第12話 決闘スタンバイ

「その中でも特に危険ないくつかの単位、あるわよね? その単位については、試験の点数も加味した上で合否を判定する、という風に融通してあげるっていうのはどうかしら?」


 これなら、あなたにも相応のメリットがあるんじゃない?

 マリーの表情こそ和やかな笑みに彩られてはいたが、そこに込められた心情はまったくの別物であろうことは想像にかたくなかった。


 なぜなら、彼女の目はまったく笑っていない。

 花も綻ぶような微笑を浮かべていながらも、緩やかな曲線を描いているはずのその双眸は、背筋も凍ってしまうかのような冷ややかさと鋭さをもっていて。


 マリーの双眸を思わず目にしただろうものたちは、あやまたず彼女の瞳の奥に揺らめく獰猛な色に刹那のうちに気圧され、圧倒され、蹂躙される己が姿を鮮明に脳裏に描いてしまうほどには、彼女のそれは空怖しいものを秘めていた。


 だが、その視線を向けられているところの主は、常人が持ち合わせているだろうまともな神経など一切持っていなかったのである。


「マリーちゃんっ!」


 マリーに視線を向けられて提案を受けたその主は、煌々しくもキラリと光り輝くような瞳で彼女のことを一心不乱に見つめている。

 そこにはマリーを拒絶どころか、非難するような色合いや軽蔑するようなものもなく。


 どちらかといえば、まるで彼女のことを尊敬し、崇拝するかのような真摯さが垣間見られた。


「どう? これならあなたとっても悪い話ではないと思うわ」


 チラつかせたエサに計画通りに思いっきり食いついてきた獲物に対して、舌舐めずりしながらどうやって調理しようかと思案している視線をしつつ、表面上は可憐な少女の擬態を貼りつけたままにっこりと笑んでいるマリーに、教室中の生徒たちが一様にゾッと背筋を震わせているのだが。


 当のマリーの表情には、微塵も変化らしい変化はない。

 獰猛で剣呑なマリーの視線を一身に浴びているアーサーにも、未だキラキラしいエフェクトつきで彼女を見遣る様子はありながらも、表の穏やかな仮面に隠した裏の思惑にまで思いいたっている様子はない。


 そんなアーサーの様子を見て、生徒たちは「おいおいおい」と思わず突っ込みたくなる衝動を懸命に堪えていた。

 なぜなら、マリーがいま現在アーサーへと提案しているのは、いわゆる落第しそうな単位の口ききである。


 魔術学院の教諭とはいえ、単位の口ききなど通常できないどころか、もってのほかとも言える行為のはずだ。

 にもかかわらず、マリーはそれをどうということでもないという態度でアーサーへと申し出ているのである。


 ある意味さすがマリー、と称賛すべき場面なのであろう。

 が、口にしている内容があまりにもグレーゾーンどころか真っ黒クロスケなこともあって、誰一人として素直な賛辞を贈ることはおろか、そんな心境にもなれずにいた。


 それも、ある一人の例外を除いては、だが。


「決闘の申し出、ばっちりはっきりきっちり受けます!!」


 望むところです、とでも言いたげな清々しい微笑に、生徒一同が「えぇ〜!」と胸中のみで驚愕したことを、アーサーは気づいていない。


 アーサーの発言を聞いたマリーが、これまたはちきれんばかりの笑顔でテンション高く歓声をあげているのを眺めて、生徒たちの困惑はより深まっていっていたのだが。


 哀しいかな、彼らは周囲の様子に構うような素ぶりすらも一片たりとも見せなかった。


「きゃー、本当?! 王子ならそう言ってくれるって信じてたわ~」

「えぇ、受けましょうとも! 不承このアーサー、正々堂々決闘を受けて立ちましょうっ。この名にかけて!!」

(((いやいやいや、どの口が言ってんだっ)))


 さっきまでのいやいやどころか面倒、めんどい、しんどいという心情ダダ漏れ全開の表情が、一瞬のうちに実にキリッとした精悍で真摯なものへと早変わりしている。


 あれだけ嫌だなんだの抵抗して、拒否して、幼な子もびっくりな駄々こね具合を見せていたというのに、超高速で手のひらを熱く返したアーサーに、教室内の空気が一気に微妙になっている。


 が、そんなことなど瑣末事とでも言いたげに、彼は意に介する様子もなくいつになく正統派美形顔に恥じぬキリリとした表情をキープしてマリーを見つめている。

 そのなんとも凛々しい表情は、元来の玲瓏とした美貌に非常に合ってはいるのだが、いかんせん言っている内容が腹黒いのはいかがなものか。


「さすが、マダム・マリーだわ」

「あの王子を簡単に手のひらの上で転がしてた上に、あっさりと懐柔するなんて……」

「下劣、軽薄、胡散くさいの三拍子そろった王子が、喜んで手玉に取られている!」

「マダム・マリー、おそるべしっ」


 生徒たちはヒソヒソとまったく潜んでいない声音で囁き合っているが、どうやらアーサーの耳には入っていないようである。


 こういったスルースキルが非常に高いのも、アーサーの特技かつ特徴の一つである。

 己の都合の悪いことはすぐに記憶の彼方へと放り出し、「記憶にございません」を真顔で言える男。それがアーサーである。


「王子、めちゃくちゃチョロいけどいいのかよ?!」

「ていうか、理由が悪どすぎじゃね?! えっ、マジでそれでいいのか?」

「むしろ、包み隠さずブラックな取引が目の前で白昼堂々と行われているわけだが、まったく止められる気がしないな」


 利害の一致により熱い視線を交わし合っているマリーとアーサー─さっきまで険悪な雰囲気でバッチバチに火花を散らしてやり合っていた─だが、周囲からは非難轟々の雨あられがここぞとばかりに投げかけられていた。


「ふははっ、悪党上等! 権力に媚びて一体なにが悪い? それで単位がもらえるのならば、俺のプライドなぞちっぽけなものだ!!」


 悪代官に媚びる悪どい商人顔負けな腹黒さ全開の高笑いと、開き直り具合で高らかに宣言して言い切るアーサーに、生徒たちからはなんとも微妙な視線と注目が集中する。


「さすがクズ……クズさがマジハンパない」

「言うことがちょい役の小物悪党感すぎて、マジ小物か……」

「はははっ、なにを言われようともまったく効かないなぁ〜」


 生徒たちから口々に批判というか、ある意味で賞賛とも言えるような内容が飛び出てくるものの。

 一向に気にした素ぶりもなく、相変わらずアーサーは悪どい高笑いをしている。さすがクズである。


「ほほほっ、チョロいわね」

「あっ、マダム・マリーもチョロいって認めたぞ」

「それはそうと、リーゼロッテさんっ!」

「は……いっ?」


 アーサーに負けず劣らず、一見可愛らしいが腹黒さをそこはかとなく感じさせる微笑を零したマリーが、生徒のツッコミにもめげることなくリーゼロッテへと視線を差し向ける。


 言われたリーゼロッテは、ただただ黙って事態をずっと静観していたこともあり、いきなりのご指名にこれまたビクッと全身を震わせて反応する。

 そんなリーゼロッテの反応も意に介すことなく、マリーは見る分には優しげに見える微笑みを浮かべてみせながら、意味深な視線をリーゼロッテへと向ける。


「王子も快く決闘を承諾してくれたことだし、リーゼロッテさんも決闘を承諾してくれるわよね?」

「はぁ……」


 にっこりとした笑みを向けてくるマリーに、リーゼロッテは戸惑ったような声を返すことしかできなかった。

 腹黒さこそ隠してはいるものの、見るものを怖気づかせるような圧は変わらずマリーはまとわりつかせていたわけで。


 その彼女の提案に否を言える人間がいるのか大変疑問ではあったが、もともとアーサーとの決闘を前向きに検討どころか、正式な作法にのっとって決闘を申し込んだリーゼロッテである。


 マリーから圧力をかけられようとも、投げかけられた問いに対する否やはリーゼロッテのなかにはなかった。


「……彼が決闘に応じるのであれば、私はそれを隠れることなく真っ向から受けるだけです。そもそも私は『勇者』に決闘を申し込むつもりでいましたから。その機会をいただけるのであれば、全力で受けるまで」

「では、決まりね」


 戸惑いは残りつつも、まっすぐマリーを見返してのきっぱりとしたリーゼロッテの返答に、一点の曇りもない微笑が返ってくる。


「決闘、やるわよ〜!!」

「イェヤァー!!」

「もちろん講義があるから、開始は放課後ね! しっかり諸々もぎ取ってくるから、期待しててねぇ〜」

「フゥゥ〜!!」

 

 こうして、教室内は未だ騒々しさがあるものの。

 すったもんだの末にリーゼロッテとアーサーの正式な決闘が開催されることになった。

 それも、マリーの全力でのお膳立ての上で、である。


 マリーは決闘実施場所を、学院内の主に魔術の実地訓練に使用されている、中規模の魔術訓練場の一つで行うことを想定しているようだ。

 もちろんのこと、学生であるアーサーたちには講義が入っているため、決闘は放課後に行われることに関しては否定の声こそ上がらなかった。


 だがしかし。


「なぁ、王子めっちゃテンション高くね?」

「あんだけ断固反対、断固拒否っていう体で抵抗してたのに、この変わりよう……」

「言うだけ虚しいのもわかってはいるけど、言わずにはいられないこの心境。この世は無常だ」

「キュゥ……」


 ヒソヒソと交わされる会話のもの哀しさといったらなかった。

 ロマニもなんともシュンとした表情でアーサーのことを見つめている。

 その姿に同情する生徒たちも多いのだが。


 思いっきり単位に目が眩んでいるというか、瞳に「単位」の単語が浮かび上がっている王子は、なんとも浮き足だった様子で単位をすでに取得しているかのごとく浮かれまくっている。


 それを眺めている生徒たちの、実になんとも言えない表情といったら。わかる、わかるぞ、その微妙な気持ち!!


 が、しかしながらすでに決定事項と化したことである。

 いまさら反対するつもりはないが、マリーの上機嫌さは別としてアーサーの手のひら返しと変わり身の早さには、突っ込まずにはいられない面々であった。


 かくして、無事にリーゼロッテとアーサーの決闘、本決まりとなる。

 次回、決闘デュエルスタンバイ! の前に、閑話が入る予定。


 ただし、予定は未定。フラグだけ立てて……の可能性もあるのでご承知おきください。

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