第15話 忖度と保身の結果

 若干話が逸れたが、気を取り直アーサーをシカトして一旦本編に戻ろう、というかこれれっきとした本編なのでちゃんと話を進めていきましょうね、マジで。


 いまでこそ、アーサーへの私闘・決闘いかんにかかわらず、戦闘の類いは全面的に禁止となっている。

 が、禁止される以前に事前に告知できるような決闘をする際には、毎回このぐらいの祭りかと見紛うばかりの活気にあふれていたのである。


 とはいえども、アーサーの記憶でもこれほどの規模のものはそれほど多くはなかったが。

 久々の学院長公認下での決闘、ということも多大に影響を及ぼしているのだろう。


 バカ騒ぎしたいという周りの人々の気持ちもわからないでもないが、その場合いつでも見世物になっているのは己である、ということをアーサーは誰に言われずとも理解しているし、知っている。


 この瞬間も、実にわくわくとした興奮を隠しきれない観客同様に、無邪気に楽しむ気持ちを持っていながらも、どこか珍獣扱いされている自らの現状を冷静に見てもいるのだ。


 だからといって、悲観的になっているわけではない。

 アーサーなりに、今回の決闘に関してもこれまでの諸々や色々を納得してはいる。


 というか、ぶっちゃけてしまえば己の単位のためならばどうということもない、である。

 その一点に、さまざまなものが集約してしまうのが彼が彼たる所以だろう。

 有り体に言えば、それはそれ、これはこれというやつだ。


 心を殺してでも単位のために励む心意気はある一方で、久々の盛況さに心が湧き立たないほどアーサー自身は枯れていないつもりである。


 行く先々で声をかけられてはその都度対応し、出店の商品目当ての客たちがごった返す訓練場内の移動中にも、そこかしこの屋台の軽食や飲み物たちに心引かれながら、なんとか誘惑を振り切って最終目的であるアリーナ内に足を踏み入れたのだ。


 さすがのアーサーも、遅刻してせっかくの単位取得の機会をパァにするほど愚かではなかったということである。


 実際のところ、美味しそうな匂いを周囲にこれでもかと漂わせている屋台の品々に、めちゃくちゃ心を引かれているどころか舌鼓を打ちたい衝動に思いっきり駆られてはいた。

 が、背に腹は代えられぬ。


 食べ物の恨みが相当根深いことは知っているが、その誘惑を必死になって掻い潜ってきただけのものがアーサーにもあったのだ。

 そう、単位至上主義の男はひと味もふた味も違うのだ、性根の卑しさという点において。


 晴れやかかつ爽やかな表情で観覧席を見上げたアーサーに、出迎えるかのごとき盛大な歓声というより、雄叫びに近い大音声があたりから一身に投げかけられる。

 アーサーの方も、その歓声というか絶叫に応えるように、周囲の観覧席を満遍なくゆっくりと見渡していく。


 アリーナを取り囲むように備えつけられた観覧席の上端、その上部にあたる場所。

 よく見ると、観覧席の一部が周りの席とまるで隔絶するかのように、四方を壁で区切って完全なる密閉空間とすべく切り取られて誂えられた席、というよりは部屋に近い箇所がある。


 周囲と隔離されるかのごとく誂えられているその観覧席というか部屋は、身分の高い王侯貴族や魔術学院上層部の人間が視察なり、見学に来た時などに観覧することができるように特別に作られた個室席である。


 劇場にあるボックス席のようなものだろうか。

 なにせこのプレスフィールド魔術学院は、歴史こそ浅いながらも「賢者の塔」を母体とし、国内外の王侯貴族も通っているような魔術教育・育成学校なのである。


 そのため、中規模魔術訓練場以上の大きさの訓練場には、このような貴賓用の特別観覧部屋が設けられているのだが。

 アーサーの目的はこの席のありかなどではなく、そこに誰かがいるのかということにある。


 もしくは、誰がいるのかというべきだろうか。

 ジロジロと遠慮の欠けらもなく特別観覧部屋を見上げつつ、アーサーは思考を巡らせる。


(どうやら、いないようだな、は)


 周囲に油断なく視線を走らせながら、お目当ての人物の姿を見つけられなかったことに、己の心情を落ち着けるように安堵の息をつく。


「キュゥっ」


 と、至近距離から声─正確には鳴き声であった─をかけられたアーサーは、いつの間にか鋭くなっていた視線を観覧席から逸らして、声のした方向へと意識とともに差し向ける。


「ロマニ、心配してくれたのか?」

「キュッ、キュゥ」


 未だ肩口に乗っているロマニに、頬ずりするようにすり寄ると若干眉根を寄せるも、アーサーにされるがままにしてくれる。

 ロマニは優しいのである、なんだかんだ態度や雰囲気に心情を出しながらも。


 ロマニのその優しさにつけ込んでいる自覚はあるが、それを正そうという気概がまったくもってないアーサーは、流れと欲望に身を任せて彼女のもふもふを堪能するべく思う存分顔を埋めていく。


(ていうか、あえてこの場で言及するとしたら……)


 お目当ての人物はいなさそうだと、とりあえず周囲をある程度観察して判断したものの。

 目当ての人物とは別の人の姿を認めて、アーサーは思わずその場でズッコケそうな心境に陥っていたのである。


 だからこそ、その心境を癒やすべくこうして一心不乱に、躊躇することなくロマニのもふ毛で至福の時を過ごしているわけだが。

 まぁ、それも致し方ないだろう。


「えぇぇ〜。マリーちゃん、それはないんじゃないの〜」


 アーサーは呆れたような調子で愚痴めいた、というより脱力しそうな内容を口にする。

 彼の視線の先には、例の貴賓用の特別観覧部屋にて、前に身を乗り出すようにして眼下にあるアリーナの様子を眺めているマリーの姿があった。


 それだけならば、アーサーもここまであからさまに呆れたような態度をとりはしなかっただろう。

 ここまではまだ良かったのだ。

 問題があったのは、そこから先のことであった。


 なんと今回の決闘の発起人でもあるマリーは、頬を鮮やかに染めてへべれけというほどではないが、結構な上機嫌具合でその可憐な見た目とは似合わなさそうな特大ジョッキを掲げていたのである。


 ジョッキの中身の判別は距離もあって不可能ながらも、マリーの様子から推測するにどう考えてもアルコールの類いだろうことは間違いないわけで。


「てか、アルコールの販売って禁止じゃね?」


 ここは曲がりなりにも教育機関であり、未成年である学生が主たる構成員でもあることから、学院内でのアルコールの販売・購入は基本的には禁止されている。

 もちろん、今回のような決闘においても同様である。


 にもかかわらず、マリーはアルコールが相当量入っているだろう上機嫌具合で、いままさに現在進行形でアルコールを摂取している真っ最中という体たらくだ。

 学生どころか教諭に研究員、はたまた出店を出している店員たちにいたるまで。


 ここアリーナにたどり着くまでにも色々な出店を見てきたが、どの店々もアルコールの類いを販売していなかったし、それゆえに購入できるものがいるわけでもなし。


 観覧席を闊歩し、現在も観客に軽食や飲み物を販売している売り子たちも、アルコールらしきものを売っているものは見ている限りではいないようだ。

 つまり、アーサーの推測が間違っていなければ、マリーは自身が持参したアルコールを個人所有の特大ジョッキに手酌─当然ながら、酌華の類いがいるとは思えないので─で注いで楽しんでいるということである。


 教師としてあるまじき姿であるが、果たして彼女はそれでいいのか?

 というより、そこまでして酒を楽しみたいか。


(いや、楽しみたいんだろうな〜。だって、マリーちゃんだし)


 単なる企画者の一人であり、決闘の当事者ではないからとはいえども、なんとも暢気なものである。

 のらりくらりの昼行灯アーサーでさえもびっくりするような、マリーの自由具合である。


 さすが、マリー。「鉄の女皇」の異名は伊達じゃないっ!

 アーサーもここで単位の口ききがなければ、ブチギレ案件と化していたかもしれないが、そこは単位がかかっている崖っぷち状態のアーサーである。


 思うところがないわけではないが、割と大人しく決闘に臨むだけ臨んで単位取得に全力を期したいのだ。

 ここは穏便にすませよう〜と素早く計算したアーサーは、まるで何事もなく、なにも見ていなかったかのごとく視線を観覧席から地上へと戻してくる。


 つまりは、忖度と保身の結果である。

 もう一度声を大にして言っておきたい、忖度と保身の結果であると!!

 実に名残惜しいが、ロマニのもふ毛から顔を離すとアリーナの方へと視線を渡らせる。


 すでにリーゼロッテはアリーナの中央付近で静かに待機していた。

 付き添いをしていたはずのアメリアの姿をそれとなく探すと、アリーナの端の方でひっそりと待機しているのを見つける。


 ちらりと窺った様子では、リーゼロッテ自身はそれほどヒートアップしてはいないようだ。

 正直このバカ騒ぎを前にして、どれだけ怒り狂っていることかと思っていただけに、かなり拍子抜けではあったものの。


 うまくアメリアにガス抜きでもしてもらったのだろう、と見当をつけてアーサー自身もアリーナの中央に向かうべくまっすぐ歩みを進める。

 だが、アーサーなどよりよっぽどリーゼロッテの方が、このお祭り騒ぎ同然の観客たちの様子を見てブチ切れそうではある。


 リーゼロッテ自身は決闘を前に集中しているのか、落ち着いた表情で佇んでいる。

 それが、嵐の前のなんとやら〜なやつであることへの懸念は多少あるのだが、そこはアーサーの管轄外。


 俺が心配することでもないか、ということでまるっと意識の外に追いやることにする。

 この切り替えの早さ、見切りのつけ方こそアーサーである。


 さすが、クズといっても差し支えない応対である。

 そこで、ふとあることに気づいたアーサーがそちらへと視線をやりながら口を開ける。


「あれ、どったの、エミーラ先生? おおかたマリーちゃんに面倒ごと押しつけられたクチ?」

「……余計な口は身を滅ぼすぞ。両名ともそろったな」


 アーサーにエミーラと気軽に呼ばれた女性が、実に嫌そうな顔をしながらも決闘の当事者二人がそろったことを確認する。


「正直おまえが時間通りにやってくるとは思わなかった」

「エミーラ先生も何気にひどい。俺だってやる時はやりますぅ」

「軽口はそれぐらいにしておけ。時間となったため、これより決闘の流れについて説明する」


 ケラケラと笑うアーサーに対し、エミーラは真面目な顔をして時間を確認するや、端的に決闘の流れについて淡々と告げていく。

 エミーラには軽くあしらわれたものの、気にした様子もなくエミーラの声を黙したまま聞きながら、アーサーは口の端を緩く吊り上げた。

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