第3話 『勇者』が王子で、王子が『勇者』

「……『王子』?」

「王子は彼のあだ名、もしくは役職名のようなものだな。本名は別にあるが、実際そちらの名で呼ぶ者の方が少ないのが実情だな」

「王子は王子だしね〜」

「ていうか、王子の本名で呼ぶことの方がなんていうかなんつうの? っていう話だから」

「そこの区別ってなんだかんだ難しいし、複雑なのよねぇ。だから、適当に王子でいいんじゃないかな」

「…………適当に王子」


 まだまだ茫然自失の状態から脱せないでいるリーゼロッテの発した疑問に、生徒たちが和気藹々とした様子で寄越してくる。

 確かに、アーサーの外見だけはキラキラしい、乙女が憧れるような王子様そのものではある。


 だが、適当に王子でいいとはこれまた随分な扱いというか、ぞんざいなやりとりというか。

 現在進行形で混乱の最中にあるリーゼロッテは、生徒たちのその発言にどう反応したらいいのか、さっぱりとわからなかった。


「えっと、リーゼロッテさん、と呼ばせてもらっていいのかしら?」

「ものすっごく申し訳ないんだけど、王子ってああいう人種なの」


 なんとも申し訳なさそうな、気まずそうな表情を浮かべた生徒たちが、リーゼロッテに向けてそう諭してくる。


「すまないが、王子がああなのは今に始まったことじゃない」

「非情かもしれないけど、一刻も早く諦めよう。色々と、そう色々と」

「その方が楽になるからさ、いろんなことが」


 苦言ともとれないそれに、同情と憐憫と哀愁がこれでもかとてんこ盛りかつ全力で混ぜ込まれているのは明らかであった。

 リーゼロッテが彼らの発言に対する反応に困惑している間にも、生徒たちの発言は次から次へともたらされていく。


「あなたの気持ちもわかるけど、王子のアレは死んでも治らないから」

「俺たちだって、これが夢であったらな~って何度も思ったけど、夢じゃなかったしなぁ。……この世は残酷だ」

「僕はここにきて、『諦めが肝心』という言葉の本当の意味を知った。現実は無情だが、だからこそ人は強くなければならないとそう思う」

「私たちも通った道だから大丈夫。心を強く持って!」


 全員神妙そうな中にもどこか諦観した色をにじませた顔つきの生徒たちは、程度の差はあれども共通してリーゼロッテを案じるように見つめていた。

 彼らの視線をいっぺんに浴びて、若干怯むよう様子を見せる。


「ちょっとちょっと! みんな、もっと俺のこと素直に称賛してもよくない?! 俺、結構やる男だよね?!」


 そこへ割って入るように、アーサーの大袈裟な身ぶり手ぶりつきのツッコミが盛大に入る。

 が、アーサーの言葉を受けた生徒たちはどこか思案するような、茫洋とした顔でもってそろって中空へと視線を向ける。


「称賛すべきところ……う~ん、あったかしら?」

「称賛、称賛…………記憶に一切ないが、学院七不思議みたいなものか?」

「なんで、そんな新種の珍獣を発見したみたいな目でこっち見んの?! しかも、言ってる内容がとにかくひどいっ!」


 一人喚くアーサーにも、周囲の反応というか対応は変わらない。


「自業自得では?」

「自業自得では?」

「自業自得では?」

「そこはハモらず時間差攻撃なのねっ。連携しすぎてて、仲良しか?!」


 風評被害だなんだのと喚いているアーサーを余所に、生徒たちは未だにうんうんと唸っている。

 称賛するところ、と言われて真剣に悩んでなんとかひねり出そうとしている彼らに、アーサーのツッコミが止まらなくなっている。


 己の地位向上のために、アーサーはかなり必死な形相だがまったく功を奏していないのはご覧の通りである。


「貴殿は、……………………本当に『勇者』か?」

「待って、その間の沈黙なに?! しかも、俺が『勇者』だってみんな肯定してるのに、さっきより疑惑が深まってるのはなんで??!」


 なんとも言えない空気が両者もとい教室内に充満していくが、それに答えられるような人物はいなかった。


「仕方ないんじゃない? そもそも王子が『勇者』っぽくないんだし」


 一人の女生徒の言葉に、周囲が同意するようにうんうんと大きく首を縦に振っている。


 先ほどから話題にのぼっている『勇者』であるが。『勇者』とは、神殿の奥深くに住まうという姫大巫女直々に『災厄の魔女』を討ち、世界を救う」と予言され、神殿に見出され選定された人物である。


 しかも、かの高名にして英邁な姫大巫女の予言をものの見事に果たし、『災厄の魔女』を討って世界を未曾有の危機から救った、まさしく救世主であり大英雄と崇め奉られている。


 一方、『災厄の魔女』とは歴史の狭間にたびたび現れ、世界に文字通り滅ぼすほどの災厄をもたらす存在である。

 その出自もさることながら、出現条件といったなにもかもが不明でありながら、過去には数カ所の国々をその力で滅ぼしたとも言われており。

 まさに、世界を滅亡という未曾有の危機に陥れるほどの脅威とされている。


 その大英雄にして『勇者』として予言された人物こそ、アーサーというわけなのだが……。

 一体全体、どうしてこうなったのかは神のみぞ知る、である。


「ただでさえ、かの高名な『勇者』が学生している、ってだけでも衝撃的なのにな~」

「しかも、その『勇者』当人が王子みたいな人格破綻者だもんなぁ」

「確かに、世界は王子の手で救われたかもしれないよ? 救われたのかも知れないけど、これまでとはまた別の危機が人類に降りかかっている気がしてならないのは俺だけか?」

「毒をもって毒を制す、毒を食らわば皿までということなのかな」

「待て待てーい! いくらなんでもその物言いはおかしいだろ?! おかしいよな、絶対におかしいに決まってるだろ?!!」


 生徒たちの正直な感想もとい感慨にアーサーは思いっきり反論するが、当然のように黙殺されている。

 多少なりとも涙をさそうような場面なのだろうが、アーサー当人に悲愴感が一切感じられないこともあって、生徒たちはちらとも同情を示そうとはしていない。


「ていうか、王子が『勇者』っていうのが間違いじゃなくて事実、っていうのがそもそも絶望的というか……」

「そうそう。俺は実際に泣いたねっ。だって、あれだけ誰からももてはやされて、俺だって多少の憧れを抱いてたあの『勇者』が王子だぜ?」

「なにせ、クズい・チャラい・胡散くさいの三拍子そろっちゃった王子だもんなぁ。よくぞ

世を儚わなかった!」

「本当にね~。学院の生徒が必ず通る道だとは聞いてはいたけど、現実は残酷よね」

「総てがもう、とにかくひどいっ!!」

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