第22話 決闘の後始末

 ルイーズの眼差しの鋭さには気づかないフリをして、アーサーはただただにっこりと愛想よく微笑むのみで終始する。

 沈黙は金なのである。


 常になく愛想のいい─ただし、胡散くささは如何にもこうにも拭えない─アーサーを前にしても、いや愛想のいいアーサーを前にしているからこそ、ルイーズは最後まで警戒心と懐疑的な様子を無くすることない。


 その状態を保ったまま、ルイーズはリーゼロッテを連れてさっさと移動を開始する。

 どうやらアーサーの所業を追求するよりも、リーゼロッテの安全と安楽を優先したらしい。


(救護医とはいえ、らしいな〜)


 心中のみでそう呟きながら、移動しているルイーズたちを見るとはなしに見守る。

 彼女たちの姿が視界から消えるその前に、アーサーはおもむろに口を開いた。


「委員長ぉ~」

「そんな大声出さなくたって聞こえてるわよ」


 どこか怒ったような、拗ねたような、それでいて呆れているかのような声音が、アーサーの間延びした呼びかけに応じる。


「あと、頼んでいい?」


 アリーナの端からいつの間にかアーサーの近くへとやってきていたアメリアに、へらりとした薄っぺらい微笑を向ける。


 それにわずかながらも眉間を顰めた彼女を目にとめながらも、アーサーはへらりとした微笑─チャラくて胡散くさいと評判の─を向けて、じっとアメリアを見遣る。


 アーサーのその様子に思うところがあったのか、眉間の皺はそのままにアメリアが真剣な双眸を彼へと差し向けてくる。


「王子は行かないの?」

「俺が行っても邪魔になるだけだろ」


 胡散くさい笑みを浮かべつつも、存外真剣な調子でのアーサーの返答に、アメリアは器用にも片一方だけの眉を引き上げてみせる。


「ふーん。……心配じゃないんだ?」

「そうは言ってないだろ。どうしてそう露悪的なの」


 「委員長といい、ルイーズといい」ぶつぶつと零すアーサーに、アメリアは嘆息で返した。

 アメリア自身、そこまでアーサーが冷たいなどとは思ってはいない、一応。


 ただし、だからといって「はい、そうですか」と素直に返すにはどうにも癪だし、それでなくともなんだか業腹であったのだ。

 アメリアのその様子から、彼女のなかの細やかな機微を読み取ったのか。


 アーサーが胡散くささのなかにも、どこか困ったような様子を滲ませてアメリアへと対面する。


「外せない用事があるんだわ、俺ってば意外と忙しいし?」

「いまこの状況でも?」


 懐疑的な双眸を向けてくるアメリアに、ふっとにこやかなでありながら斜に構えた微笑を零す。

 そして、胡散くさい態度はそのままに瞳にやや剣呑な光を見せつつ、彼女の視線を真っ向から受け止める。


「わかってるだろ。、だ。それに……」


 先ほどまで垣間見せた剣呑さを刹那のうちに引っ込めると、アーサーはまたもや軽薄そのものといった調子のへらりとした笑みを浮かべる。


「俺が傍にいたんじゃ休めないだろ、色々と」


 表情と言葉こそ淡々としているが、それが彼の本心かといえばそうではないことをアメリアも知っている。


 この男は、見た目通りというか胡散くささ通りというか、己の感情を隠すのが非常にうまいのである。

 だからこそ食えないのだ、未だ眼前で飄々とのさばっているこの男は。


「いいわ、引き受けてあげる」

「さっすが、委員長。頼りになる~」

「ただし」


 アメリアの返答にコロコロと喝采の声をあげていたのも束の間。

 彼女の注釈に、瞬時に表情こそはそのままながらも、雰囲気にほんの少しの緊張を落としたアーサーに、アメリアは満足げな微笑を口元に刷いた。


「付添人としての役割の範疇のみよ。それ以上のことは、頼まれたってやらないわ。それで誤魔化されてあげるんだから、十分でしょ?」

「肝に銘じときます」


 どこまでいっても軽薄な表情を崩さないアーサーを前に、心中のみでアメリアは諦観の溜め息を零す。

 そうして、彼の要求について傲岸不遜な態度と物言いを見せながらも了承しみせる。


 もともと付添人を申し出た時から、アメリアは諸々のことについて引き受けるつもりではあったのだ。

 なにか裏がありそうだとはもともと訝しんではいたものの、それがどういったことに起因するかについてはこの場では言及しないことにした。


 たぶん、追求したところでアーサーは口を割るつもりはないだろうし。

 そんなこんなを思い浮かべながら、アメリアは踵を返してリーゼロッテが運び込まれただろう救護室へと足を向ける。


 ルイーズたちの時の対応とは異なり、アメリアが去っていくのを見守ることなく、アーサーは実に晴れやかな笑みを見せてくるりととある方向へと向き直る。


「てなわけでぇ〜。エミーラ先生ぇ、あと任せた」

「はぁっ?! おまえ、それはどういう意味だっ」


 いきなり指名された形のエミーラが、とっさのことながら驚愕を隠せない表情でアーサーに食ってかかる。

 さすがの反射神経である。


「野暮用~♡」

「野暮用? って、ちょっと待てっ」

「いいからいいから。あと、よろしく〜!」

「おい、本気でどこ行くんだ!」


 「止まらんか~!」という怒鳴り声に、こっそり内心のみで舌を出して、アーサーは善は急げとばかりに颯爽とその場をあとにしようとする。

 もちろん、背後から聞こえる声にはシカトを決め込む。


 もともと、この決闘を決めたのはマリーであって、アーサーではない。

 この場を整えたのもマリーの力あってこそで、アーサーでは当日中にここまでの状況を整えるのは無理だったことだろう。


 だがしかし、それはそれ、これはこれなのである。

 なによりも、アーサーにだって予定というものがある。


(俺が忙しいのは本当のことなんだけどねぇ)


 先ほどエミーラに告げた言葉に、一切の嘘はない。

 今日は本来ならば、とっくの昔に野暮用を消化すべく動いていたはずなのだ。


 より正確に言うのであれば、「今日」ではなく「今日」なのであるが。

 それについて論じると、話が長くなる上にややこしくなるので、あえてアーサーは言葉にはしなかった。


(はてさて、俺も俺の果たす役割をまっとうするとしますかね〜)


 未だ背後から聞こえる怒声に、振り返ることなく別れを告げるように、ひらひらと手を振ってアーサーは訓練場をあとにした。

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勇者アーサーの物語〜『勇者』であることを疑われていますが、正真正銘予言されし『勇者』兼学生ですがなにか?〜 ひのと @hinoto_he-no10

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