第13話 『勇者』は決闘に向かった
なんだかよくわからないうちに、すったもんだの末に決闘の開催が決定してしまったのが本日の朝方のこと。
そうして、時間は無情にも過ぎていって、ついにやってきてしまった放課後である。
朝方での宣言通り、マリーは無事学院長の許可をもぎ取り、学院公認のもとリーゼロッテとアーサーの決闘が正式に行われることとなった。
マリーからも事前に経緯と経過について、その都度しっかりと説明があったこともあり。
決定通りに開催されることになった決闘に、当事者であるアーサーとリーゼロッテだけでなく、教室中の生徒たちもどことなく興奮を抑えきれない様子であった。
そんな空気も知らぬ存ぜぬといった調子で、実に大人しく本日分の講義を受けて予定していた他の諸々も消化したアーサーは、現在決闘場所として指定された中規模魔術訓練場へと赴いている。
「編入生たちは、無事訓練場に着いたかなぁ。まぁ、委員長がついてるんだし、そこのところは大丈夫か」
道中を急ぎながら、アーサーが呟いた言葉は誰に聞かれることもなく空中に溶ける。
講義終了とともに、リーゼロッテはアメリアに引き連れられて早々に訓練場に向かったようだった。
アーサーには、もともと予定していた野暮用というものがあったこともあり。 リーゼロッテとは教室で別れて、各々決闘場所に指定されている訓練場へと向かうことになったのだ。
まぁ、アーサーは魔術学院に在籍していた学院生であり、敷地内の様子に当然明るいので特に問題ないとして。
そのアーサーとは異なって問題があったのは、本日めでたくも編入生としてやってきて、晴れて正式な学生として魔術学院で学ぶため、栄えある学院生活第一日目を迎えているリーゼロッテである。
「中規模魔術訓練場」と名称を告げられたところで、そもそも訓練場が一体どういうもの─大体名称である程度推測できることはできるのだが─で、どこにあって、どう行けばたどり着けるのかもわからないことだろう。
そういった事情を鑑みて、クラス委員長であるアメリアが案内役兼介添人として抜擢され、それを請け負った形である。
アーサーにとっても、リーゼロッテとともに決闘場所に向かうことについてはやぶさかではない。
が、リーゼロッテからしてみればそうでもない可能性は無きにしも非ずで。
というより、そうではない可能性が非常に高いと考えられた。
加えて、アーサーにも外せない用事というか予定というものが存在していたのである、地味に。
彼としても、アメリアがリーゼロッテの案内役含めた諸々を、引き受けてくれたことに関してはもろ手をあげて感謝していたのだ。
正直、今日の予定を動かせる気はしていなかったのもあって、思わず「委員長様さま〜」と拝みたくなったくらいである。
実際に拝もうとしたら、アメリアの虫も殺さぬような可愛らしい外見とは裏腹に、鋭すぎるひと睨みが飛んできて、さしものアーサーも両手を掲げた静止状態で連れ立っていく少女二人を見守る体勢に入らざるを得なかった。
いまだから言えるが、めちゃんこ怖かった、マジで怖かった、真剣に怖かった。
「あっ、ちょっとその視線興奮するぅ」だなんて思えていたのは、本当に始めの方だけだった。
ちょっと興奮するかも〜と思った次の瞬間には、それが殺人ビームだと言われても頷けるほどには、怖しいほどの凶悪な視線へと変貌と遂げたのである。
そんな色々な事項を、決して口には出していなかったとアーサーは神にも誓えるが、目は口ほどに物を言うをまさか己で実践する日がくるとは思わなかった。マジ気をつけよう。
それはそうとして、無事少女二人を見送ったアーサーは放課後に予定していた野暮用が控えていたこともあり、早々に教室を後にしたのだが。
彼が予定していた野暮用を終えた時点で、やはりある一定の時間が過ぎていたことは致し方ないことだったのだろう。
一応後に決闘が控えているとの意識はあったことから、通常よりも割合急いで案件に取りかかっていたこともあってか、指定されていた決闘の開始時刻に多少のゆとりがあったのは歓迎すべきであろう。
しかしながら、そう余裕ぶっていられるような状態でもないのは、わざわざ指摘するまでもなく。
毎朝のルーティン終了時に比べると時間的猶予があるのは救いではあったが、だからといってゆっくりできるほどの余裕もなかった。
(毎度のこととはいえ、色々キッツいな〜)
とはいえども、決闘に出向かないという選択肢はアーサーのなかにはなかった。
猶予はあるといっても決闘に遅刻したとなれば、せっかく我が身を犠牲にしてまで口ききしてもらった単位の数々がおじゃんになる。
なにせ、アーサーが選択している単位のなかには、彼自身もちょっとというか結構厳しいと感じているものが多数存在していたのである。
大事なところなので強調しておきたいが、アーサーが厳しいと感じている単位はちょっと、の数ではなかった。
多数などとぼやかして、できる限り誤魔化そうという彼のセコい性根が思いっきり見え隠れしているものの、実際のところ彼がヤバいと感じている単位は現時点でも相当数あったのだ。
決闘してもいなければ、その肝心の決闘にも向かっていない状態での完全なる狸の皮算用─決闘を受けることによって、単位の口ききするというのがマリーの提案なのだが、彼はすでに単位の取得している前提で諸々を考えている─ではあるのだが。
その数多ある厳しい単位を万が一にも取りこぼしたとなると、単位の取得がどうこうではなくそもそもの進級すらも危うい、という事態が生じてくるのだ。
アーサーの単位取得を、非常に厳しいものにしている断トツの理由が出席数である。
出席数ばかりは、アーサーの一存でどうにもできない、なんとも世知辛くも苦いながらある意味合理的な規定であった。
出席数の壁は彼自身にも当然のことながらどうこうできず、実に歯がゆい思いを抱えていた。
まぁ、朝方の代理─もちろん、ロマニのことである─を立てたという超理論によって出席をチョロまかそうとするのは日常茶飯事ではあるのだが、未だその作戦で出席をもらったことは一度もない。
実にさもしくも見下げ果てた事情だが、事実だからしょうがないのである。
そういった哀しいというよりは侘しい事態で彩られていたアーサーの出席事情だったが、それが挽回できる大チャンスがここにきて到来したのだ。
逃さない手はない。
ましてや、全力で有耶無耶にしてきた朝方の遅刻─ちなみに、彼は己の遅刻については断固否定しているし、なにがなんでも遅刻ではないと言い張っている─についても蒸し返されないとは限らない。
ここは手堅くリーゼロッテとの決闘に臨み、その対価としてマリーにあれやこれやの口ききしてもらい、堂々と単位を取得した上で見事進級をなし遂げるに限る。
アーサーは人も羨むような美貌にまったく似合わない、ニヤリとした悪どい笑みを浮かべる。
彼の愉快な花畑脳内では、決闘の対価としての単位の口ききなどではなく、もはや取得済みとなった単位を土台に進級して次の講義の選択や取得にどう活かすか、といった壮大な妄想劇へと発展している。
単位の取得や進級など、考えている内容自体は堅実ではあったものの、いかんせんそもそもが彼の妄想と狸の皮算用の結果なのである。
さらにぶっちゃけてしまえば、単位への口ききが彼の主張しているような堂々とした単位取得や進級にあたるのか、という議論が出てくるものの。
そういったことについては、一切考慮するどころか頭の片隅に思い浮かべることすらもなく、無限に広がっていく自らの楽しくも輝かしい未来予想図に浸って悦に入っているという体たらくであった。
実に残念な主人公である、いまに始まったことではないが。
そうして己の妄想に浸ったまま、アーサーは決闘開始予定時刻に間に合うよう、余裕をもって決闘場所である中規模魔術訓練場へと向かったのだった。
(そういえば、正式な段取りをした上で事前の告知済みの決闘って久々だったよなぁ〜)
ここまでアーサーがなんとも感慨深く思っているのには、一応それなりの理由がある。
「はい、おまちどう~」
「できたて、焼きたてだよー!」
「冷えたドリンクもどうたい?」
そこかしこから聞こえてくる店員の威勢のいい声。
「盛況だな〜、相変わらず」
周囲の賑やかな声音に誘われるように、アーサーのテンションも否応なしに上がっていた。
いまでこそ、アーサーへの私闘・決闘の類いは全面的に禁止となっているが。
思えば、禁止される以前に事前に告知できるような決闘をする際には、毎回このような活気あふれる光景を目にする機会もあったのである。
突発的に行われたり、問答無用で急に襲われた場合は、もちろんのことその限りではないものの。
本当に一体どこから情報を仕入れているのか知らないが、正式に決闘を申し込まれて受けた場合には、毎回ここまでのバカ騒ぎを起こせるな、と思うぐらいには目を瞠る騒々しさと賑やかさになるのだ。
賑やかさに、というよりはよくぞこの短時間にここまで準備できたなぁ〜という感心さからくるものも含まれてはいたが。
ただし、どれだけ丁寧かつ正式な決闘を申し込まれようとも、アーサーは面倒そうなものについては当然サボっていたし、そもそも受けなかったし、さっさと退散したり、適当にあしらって退けていた。
そういった時の己の直感、嗅覚については、一目置かれるものがあった。
ので、アーサーが順当に受ける決闘といえばきちんとした相手からの申し込みや、一回きちんと向き合って手合わせすれば納得してくれるような相手のみである。
そんな回想というか懐古に浸っている間にも、騒がしい声や音が方々から聞こえてくる。
決闘の開催が決定したのが、本日の朝方。
放課後までに、学院長含めた各所への許可を取りつけ、なおかつ取りなしをしたことだけでも異例中の異例ともいえるというのに。
大々的告知をする余裕など皆無であったろうなかで、決闘の見学者というより野次馬根性丸出しの学生、教諭に研究員はまぁいいとして。
いやちっともよくない、全然これっぽっちもちっともよくはないが、それはまたそれとして別の機会での議論にするとして、だ。
カラフルな看板や旗をあちらこちらに立てた屋台が、所狭しと周囲に出ているのには、感嘆というよりもただただびっくりの一言である。
(順応というか対応早すぎかっ!)
胸中のみで呟かれたツッコミに、応える声は当然のことながらなかった。
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