第5話 残念な『勇者』は決闘を持ちかけられた
呼吸をするのにも難渋しそうな空気にも関わらず、にこやかな笑みを絶やさぬまま発言したマリーに教室内の視線が一気に集まる。
けれども、マリー自体に気負った様子もなければ、ましてや緊張したような様子は皆無であった。
発言を促すリーゼロッテの視線を受け、教室の生徒たちを順繰りに見渡してからマリーは口を開く。
「あなたの主張はわかるし、実際その通りだとも思うわ。でも、これには海よりも深くて、山よりも高ーい事情があるのよ」
「────────はい?」
リーゼロッテの知らない情報を知っているのだろう。マリーは少し困った表情をして、リーゼロッテを見つめている。
一方のリーゼロッテは、まったくわけがわからないという顔つきでマリーを見ている。それも、当然といえば当然の反応であろう。
海よりも深くて、山よりも高い事情とは一体どういうことなのか。もう少し詳細に説明してもらいたいところである。
「あなたの戸惑いもよくわかってるつもりだけど、それが適応されちゃうのがそこにいる王子なのよね~、困ったことに」
「はぁ……」
「非常に遺憾だし、大変不本意だし、実際問題全然納得いかないんだけど、王子が『勇者』であることは間違いないのよね~。とっても残念なことなんだけど」
とてつもなく残念そうな表情を宣っているマリーは、言葉の通りに心の底からそう思っているのだろう。
残念で致し方ない、という顔と態度を改める様子は微塵もなく、アーサーを注視している。 しかも、盛大な溜め息つき、というオプションまで加味している徹底具合で、だ。
これに否を唱えたのは、もちろんのこと今のいままで思いっきりディスられている当事者である。
「ちょっとっ。ひどすぎじゃね、マリーちゃん!」
「でも、本当のことよね?」
「キュゥ」
「ロマニまで?! 俺は傷ついたぞっ!」
マリーのあんまりな物言いに、「ひどい」と口にしながらアーサーは涙をハンカチで拭う仕草までしてみせて、傷ついていますアピールに精を出している。
だが、その成果はいまいちのようである。
マリーは一切気にしていないどころか、堂々と「当然のことを言っただけなんだけど」という表情をしている。
アーサーにもふられていたロマニも、未だアーサーに抱えられながらも困ったような顔つきで、マリーに同意するような様子を見せている。
どう見ても、アーサーの形勢が不利なことは一目瞭然であった。
残念なものを見ている二人(?)の視線もなんのその、アーサーは未だ泣きの演技に徹している。
周囲の冷めた視線、もといシラケたような視線にも意に介さない、鉄の心臓にさらに強毛まで生えていそうなアーサーの神経の図太さにはあっぱれの一言である。
そんなマリー(とロマニ)とアーサーの茶番ともいえるような状況を目の当たりにしながら、リーゼロッテがなんとも微妙そうな表情で見ているのも致し方ないといえただろう。
「あ~、編入生。気持ちはわかるけど、そうとしか言えないんだよ。実に残念なことに」
「あぁ~、ねぇ~。俺らだって認めたくはないんだけど、そこにいる御仁が『勇者』だっていうのは間違いないんだよな。非常に残念なことに」
「そうなの。誰だってそうだとは思いたくないし、あなたの戸惑いもわからないでもないけど、事実そうなのよね。とっても残念なことに」
「リーゼロッテさんの言い分も気持ちも、よ~くわかるわ! でも、これが現実なの。わかってほしいとは言わない。けど、彼が『勇者』だっていうのはこの世界における否定できない事実なのよ。ものすご~く残念なことに」
まさに絶句。
クラスメイトたちはもとより、担当教諭のマリーまでもが「残念なことだ」と強調した上で、アーサーが『勇者』であるということを肯定し、なおかつ保証してみせたのだ。
リーゼロッテがここまで驚愕するのも、さもありなんだろう。
「残念、残念連呼しすぎだろ! 少しは俺が可哀想だとか、不憫だとか思わねぇのかよっ」
「自業自得では?」
「自業自得では?」
「じご……」
「だから連携しすぎだってのっ。ここで『自業自得』三連星でのジェット・ストリーム・アタックかよ! しかも、一時休止からの時間差口撃とか本当仲良すぎだろ、おい!」
当然ではあるが、アーサーの嘘泣き演技なんてお見通しの生徒たちからは冷たい言葉しか出てこない。
そのせいというわけではないが、アーサーが生徒たちに向かってかなり食い気味に突っ込みを入れてくる。
まさか自業自得三連星再び、な事態がやってくるとは予想しなかったというのもあるのだろう。
それにしても、生徒一人の「自業自得では?」発言で終了かと思いきや、そこから三人連続しての三位一体口撃であるジェット・ストリーム・アタックにつながっていく、などと誰が予想できたであろうか。
しかも、時間差での口撃である。おそるべし!
だが、それもまたアーサーの完全な自業自得でもある。
彼の日頃の行いが、いかにアレかということを端的に表しているといえるだろう。
「……マリー教諭たちの言い分はわかりました。ですが」
「事情がある」なんていう曖昧な理由で、その場を濁された形のリーゼロッテだが。
どうにも納得できないという表情をしてはいるが、マリーたちの説明に対しては一応の理解を示してみせた。実に、分別のついた大人の対応そのものである。
けれど、それに対するアーサーの様子はといえば。
いまも不満たらたらの不平ありまくりといった表情で、文句を口に出してはいないものの、納得しているとは言いがたかった。
よく考えなくてもお察しのことだろうが、よくわからない超理論の謎論理で煙に巻こうとしているとはアーサーの方なのである。
あくまでも、説明責任を放棄して「事情があるから〜」などというふざけた理由で『勇者』であることを主張しているのはアーサーなのである。
彼のこれが、とてもではないが褒められるような態度ではないのは一目瞭然だろう。
だからこそ、残念と自業自得を連呼されるのだが、それに彼が気づくのは一体いつになるのやら……。
とにもかくにも、リーゼロッテの話の続きである。
彼女はどこか躊躇しながらも、自らの心境を言葉にして綴っていく。
「それだけで納得してみせろ、というのは今の私には難しい」
「えぇ、その通りね」
マリーの肯定に、どこか強張っていたマリーの表情が少しだけ安堵するように緩む。
「実際に、マリー教諭だけでなくここにいる生徒たちまでもが、こうもあっさりとその事実を肯定し、受け入れているのか。理解に苦しむというのが現状です」
「そう思うのも当然だわ、リーゼロッテさん」
それも仕方ないことである。碌な説明もなく、事実だからとただ理解しろと言われたところで、納得できるような人間など存在しないだろう。
それを肯定するように、惑うようにも時折つっかえながらも、リーゼロッテの淡々とした静かな口調でもたらされる心情に、マリーも穏やかな調子で返していく。
アーサーの方はアーサーの方で、生徒たちからのディスりの集中砲火を浴びたことが、未だに納得できていないのか。
不満たっぷりといった様子が、ありありとその美麗な容貌に出ていた。繊細な容貌に反して、本当にただただ残念なだけの青年である。
「だからね、私、考えたの」
重苦しい空気を吹き飛ばすようなマリーの明るい声音に、リーゼロッテだけでなく、教室中の視線が彼女へと向けられる。
「決闘で白黒はっきり決着つけちゃえばいいんじゃないかしら」
「「──────────はい?」」
これまでになく、特大級の大盤振る舞いの大出血サービスによる輝かんばかりの、満面の笑みを浮かべたマリーが宣うというか宣言する。
ペかーっ! と周りを照らすかのような眩しい笑顔に、まるでものすごくいい提案された的な雰囲気を受けそうである。
が、言っている内容に関してはさっぱりと意味不明であったのは言うまでもない。
その証左に、だいぶ遅れてようやくマリーの言葉が脳内に浸透しただろうアーサーとリーゼロッテが、思わずといった体で口に出したものが意味をなしていないことからもお察しいただけることだろう。
「だって、リーゼロッテさんも納得できていないんでしょう?」
「────はい?!」
ものすごくいい笑顔のマリーに問われるも、リーゼロッテは完全に押し負けていることもあって、まともな返答を返すこともできていない。
にもかかわらず、マリーは心得ているとばかりに頷いて、さらに上機嫌に笑っている。
まったくもって意味がわからない上に、状況もわからない。
疑問と謎は、マリーという不確定要素によってさらに深まるばかりである。
リーゼロッテやアーサーだけでなく、生徒たちの頭上にも疑問符が飛び交っているのだが。マリーだけが、教室内の異様な状況に気づいていなかった。
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