第14話 『勇者』には下心しかない
「おっ、主役の一人じゃねぇか!」
「久々の決闘楽しみにしてるからなっ」
「頑張れよ~」
「あっ、どもども〜」
そうこうしている間にも、行き交う人々から次々に声をかけられる。
雑ではあるもののそれらに無難に答える一方で、アーサーは左右に隙間なく出ている出店の品々に目を向けつつどれから手をつけるかで悩んでいた。
声をかけてくる人々は顔見知りではないが、着用している制服─魔術学院の指定学生服。黒を基調としたブレザータイプで、左胸に学院のエンブレムが刺繍されている─からどうやら同じ魔術学院の生徒だということは判断できた。
見知った仲のような気安さであったが、当たり前だがアーサーの知己ではない。
このように、あたりの出店の様子に気をとられながら訓練場に向かう道すがら。
これまた訓練場に向かっているとおぼしき学生たちに出会っては、激励だか野次だかよくわからない声かけを頂戴していた。
知らない人間に声をかけられる、ということが決してないわけではない。
が、正直なところ現在の頻度は異常であるといえよう。
なにせ、声をかけてくるのは行き交い、通りすがる学生たちだけではなかったのだから。
「今日の決闘頑張りなよっ」
「熱い決闘、よろしく頼むぜ〜」
「晴れてよかったわ。あとで観に行くからね!」
出店の近くを通れば、店主や売り子、待っている客たちにも同様に声をかけられる。
出店の周りにいる人たちだけでなく、面白半分にアーサーのことを見ている教諭や、魔術学院とは直接的な関係がないはずの研究員─母体は同じでも、魔術学院と研究院では当然のことながら明確な区切りがある─にまで、同様の内容かつ一方的ともとれるような言葉を口々に投げかけられているのである。
「あぁ、どもども。まぁ、励みますぅ」
ヘラヘラとした笑みを刷いて、声援と思しき声に適当に応えていく。
ここでも彼の適当なチャラさ加減が大いに役立っている、といってもいいのだろうか。
別に、彼自身がそうと喧伝して回っているというわけでもないのに、気づけば事情を知っているらしきあちらの方から、一方通行の言葉を向けられるというのもなかなかない経験ではなかろうか。
今回の決闘に対して、単位の口ききという名の救済以上の目的も意味も見出せないアーサーであるが、どうせ決闘が開催されるなら有効活用しようという周囲の思惑というか思考は嫌いではない。
特に、出店にちょうど並んでいた客たちや、店主といった出店の関係者から激励という差し入れをタダで恵んでもらっている身としては、大変喜ばしい限りである。
ビバ・決闘☆というやつである。
「キュゥ」
アーサーの肩口に乗ったロマニが、ちょうどアーサーが受け取った差し入れを興味深そうな眼差しで眺めていた。
「ロマニ、どうした? 食べたいのか?」
アーサーが声をかけると、興味深そうな眼差しはそのままに、ロマニは差し入れの食べ物の匂いを嗅ぐようにスンスンと鼻を鳴らしている。
差し入れをアーサー自らが手本を示すように一口食べた後、齧っていないところをロマニの口元に差し出すと、少しの躊躇を見せてからほんの小さな欠けらを口にする。
「ソースがきいてて美味いよ、これ」
「そうだろ、そうだろ。自慢の一品だからなっ」
「どおりで美味いわけだ。おっちゃん、あんがとね!」
賑わいを目にした当初の感慨深さや懐かしさに、緩んでいたはずの表情がいまや激励や差し入れの品々によって、笑いも止まらなければ上機嫌さでのウハウハ具合も止まらない状態になっていた。
「おぅ、いいってことよっ!」
「決闘、気ばりなよっ」
店主らの声援に手をあげて答えながら、ロマニと差し入れられた品々を食べつつ飲みつつ歩みを進めていく。
完全に見世物状態の珍獣扱いになっていることに関しては、いまに始まったことではないからして、もはやいつものこととしてまったく気にならない。
だが、久々の決闘開催がここまで大事になってしまっていることについては、さしものアーサーもびっくりせざるを得なかったがそれだけである。
むしろ、周りから褒められたり期待されたり、おいしそうな軽食や飲み物を無料でいただけるなど、ここは天国もしくはパラダイスだろうか。
「決闘様さまだな〜!」
「キュゥ」
上機嫌な様子であちらこちらの喧騒を眺めて道を闊歩しながら、アーサーは本日の決闘相手へと思考を巡らせていく。
久しぶりの決闘開催ということで、周囲は浮き足たっているというか湧き立ち過ぎているような気がしないでもない。
が、アーサーよりもよほど真面目で几帳面というより、どこか神経質そうなリーゼロッテであれば、この状況を前にしてどのような反応をしてみせるのだろうか。
ちょっとどころか大変興味がある。
ただし、それが我が身に災いと呼称される類いの火の粉が降りかからない、という保障があるのならば、だが。
我が身が一番可愛い、保身第一を旨とする男アーサーである。
ただでさえ、決闘などという面倒ごとを引き受けているというのに、さらに面倒な状態に陥るようなことがあれば、いくら面白そうだといえども、慎重になるのも当然のことであった。
つまるところ、哀しいかなどうあってもアーサーという男の性根はクズなのである。
その彼の直感が告げている、リーゼロッテの反応は大変興味深くはあるが、それはいわゆる諸刃の剣に他ならないか、と。
己の直感に絶大なる信頼をもっているアーサーは、先ほどまでの己の思考を速やかに頭から締め出して彼方へと追いやると、道中を急ぐことに注力する。
彼の保身能力の高さは、実際にアーサーの身をすべからく救っているという事象の典型例でもあるのだが。
それにしても、こんなヤツが主人公でこの物語は大丈夫なのだろうか? 大丈夫じゃない予感しかしない……。
そんな不安に苛まれるのは一旦置いておくとして、なにはともあれ道中にて久方ぶりのお祭り騒ぎを思いっきり楽しみながら、中規模魔術訓練場への道のりを進んできたアーサーである。
事前に予測していた時間よりも早く、訓練場に無事到着することができたのは僥倖だろう。
目的地となった中規模魔術訓練場は、文字通り学院生が魔術の実地訓練をするために設けられた訓練施設である。
学院内には、こういった魔術の実地訓練を行う訓練場が、この中規模魔術訓練場だけでも数箇所。
他にも魔術の実地訓練の内容によって、小規模〜大規模までと大きさの異なる訓練場が何種類か存在しており、それぞれ複数箇所学院内に設けられている。
それらの魔術訓練場のなかでも、中規模と名称がつけられていることから、ここ中規模魔術訓練場においては、中級程度の範囲・大きさ・等級の魔術を行使しても耐えられるようになっている。
それは敷地だけに言えることではない。
当然のことながら、魔術の実地訓練施設という性質から、魔術の暴発といった各種トラブルにも対応できるよう、防御魔術があらかじめ施設内のいたるところに設置されている。
そんな中規模魔術訓練場だが、真上からその全体像を眺めてみると、ほぼ正方形に近いような形をしている。
実際の魔術の訓練を行う時に、主に使用されている正方形の中心部に位置する平地部分はアリーナと呼ばれており、そのアリーナを取り囲む形で四方に観覧席が設けられている。
観覧席は魔術の実地訓練をしている学生たちの実際の様子を、見られるようにという意図もあって、講義内で学生同士による魔術での模擬戦闘が行われる場合に、戦闘に参加していない学生が様子を見学する際によく使用されている。
他の目的で観覧席が使用されることもあるのだが、久しぶりに行われる決闘を間近で見ようと、現在は隙間がないほどに観客がこれでもかとつめかけている。
事実、空席を探す方が大変なほどには観覧席にほぼ空きがないような状態になっている。
観覧席につめかけた観客相手に、席の間を縫うようにしてそこかしこに売り子たちが練り歩いており、威勢の良い声をあげては軽食や飲み物を客たちへと勧めている。
その売り子たちの賑やかな声によって、観覧席はもとより訓練場内総てがより活気のあふれる場所と化していた。
施設外では訓練場の周りを取り囲むようにして出店が軒をつらね、訓練場の施設内においてもコンコースを塞ぎそうな勢いで出店が隙間なく立ち並んでいる。
それは観覧席の状況においても、似たようなものであったのは観覧席の賑わい具合を見れば一目瞭然であったろう。
そんな賑わいと騒々しさが充満している中規模魔術訓練場内を、訓練場入り口からコンコースに向かって、迷うことなく歩みを進んでアーサーには一分の隙も見られない。
かと思えば、途中のコンコースで出ていた出店に、心惹かれるように引き寄せられてはいたが、そこは耐えずに呼びかけられるまま吸い込まれていっているのはお約束なのだろうか。
ていうか、これは本気でお約束展開なの? そうなの?! ここは約束された「俺、これ食べたら決闘行くんだ」へのフラグを完全にへし折る場面じゃないのか、どうなんだ主人公ぉ〜〜〜?!
必死の声が届いたのか、否か。
流れるような手つきで店先で売っていた品を、なに食わぬ顔で譲り受けたアーサーは、アリーナへの道のりをこれまた何気ない様子で歩いているが、そのホクホク顔で手に持っている品をいますぐ離せぇ! 一向に話が進まないだろ、いい加減しろ!!
とりあえず、あまりにも活気に満ち満ちた周囲の様子にアーサーでさえも驚嘆するほどであったということである。
すでに訓練場内にいるというのに、施設外のお祭り騒ぎにも負けない賑わい具合がそこにはあったのである。
「おぅおぅ、かなりはっちゃけてんなぁ~」
はっちゃけているのはこの浮かれ主人公の方である。
完全になに言ってんだ、こいつマジどうにかしてくれ状態だが、本当に超機嫌の良さそうな表情をしているな、口元のソースをいいから早く拭え、せっかくの美形が泣いてるぜっ。
……話が逸れてしまった。
当のアーサーは、思い浮かんだ感想をそのまま口から漏らすなり、未だしつこく手にしている食べ物に舌鼓を打っている。
しかしながら、これもいつものことといえばいつものことではある。
肩口のロマニにも当然のようにわけ与えている心意気や良し、だがしかし食い気を収める気がまったくないのは一体全体どういうことなんだ?!
……ちょっとマジで泣いてもいいんじゃないかな、コレ。
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