻ってきてからの第一声が自画自賛であるからして、彼の残念さ加減がご理解いただけるだろうか。
加えて、現在のアーサーが当時を振り返っての感想がソレであることからして、彼が現在の彼たる云々かんぬんに至る諸々は察していただけると思う。
が、当時のアーサーに関しては傍に置いておくこととしても、本当に彼は骨の髄に至るまで彼であったのだ、どうかお察しいただきたい。
多少話が逸れたが、それだけ当時の師の話の内容は荒唐無稽すぎた、というお話である。
昔を振り返ったアーサーが、心底呆れた様子で失礼・不遜・無礼な感想を抱いてしまっているのも、まぁ致し方ないぐらいに師の話はアレだったのだ。
ただし、現在のアーサー曰く素直で純真で以下略な当時の彼は、表情含めた外見はなんとか取り繕ってはいられた一方で、師の発言に対して内心ではめちゃくちゃ戸惑い、混乱の極地に至っていたのである。
師の方は、アーサーの戸惑いになどは欠けらどころか全然気づいていなかった上に、そんなの関係ねぇとばかりの泰然とした様子で佇んでいたのだが。
そう、これだけで察しのいい方々にはお分かりいただけたことだろうが、紛うことなきアーサーの師たる男は、アーサー以上のマイペースかつTHE⭐︎仙人という感じの浮世離れしすぎていた御仁だったのである。
これは致し方ないことなのである、色々としょうがないのである、諦めこそが肝心であるのだ、これぞこの世の真理だ、うん。
(なんだかんだあの頃は真面目だったし、純真だったし、若かったからさぁ)
そんなこんなを思い出しながら、当時のことを振り返りつつ彼はどこか懐かしさを感じていたりする。
(俺の動揺に一切気づかなったこと、だけはありがたかったんだけどなぁ。でも、師匠ってばほんといろんな意味で常人離れしてるっていうか、常人とは造りも考えも全然違ってたからな〜。他人の機微に疎いのも、気づけないもしょうがないっていうかだねぇ、色々と)
師のことを考えるというか、回顧すると必ず「ただし、言ってる内容はいまでもさっぱりわからない」という結論に達するのだが、それも仕方ないだろう。
実際いまでもさっぱりわからないというか、わかるはずがないだろうというような完全諦観スタイルで、完璧なアルカイックスマイルを浮かべてしまうようなアレソレなのである。
時を経た現在のアーサーであっても、完全に「なに言っちゃってんだ、この人?」的な感じなのだ。
師の言っていることがさっぱりわからなくて、いま現在に至るまでも頭痛が痛いとしか思えない彼の心情は、察してあまりあるものがあるだろう。
だがしかし、当時の師はその表情の通りに、それはそれは真面目かつ真剣に話していたのは間違いない。
ましてや、その時のアーサーは自分でいうのもなんだが─いや、まったくもってその通りなのだが─、素直で純真で真面目で真っ当な少年だったこともあり。
口にしている内容の如何はともかくとして、師の真剣で真面目な様子に看過されて、なんとも曖昧な状況ながらもアーサーもまた真剣に師の言葉を受け止めようとしていたのだ。
いかに当時のアーサーがとっても真面目で、いまのようなチャランポラン具合ではなかった、ということが多少なりとも伝わっていたら幸いである。
これでも昔は相応というか、相当まともだったのである。
だからこそ、真面目な彼はわからないなりにも師の言葉を理解しようと、随分と忍耐や労力をかけていたものだ。
それが総て無駄だとは言わないが、理解できなかろうともいまはしょうがない、という心境にはなっている。
師が理路整然と説明─この場合は、魔術の弱点を斬ること─できないのも、ある意味で当然と言ってしまえば当然であったわけなのだから。
(なにせ、師匠はそもそも魔術の素養からっきしだったからなぁ。魔力も当たり前、と言わんばかりに持っていなかったし。それじゃ説明しろって言われても、説明しづらいよなぁ〜)
師は魔術の素養からっきしで魔力も皆無なだけに、魔術師の感覚はもとより、魔術についての知識も皆無。
当然のごとく、魔術のアレソレをどう説明したらイイのかということも、さっぱりというような無知具合であったのだ。
その割に、勘だけで彼曰くの弱点の位置を正確に把握し、しかもそれを的確に斬るという離れ業というか、人間業じゃないことを平然とやっていたのだから。
己の師とは言えども、彼の超感覚派の規格外の化け物具合が伝わるのではないだろうか。
というか、全力で伝わってほしい、師の破格具合を。
(師匠ってば、ゴリッゴリの感覚派だったから〜。擬音めちゃくちゃ駆使して、自分の感覚をどうにかこうにか伝えようとしちゃう系の超感覚派の困ったちゃんだからぁ〜)
だからこそのしょうがない、である。
(「弱点」のとこだけでも「ハァ〜?」って感じだったのに、斬るってなんだよ、斬るって)
つくづく思い返すだけでも、己の師であるとはいえども、彼の発言のトンデモ
さと奇想天外具合にはびっくりせざるを得ない。
ツッコミどころが満載すぎて、まったくもってツッコミが追いつかない。
「この美形をもってしても……」などと考えているところからして、こやつのぶっ飛び具合と頭のネジの緩さ、残念さ加減も相当に遺憾でしかないのだが。
顔だけは真面目にして聞いてはいるが、内心困惑しかなかったのは道理であろう。
どうにかこうにかして、わけわからないことしか言っていない師に対し、なんとか受け答えを頑張っている。
頑張ってはいるが、師の言うことはいまだにマジわからないことには変わりない。
かえすがえす、「なにを言っているのかわからねぇと思うが、俺にだってさっぱりわからねぇ」と涼しい顔をして思うぐらいには、やはり師の言っていることは理解不明で、意味不明であったのだ。
(「あそこで簡単そうに『斬る』とか言ってくれちゃってるけど、なに言っちゃってくれてるんだ、この人?」っていまなら突っ込んでるところだけど)
それが、現在の彼の偽らざる本音である。
ぶっちゃけるにも程があるというか、実際かなりぶっちゃけすぎである。
けれど、彼の本音というかツッコミも仕方ないと言わざるを得ないほどには、師の発言はあまりにもアレだったのである。
現在であれば、どうして物理攻撃で魔術に干渉できるのか、というのはアーサーなりの理論というか、説明というか、理由づけをすることはできる。
できるのだけれども、それはあくまでも仮定にして仮説のお話。
普通ならできないことをできてしまえるからこそ、彼の御仁は化け物だったのだ。
いま考えてもマジヤベェな、あの人と改めて実感しているアーサーは、回顧へと向けていたい意識を、目の前の状況へと注ぎ直す。
といっても、回顧しているなかでも目の前の状況から意識を逸らしてはいなかったし、警戒も一切怠ってはいなかったが。
まぁ、意識を逸らせるだけの余裕のある状況でもなかったことが、一番にして最大の理由だろうか。
それぞれの立ち位置や状況こそ異なっていたものの、同じアリーナ内で三者三様でもって魔術の展開が為されているカオス具合。
はてさて、誰の魔術の展開が早いのか。
永遠ともとれるような、世界の終わりにも似た一瞬の静寂の後。
膨大な魔力を込めながらも、おそるべき早さで術式の構築を終わらせたリーゼロッテが、電光石火の剣技とともに構築したばかりの魔術を放つ。
中級の火魔術はとぐろを巻くように大きなうねりをあげて、狙いすましたようにアーサーへと向かって一直線に進んでいく。
一方のアーサーは、通常に比べたら真摯な眼差しながら、いつもの飄々とした調子を崩さずに眼前に迫る魔術をじっと見つめる。
その魔術から一切視線を逸らすことなく、まっすぐ見つめたまま。
魔術の中心部に向かって、気負うことなく真っ向から突っ込んでいった。
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