第2話 『勇者』のくせにやけに胡散くさい
一方、未だ衝撃を受けた様子─なにせ、渾身の挑発の数々が当の本人不在により不発かつ無意味なものとなっているのだ。
リーゼロッテでなくとも、その精神的ショックは計り知れないものがあるだろう─で『勇者』だと紹介されたばかりの人物を見遣っていたリーゼロッテが、驚愕を滲ませた表情にて叫んだ。
「貴殿が『勇者』だと?!」
リーゼロッテのその叫びにも表情一つ変えることなく、実に飄々とした態度で一瞥した青年が、
「そうです、私が世界を救うと予言された『勇者』です」
だったのには、本当に頭痛が痛いというか、もはや頭が痛いで済むような案件でない気はするのだが。
それはそれとして、話は冒頭のセリフへと戻るにいたったのである。
◇◇◇◇◇
「えっ、なになに? なんかあった?」
教室内での騒動ややりとりの欠けらすら知らないながらも、驚異的な瞬発力でもってリーゼロッテの言及になんともキリッとした表情で答えたのが嘘のような、へらりとした表情を貼りつけた未だ不確定の『勇者』──アーサー・フィーレン・オッド・カーギルド(一応、本作主人公)が疑問を口にする。
ようやくというべきか、教室内の雰囲気がいつもと違っていることに気づいたのだろう。
さっきのわりと精悍さをと見せた表情が一転。実に軽薄そのものといった表情を刷いた顔が、胡散くささを周りにまき散らしていることに、果たしてその当人が気づいているのかいなか。
「なにかあったかで言うなら、もちろんのことあったけど。それもよりも王子、懲りずにまた遅刻ね。はい、減点~」
「待って待って、ちょっと待ってよマリーちゃん~~~っ」
未だ衝撃から醒めやらぬ室内にて、のほほんとした声音でもっともなことながらこのタイミングで、ともいうべき時機にマリーはアーサーの遅刻を指摘する。
それに慌てたのはもちろんのこと当事者たるアーサーだ。
「俺は遅刻してないし、断じてこれは遅刻じゃないから! 俺が遅刻するようなそんな不真面目な人間に見えるわけ?!」
「あなたが真面目かどうかは置いておくとして、ついさっき教室に入ってきた時点であなたが完全に遅刻しているのはれっきとした事実です~」
「いやいやいや、そんな馬鹿な?!」
未だザワつく教室内で、アーサーが胡散くさい表情ではあるがマリーに必死に詰め寄っている。
が、その内容がしょうもないことであったのは、あえてここで言及するまでもないだろう。
一方、突然始まった謎の茶番に強制参加させられている生徒たちはといえば。
さっきまでの緊張感やらなにやら諸々総ての雰囲気ブチ壊しの状況下で、謎の掛け合いをしている二人をやはりぽかんとした表情で見つめるしかなかった。
「俺の身体は確かに、この教室内にはいなかった。それは潔く認めよう!」
「身体もなにも、あなたはいるべき時にこの教室にいなかったのだから、文句なしに遅刻以外のなにものではないわよ」
「だからちょっと待って! 俺の身体は教室内にいなかった。けど、俺の魂は間違いなく教室にいたっ。その証拠に、俺の半身ともいえるロマニが代わりに朝から教室にいてくれているっ!」
「「「はい?!」」」
アーサーがわけのわからない主張に、教室中に疑問符が飛び交っている。しかしながら、当のアーサーはそれに取り合う様子は一切ない。
どころか、この後に及んでも己の主義・主張を悔い改めるつもりもなければ、撤回するつもりもないようだ。
「俺の魂の半分はこの教室にいた、ゆえに俺は断固遅刻してはいない!!」
その証拠に、鼻息荒く胸をはる勢いで己の意見を告げてくる。正直、まったくもってわけがわからないし、意味もわからない。
アーサーの謎の主張もとい超理論に促され、思わずアーサーに割り当てられた席を眺めやった生徒が目を見張る。
「あっ、本当にロマニちゃんがいる」
「ロマニちゃん、王子の代わりに朝からいたの?」
「あ~、確かに朝からロマニちゃんが王子の席にいたな」
「あぁ、俺も見てたから間違いない」
「うんうん、なんかものすっごくしょんぼりした表情でお行儀よく座ってた」
机上にちょこんとお行儀よく座っているふわふわもふもふの生物へと、教室中から一斉に同情するような視線が向けられる。
事実、彼らは犬のようで猫のような、けれどどことなくキツネにも見えるふわふわもこもこの謎の生き物──ロマニに同情していたのである。
彼女─れっきとした雌である─は、リーゼロッテがマリーにつれられてやってくる以前から、アーサーの座席になぜか座っていた。
というより、アーサーの言が真実であるのならば、彼の代わりにこの席に座らされていたのである。
彼女は今もどこか申し訳なさそうな、居心地の悪そうな様子で机の上に礼儀正しく座っている。
朝っぱらから自身の代わりに彼女をやっていたなど。
机の上にちんまりと座していたロマニが、ぴょんと跳んでアーサーの肩口に飛び移るのを眺めながら、なんとも鬼畜な所業に出ていたアーサーに室内から非難の視線が雨あられと降り注ぐ。
が、その当事者であるアーサーはまったく気にした様子もなく、マリーを前に遅刻を有耶無耶にするのに必死であった。さすがの厚顔無恥具合である。
「俺、王子の現状よりも編入生の気持ちの方がわかる気がするなぁ」
「それ」
「ですよね~。だって、肝心の王子があんなだし……」
「ね! 見た目はともかくとして、こんなだし……」
「顔だけは一級品なんだけどねぇ、中身が……」
「おい、そこっ。俺は顔だけじゃない!」
衝撃から脱せず、抜け殻のようになっているリーゼロッテの状態に、これまた同情的な視線を寄せるクラスメイトに、マリーとやり合っている王子が噛みつく。
「顔が超絶いいから、その他総てが許されてるんだっ。そこのところを是非とも間違えないでほしいな、諸君!」
「それでいいんだ」
「そこ、重要?」
アーサーの主張に、生徒たちからはちょっとした疑問が発生しているが、それもまたアーサーだし、ということで流されそうな勢いである。
アーサーたちの発言からも、自他ともに認めている事実ではあるのだが。
アーサーの容姿は絶世の美貌という表現ですら表しきれないほどの、大変麗しくも美しい容貌をしていた。
陽の光を集めたかのような輝くプラチナブロンドに、国宝級のエメラルドをそのまま嵌め込んだかのような、怜悧さの中にも優美さを内包した翠緑の瞳。
すっと通った鼻梁に、すっきりとした唇。
顔のパーツ一つ一つが神により作成された一級品の芸術作品のようで、それが絶妙なバランスでもって驚くほど小さな顔貌に配置されているのだ。
鍛えられているが決して筋肉質ではないという体躯は同年代に比べても高く、少年と青年の間のあやうさがどことなく漂う色気を内包して瑞々しさに溢れていた。
しかしながら、どこからどう見ても歴史に残るだろう美貌を有していながら、そこに浮かべられている表情がその総てを裏切っていた。
にじみ出てくる軽薄さと胡散くささが、摩訶不思議でししかない。
胡散くさい、とにかくへらへらとして締まりがなく、胡散くさいことこの上ない。
あまりにも胡散くさすぎて、そのあまりある美貌を加味してもプラマイ0どころか、マイナス方向に思いっきり振り切れてしまうほどにはアレであったのだ。
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