第10話 ゲス顔の『勇者』はアリか?
「すっとぼけようたって無駄だぜ、無駄。忘れてたんだろぉ〜、俺が戦闘全般禁止されてるってこと? じゃなきゃ、決闘しようだなんて大々的に持ちかけるはずがないよねぇ?」
「王子のゲス顔と猫撫で声、マジキモっ」
「いやぁ〜、こっちの方がマリーちゃんには効くかなぁって」
ニヤニヤとしたニヤけ面(思いっきりゲス顔)のアーサーを前に、見ていた生徒から身震いとともにツッコミというか本気の感想が迸った。
が、それを気にした様子もなくアーサーはゆとりのある態度で、さらにニヤァっと顔をニヤけさせる。
なんとも上機嫌な様子で生徒たちへと語りかけるアーサーは、正真正銘真性のゲスと呼ぶに相応しいものだった。
本当に主人公がするべき表情ではない、本気の真剣に。
それも類い稀なる美貌を誇る容貌に浮かべていいものでは決してない、と明記しておく。
「さすが、王子。そのニヤけ面キショい、マジキショい!」
「粘着質なゲス顔似合いすぎか! キモすぎるっ」
「うっわ、気持ち悪すぎて鳥肌たった。ほんと気色悪っ!」
アーサー渾身(?)のニヤけ面なゲス顔を眺めた生徒たちから、もろもろ偽らざる本音の気持ち悪さを、まるで競うように口々に述べていく。
ドン引きの表情でキモい、キショいと言いながら、鳥肌がたったであろう二の腕を中心に腕をさすっている生徒たちは本気で気持ち悪がっていた。
「当然ですが、なにか?」
にもかかわらず、アーサー本人はまったく意に介した様子もなく。
どころか、胸を張る勢いで当然といった態度でいる。
「そうじゃなきゃやってる意味ないだろ?」と言わんばかりの表情に、生徒たちはこぞって呆れていたのだが。
「むしろ、褒めの言葉だな。ありがとう、諸君っ」
「「「褒めてねぇよっ!!」」」
賛辞を贈られているかのごとき様相で、ケロリとした顔つきをしたアーサーからの言葉に周囲から一斉にツッコミが入る。
気にしていないのみならず、生徒たちのツッコミを褒め言葉として受け取るメンタル。
鋼というか、心臓に極太の毛が生えているだけのことはある。
「さすがにやめた方がいいんじゃない、そのゲス顔? せっかく美形に産んでもらえたっていうのに、その総てが台無しだわ」
「台無しにしてるのはマリーちゃんの方でしょうに〜。それとも、そうやって全力で話を逸らしたいってことかにゃぁ〜?」
生徒たちが口々にキモいと評するゲス顔を前にしても、笑みを絶やすことなくツッコミを入れてくるマリーにアーサーもまた微笑を返す。
ただし、その顔はおそろしく綺麗だというのに、浮かべている表情がゲスすぎるがために、神が造りたもうた絶世の美形具合が台無しというか。もはや形無しレベルにまで落ち込んでいる。
いや、本気でどうにかならないのか、そのゲス顔。
だが、アーサーはみんなに突っ込まれているゲス顔をやめるつもりもなければ、マリーへと追求している手を緩める気配すら一切ない。
それもそのはずであろう。
彼にはここで手を引くという、そもそもの選択肢がないのだから。
アーサーにだってわかっているのである。
マリーは手強い。それこそ、アーサーの全力をもってしたとてこの場の優勢を保っていられるかどうか。
要は、それぐらい彼女は油断ならない相手なのだ、本来ならば。
まぁ、マリーだってたまにはうっかりミスぐらいはする。
それがほんの時たまの、実に珍しいものであるという注釈はつくが。
けれど、大抵のミスをあっさりと覆すどころか、割と簡単に取り戻せるからこそ、余裕を持っているところはあるだろう。
それだけの実力が、彼女には実際にはあるのだ。
彼女にとってのミスはミスにならない。そうアーサーは思っている。
ゆえに、決して彼は油断はしない。だからこそ、攻勢の手を緩めたりなんてしない。
マリーへの追求の手を止めないのは、いわばマリーをさらに追いつめるという魂胆もある。
実際のところ、追求の手を緩められるはずがない、というのが彼の正直な思いである。
追求の手を緩めた途端に、マリーが防御から一転攻めの一手を打つだろうことは想像にかたくない。
横暴もとい我が儘、思いつき、気まぐれ。そう評すべき行動をマリーがとらないためにも、攻めあるのみである。
マリーに対しても一歩も引かず、互いに睨み合いながらバッチバチに火花散らし合っているのも、彼女が他所に意識を差し向けないための布石でもあるのだから。
「己の動揺をおくびにも出さず、冷静に対処してるのは評価するけど。マリーちゃんの気まぐれの思いつきのおかげで、七面倒なことをやらされそうになっていた身としては、ここで油断するわけにはいかないんだよねぇ〜」
「うふふっ、なんのことかしら?」
内心の思いはどうあれ、どんな不利な状況においても微笑みを絶やさないマリーを胸中のみで賞賛する。
同時に、本当に軽率な対応などできない相手だと、アーサーは己の気を今一度引き締める。
「ここは誰も文句が言えないくらいに、きっちりしっかりはっきり白黒つけとかないとねぇ」
「あら、しつこい男は嫌われるってさっきから忠告してあげているのに。聞く気がないのね」
「当然でしょぉが〜」
「おほほほっ」
「あはははっ」
相変わらず粘っこい対応とゲス顔でのニヤけ面ではあるが、アーサーの言い分も一理あるわけで。
入学当時の例の騒動で一番割に合わず、ましてや割りを食っているのが彼だったのだ。
この学院の誰よりも、めちゃくちゃ痛い目を見ているだろうアーサーである。
ここは絶対に負けられない戦いであることなど百も承知だった。
なんといっても、彼に待ち受けているのは、マリーの気まぐれな思いつきに巻き込まれての面倒さだけではないのだ。
それこそ、マリーのうっかりミスで戦闘全般禁止令をすっかり忘れてくれていたおかげで、巻き込まれ事故による被害をこうむった、という主張を受け入れられないまでならばいざ知らず。
規則を破ったとして弁解する余地もなく、連座の上に厳罰に処されるなど「マジで冗談じゃないし、シャレになんねぇ〜!!」というアーサーの心情は自明の理であろう。
これまで孤立無援の状態で孤軍奮闘し、抵抗するだけ抵抗して割と醜く足掻いていたアーサーである。
本人も口にしているように、七面倒な決闘をやらされるぐらいならば、どんなにしつこく粘着質で顔が台無しだとなんだ、と言われようとも引く気は皆無だ。
むしろ、ここで完全に諦めてくれるのならば、納豆よりも粘っこく粘着する気満々であろう。
彼の絶妙にニヤけたゲス顔がそう全力で語っている。
マリーの方もそれでボロを出すような隙は見せてはいない。
が、先手必勝・攻めるが勝ちという言葉を体現するかのように、ここぞとばかりにアーサーは畳みかけていく。
彼の攻め具合は、勝てば官軍という風にもとれるが実際その通りなのだろう。
ここで勝ったものがまさしく正義であり、この場の正当性を持つことになるのだから。
マリーは周囲もびっくりするような、アーサーの粘着な付きまとい込みの追及にも、決して心折れることなく。
どころか、冷静な様子で戦闘全般禁止令のことをうっかりでも忘れていた、ということを決して認めるような素ぶりすら見せない。
のみならず、決闘そのものの開催も諦めていないということが、彼女の双眸や態度から読み取れるからだろう。
アーサーもそれを予想していたからこそ、マリーに対する追求の手を緩めるなんて以ってのほかだし、かなり非難めいた態度をあえてとっているのだろう。
だけでなく、禁止令を覚えていなかったことを逆手にとり、決闘の開催については断固拒否の強気の強硬姿勢で、敢然と戦うという構えをとってみせることにより、マリーの打つだろう手をおそらく未然に封じているのである。
つまりは保身である。なんだかんだといいながら、結局七面倒なことは全力で回避したいし、己に降りかかる火の粉は全身全霊で払う、というただそれだけのことである。
まさに保身第一。いまのアーサーは、まさしく現在進行形でそれを体現している男なのだ。
「これぞ、王子の真骨頂ということか……」
「まさに、クズの鏡!」
「だろう?」
まったく褒めていない感想を零している生徒たちだが、ディスられているアーサーはなんとも得意げな表情をしている。
あえていうが、褒められていない。ちっとも褒められていないのだが、それなのにここまで得意満面な顔ができるアーサー。割と単純である。
アーサーのその様子を見て、生徒たちが「開き直りやがった」「全然褒めてねーし」と囁き合っていることに関しては一切聞いていない。
見たいものだけ見て、聞きたいものだけ聞く、その精神の極太な図太さについてはあっぱれであるが、やはり真性のクズはクズということなのだ。
生徒たちのかなり呆れたような視線もものともしないアーサーに、なにを言っても無駄なのだ。人間諦めが肝心である。
「ていうか、マダム・マリー。全っ然認めないな」
「うん、まったく認めようとしてないな、うっかりすっかり忘れてたこと」
「王子の例の禁止令をすっかり忘れてたことなんて、王子だけじゃなくてここにいる全員が気づいているっていうのにさ〜」
潜められた声で交わされる内容に、同意の声こそあがっていないが、教室内にいる生徒たちの共通認識であった。
その証拠に、反対や否定の言葉が一つもあがってこない。
アーサーだけでなく、眼鏡の男子生徒も、臙脂髪の美少女も、リーゼロッテですら。マリーが禁止令を忘れていたことに気づいている。
それなのに、マリーはその事実を決して認めようとしていないのである。
「ていうか、マリーちゃん。本当に忘れてただろ? それを認めようとせず全力で誤魔化そうとしてる気概も、決闘を未だに諦めてない根性もすごいとは思うよ」
いままでずっと浮かべていた気色の悪いゲス顔を引っ込めるや、アーサーが真剣な面持ちでマリーを見つめる。
「でも、それは俺だけじゃなくてここにいるみんな気づいている。それをマリーちゃんもわかってるんだろ?」
棚上げして誤魔化そうとしても無駄だって、そろそろ気づいてもいいんじゃない?
視線でそう促してくるアーサーに、マリーも少し困ったように眉をハの字に垂らす。
「大人しく認めたら? 実は忘れてたんですって」
「だって、しょうがないじゃない。うっかり忘れてたんだもの」
「うっかり忘れてたんだ」
「やっぱり忘れてたんだ。そんなことだろうとは思ってたけど」
「うっかりがすぎる気がしないでもないのは俺の気のせいか?」
忘れていたことをついに自白したものの、マリーの主張を耳にした生徒たちは次々にツッコミを入れていく。
「私だってうっかり忘れることがあったっていいでしょ?」
「あっ、開き直った」
「可愛く言って逃げよう作戦か?」
「あれだけ誤魔化そうとしていたくせに、開き直った後の手のひら返しがすごすぎる……」
全力で誤魔化そうとしていた割に、急に態度をひるがえして忘れていたことを開き直るマリーの変わり身の早さに、生徒たちから驚嘆の言葉が飛び出ていく。
それが聞こえていながら、マリーは当然のようにスルーしていく。
都合の悪いことは見ザル、聞かザル、言わザルがマリーのモットーなのだ。
マリーのそれを知っている面々は、若干呆れた様子を見せてはいるものの、その様子ですらシカトしていくマリーの精神の図太さは、アーサーに負けずとも劣らずであった。
いや、マジですごいよ、この人。
「もぉ、わかったわ」
「……えっ、なにが? なにがわかったの、マリーちゃん? 俺、一言も言ってないんだけど」
「学院長には私から話をつけるわ。だからやりましょうよ、決闘」
その瞬間、アーサー含めた教室内にいる全員が、目を丸くしたことは言うまでもないだろう。
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