第11話 マダム(悪魔)は優雅に微笑む
教室中のあらゆる人間が、目を点にしてマリーを凝視している。
当のマリーはさもしょうがないわね、といった表情をしており。
また、その態度を崩そうともしていない。
未だにどう対応すべきか、わずかに戸惑っているアーサーなどお構いなしに、マリーは一息に言い切った先ほどの言葉を訂正する様子もない。
つまりはそういうことである。
マリーは重苦しい溜め息混じりに、これで手打ちにするわ〜とでも言いたげな雰囲気をバリバリにまとわせている。
さも、自らが譲歩してやったという空気をめっちゃ醸し出してて、最終的には折れてあげたのよ〜的な顔をして見せている。
しかしながら、実際には全然譲歩していないし、まったく折れてあげてもいない上に、自分の要求しか口にしていないという鬼畜っぷりである。
鬼である。鬼がここにいる、強つくばりのとんでもなく超理論を振りかざしている鬼が。
「なぁ、いまの譲歩してた?」
「いや、してないだろっ。全然してないだろ?!」
「むしろ、言いたいことだけ言って自分の要求押し通そうとしていないか?! マジ面の皮厚すぎだし!」
「詐欺師も盗賊もびっくりな横暴っぷりじゃね?」
マリーの発言を聞いた生徒たちが、一斉に潜めた声音で囁き合っているが、その顔が一様に青くなっている。
正直、マリーの言い分はリアルジャイアンよりもひどい物言いであることはお察しいただけるだろうか。
ここまで己の主張しか主張していないのに、さも自らが譲っているかのような雰囲気のマリー。
面の皮の厚さに関しては、アーサーにも負けていない。さすがとしか言いようがない有りさまである。
「だが断る」
そのマリーに対しても一切怯むことなく。
思いっきりキリッとした表情をしたアーサーが断固とした口調で告げる。
その顔は「いやいやいや、俺そういうこと言ってるんじゃないし。むしろ、俺そんなこと一言も言ってないし」的なものであった。
だが、彼の戸惑いも言い分ももはや当然のことだろう。
彼のなにがなんでも拒否、拒絶の強硬姿勢はいまに始まったことではないし、当人も決して譲らないし、崩さないという構えであるのだから。
彼からしても、マリーの発言は「マジでなに言ってんだこいつ?」で間違いないだろうし。
生徒たちからして見ても、その自分の利益しか追及しない様子は目に余ったのだろう。
「横暴かよっ」「開き直りすぎか!」という声があちこちから聞こえる。
普段なら絶対に味方しないようなアーサーに向けて、擁護するしかないほどにはマリーの対応もとい発言はアレなものであったのだ。
生徒たちのツッコミの嵐かつ非難轟々に、マリーはツンとした表情ではいたものの。
あまりの非難っぷりに思うところはあったのか。
「黙らっしゃいっ」
にこりとした微笑ながらも、周囲を静まり返らせるだけの威圧的な空気がマリーから放たれる。
「坊やたち、ここでは私が法律で正義よ」
マリーの十八番にしてお得意、なおかつ伝家の宝刀ともいえる一言が三度飛び出したことで、周囲の非難の声が急速に尻すぼみになる。
「それにあなたが教えてくれたのよ、王子?」
「……なぬっ?」
「確かに、学院からは戦闘全般禁止令が出されているわ。でもね、それだけのことなのよ」
「……」
「あなたがそれを大義名分に掲げてくれたからこそ、禁止令自体をどうにかすればできるのでしょう? 決闘が」
勝ち誇ったかのようなマリーの表情に、アーサーは無表情ともとれるような真顔で相対している。
己の心情を悟られないように、という彼なりの対処ではあったのだが。
その実、彼の心中には嵐が吹き荒れていた。
ひとえに、彼女の言い分がそっくりそのままその通りだったからに他ならないのだが。
まさか、この短時間でマリーに悟られるとは、さしものアーサーも思っていなかった。
さすがマリーである。
改めて一筋縄ではいかない、との思いをアーサーは深く自らの意識に刻みつける。
アーサーが粘着質にマリーに忘れていたという事実を追及し、指摘していたのも、彼女に禁止令をどうにかするという選択肢を与えないがためだった。
だからこそ、ただ追及すればいいところをわざと気色悪いの一言の態度で責め立てたし、追求の手を緩めようともしなかったのだが。
さすがにマリーも伊達に「鉄の女皇」という異名で呼ばれてはいない。
アーサーの意図を正確にかぎ取った上で、イタいところを思いっきり突いてくるなど。想定以上の手強さであったことは間違いなかった。
「規則に挙げられている以上、禁止令を一時的にでも取り下げさせるのは骨が折れるわ。でも、それは決して不可能じゃないわ。もちろん、私の手にかかれば、だけど」
勝利を確信したのだろう。マリーは実に饒舌に語り始めた。
マリーの嬉々とした様子の弁舌を眺めながら、アーサーは次の一手を打つべく思考を巡らせる。
たとえどんな窮地に立たされようとも、面倒ごとにかかわるなど、それも当事者となることなど御免こうむるという気持ちに変わりはないのだから。
規則や規律といったルールに縛られることには良しとしない割に、いざ自らの身に面倒ごとが降りかかってきた際には一、二もなく早々に厄介払いしようとするのだから、彼の根性というか性根の曲がりと捻くれ具合は相当なものがある。
「禁止令をどうにかできたら、あとはあなたの心情だけ。それも決闘するのが七面倒くさいっていう、しょせんはただの感傷だものね。いくらだって、どうとでもできるわよね?」
マリーの双眸が爛々と輝いているのを認めて、アーサーは胸中のみでひっそりと嘆息を吐く。
このマリーの調子では、アーサーが己の魂胆を勘づかせたくないがために、あえて粘着な言い方をしてみたり、ゲス顔をしてみせたりして、決闘の開催自体を有耶無耶にしようと画策していたことまで見抜かれていそうである。
いや、見抜いているからこその現在の対応なのだろう。
アーサーは思い直すと、さてどうしたものかと今後の対応策について考えながらマリーへと再び視線の焦点を合わせる。
正直なところ、マリーが口にした内容は肯定するしかないものであった。
「戦闘全般禁止令をなんとかする」とマリーに言われたら、彼女が提案している決闘の開催に際して、抵抗して拒絶でき得るだけの理由などあるはずがなかった。
実際、マリーは禁止令を己が対応してみせることで、決闘の開催を強引だろうと抵抗されようとも、なんだろうとも推し進めるつもり満々だ。
魔術学院三傑の一角にして『鉄の女皇』との異名をほしいままにしているマリーである。
禁止令への対応など、それこそ学院側の上層部にしっかりきっちり根回しをした上でがっちり了承をもぎ取ってくるどころか、決闘の開催のもろもろまで当然のごとく漕ぎつけてくるに違いない。
それだけの実力と実績が彼女にはあるのだから。
(けど、それで引いちゃうような俺じゃないだなぁ〜)
だがしかし、それであっさりと引くアーサーではない。
確かに、禁止令は大義名分として有効であり、またマリーにとっても無視できない代物ではあったのは間違いなかった。
アーサーはそれゆえに、己の手札として最大限活用するべくタイミングを見計らった上で、ここぞいう場面で切るにいたったのだ。
切るにいたったのだが、それしかマリーのここまでの強硬な対応に抵抗し、阻めるようなものがないかと言われれば、つまるところそうではなかったということである。
マリーがそうであるように、アーサーも同様に、もしかしたらそれ以上に一筋縄ではいかないのだ。
禁止令はあくまでも大義名分として掲げるのに便利だったからあげていただけで、アーサーにとってマリーの提案している決闘を拒否する一番の理由は面倒だから、なのである。
そう、面倒なのである。はてしなく七面倒である。どこからどう考えても、どういう風に考えて、どんな検討をしようとも結局のところはただ面倒でしかないのだ。つまりはそれだけのことである。
忘れてはならないのだが、アーサーこと本作主人公であるところのこの男、どうあってもクズであり、ゲスなのであり、ただただ面倒くさがりの怠惰人間なのだ。
面倒だ、というたったそれだけの気持ちも理由だけで、マリーだろうが誰だろうが面倒ごとを持ち込もうとする人間に対して、一切の悪びれも罪悪感もなくすっぱりきっぱり拒絶してお断りできてしまえるような究極のクズなのである。
そんな人間ゆえに、マリーからの提案など最初から突っぱねる気満々の、はてさてどうやってお断りしようかな〜精神だったことなど、あえてここに明記するまでもないだろう。
つまりはそういうことである。
しかしながら、なんだかんだいってもアーサーはそういった面で強いし、実際に強かったのである。
魔術学院三傑の一角にして、『鉄の女皇』ことマリーを相手にしても一歩も引く気はないし、当然のことながら彼女を前にしても引けもとらない人物など、そうそういるものではない。
だからこそ、どうあったとしてもアーサーとマリーはこうしてバッチバチに火花散らしながら、周囲の迷惑を顧みることなく、遠慮もなく巻き込んで派手にやり合うことができたのだろうが。
周りの人間からしたら、傍迷惑以外のなにものでもないことは間違いなかった。
そんなこんなで、未だに諦めることなくゴネる気満々で思考と策を巡らせているアーサーの様子にも、マリーはもちろんのこと気づいていた。
「本当は使いたくなかったんだけど……」
ゆえに重い嘆息を吐きながら、マリーも己の持っている手札を切ることにした。
「まぁ、あなたにとってもメリットがないとただ大変なだけよね」
思わせぶりな態度をして、これみよがしに嘆息を吐いている姿に、アーサーの双眸がわずかばかりスッと冷えたものになる。
胸中に次から次へと湧き上がってくる、実にいや〜な予感にうんざりとした心境を抱きながらも、アーサーは見たところはそれをまったく感じさせない、いつも通りの様相でマリーの次の発言へと意識を差し向ける。
「じゃぁ、こういうのはどうかしら? 今の時点で出席数が危うい単位」
ピクリ。 ほんの少しであったが、アーサーの肩が小さく震える。
表情にこそ出していないが、アーサーが全神経を集中させて彼女の発言と反応を見ていることに、マリーは満足そうな微笑を口元へと刻む。
しっかりとエサに食いついてきたアーサーに、内心しめしめと盛大にほくそ笑みながら。
あくまでも顔には優雅な笑みを貼りつけて、彼女はさらなるエサを投下すべく口を開いた。
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