第17話 魔剣(ほぼ呪いの剣)持ちの『勇者』
アーサーたちには戸惑った様子はない。
が、問われたリーゼロッテの方が投げかけられた内容を理解できず、視線と表情のみとはいえ思わず聞き返してしまう。
そのリーゼロッテの様子に、どうやら話がいっていないばかりが、先ほどの言葉も理解できてはいないと気づいたアーサーは、後頭部をボリボリとかきつつどう話したものかと思案する。
といっても、アーサーが思案していたのはあくまでも、どこまで事情を話すのか、であって、どう説明すれば理解できるのか、ではなかった。
事情を知らないリーゼロッテへ、アーサーはもとより配慮するつもりが一切ない。
正直なところ、アーサーはそのあたりの細々とした説明は、学院側からリーゼロッテへといっていると思っていたのだ。
彼が手ずから行ってもいいというか、それが本来の筋ではあるのだろうが。
しかしながら、彼が直接それをするということにより、リーゼロッテの憤怒を誘発する可能性は無きにしも非ず。
そもそも『勇者』に対して最初から批判的だったリーゼロッテに、アーサーとマリーでもってガンガンに燃料を投下し、思いっきり火に油を注いだ挙句に、諸々の事情と事象を経ての現在の決闘という状況なのである。
面倒くさいという多大なる彼の本音は隅に置き、細かな事情説明をリーゼロッテにすることに対して、若干の躊躇があるのも致し方ないといえるだろう。
ある意味でわかりやすいアーサーの反応にも、エミーラはあえてなにも口にしなかった。
煩わしいという本音を透けさせ、というより隠す気のない様子で、アーサーはリーゼロッテに事情を話すために口を開く。
「んーと、俺の剣は色々特殊だからできる限り鞘から抜きたくねぇんだけど。だめかな?」
てへっとでも効果音がつきそうな表情で聞いてくるアーサーに、今度こそリーゼロッテは絶句する。
なにを言われたのかわからない、というようなリーゼロッテの表情を前にしても、アーサーの態度は一向に崩れない。
「いいよね? 剣術勝負ってだけで、真剣での戦いに限定されてたわけじゃないし」
「……」
「ん〜と、だめ?」
「むしろ、どうしていけると思った?」
未だ唖然としたリーゼロッテの様子に、感じるものがあったアーサーはあざとい表情でその場を誤魔化すように宣っているが。
一方のエミーラの方が、冷静な表情と声音で嘆息まじりに寄越してくる。
この面の皮の厚さと厚かましさがアーサーの真骨頂でもあるのだが、それをリーゼロッテが許容できるとはエミーラも考えていない。
その証拠に、次第にアーサーの信じられないような提案が脳へと浸透してきたのだろう。
リーゼロッテの表情がぽかんとしたものから、徐々に当惑を帯びたものへと変化していく。
「色々特殊……鞘つき……」
「そうそう、そゆこと」
「一応確認するが、貴殿には決闘をするつもりがあるのか?」
リーゼロッテは未だ当惑を拭いきれない表情で、ヘラヘラとした締まりのない顔つきのアーサーへと問いかける。
「一応決闘する気はあるんだよね、これが。俺の大事な大事な単位がかかってるわけだし」
この後に及んでも真っ先に単位のことを口にし、あまつさえ心配する男、それがアーサーである。
彼らしいといえばそうなのであろうが、言うに事欠いて単位のことを、それもわざわざ「大事な」を二回続けて口にするアーサーに対し、リーゼロッテも微妙な表情で反応せざるを得ない。
まぁ、彼女としてもこのような状況において、どう反応したら正解なのかがさっぱりとわからず、気のないような返事をすることしかできないというのが偽らざる気持ちであった。
そんなリーゼロッテの複雑な心境を汲み取るわけでも、察するでもなく。
己の理論を展開してみせるところが、この男が類稀なる美貌を有しながらも、一切モテない男たる所以の最たるものであろうことは、どうかご理解いただけるだろうか。
「今回の決闘って、編入生の希望で剣術勝負じゃん?」
「……そうだな」
「だから、ある意味この剣が鞘つきなのはしょうがないと思うんだよねぇ。むしろ当然、みたいな?」
「……そうか」
「だって、これ魔剣だから」
「そうなのか……って、ちょっと待てっ?!」
気が抜けそうな調子で訥々と口にするアーサーに、なんとも言いづらい表情で相槌とも言えないような返答をしていたリーゼロッテは、とある単語を耳にして思わず制止の声をあげてしまう。
「さっき、おかしな単語が聞こえた気がしたのだが」
「ん? そんな変なこと、俺言った?」
「鞘つきのその剣を、『魔剣』と……」
「んんっ? これのこと? でも、これ魔剣だからさぁ」
戸惑いを深くしているリーゼロッテに対し、アーサーはあくまでサラリと、いや戸惑うリーゼロッテと対比するようにサラッと己が手にしている剣を「魔剣」と口にしている。
そこに戸惑いもなければ、特段気負っているような様子もなく。
ごくごく自然体で己の剣について話しているアーサーに、リーゼロッテの方がこの異常事態を理解できないだけでなく、話についていくことができず完全に全身フリーズしてしまう。
しかしながら緩やかではあったものの、彼の言葉が脳内へと浸透して理解が及んでくるのに従って、フリーズしていたリーゼロッテのなかで諸々のことが、急激な反応とスピードでもって形を成していく。
「魔剣?! 普通『勇者』が持っているべきは聖剣ではないのかっ!」
彼女のなかでの昇降激しいテンションの変化に伴い、思わず口から飛び出してしまったこの場において最も相応しいツッコミに、アーサーはその飄々とした態度も表情も、口調ですら変わることはなかった。
「うん、俺としても断然聖剣の方が良かったんだけどね〜。しかも、これ魔剣は魔剣でもどちらかというと呪いの剣に近いし。だから、師匠も聖剣奨めてくれたんだけどさぁ」
暢気な口調で暢気なことを口にするアーサー。
サラリと、実にサラリと初耳な上に結構重要なことを、かなりさっぱりとした様子で口にしてくれているのは、一体全体どういうわけなのだろうか。
ツッコミどころ満載で、どこから突っ込めばいいのか皆目見当もつかない。
相変わらずふざけきった男であるが、彼自身は至ってふざけているわけではなく、事実彼なりに真面目に返答しているのである。
いわずもがな、そういうところである。
「聖剣にはほら、フラれちゃったから」
「フラれ……っ?!」
驚愕の事実をぶっちゃけているにもかかわらず、アーサーを取り巻いているのはどこかのほほんとした雰囲気であり、空気であった。
よく考えてみなくても、聖剣にフラれる『勇者』。
結構エグい図な上に、夢とか希望とかその他いろんなものをぶっ壊しているのだが。
リーゼロッテらしからぬどこか食い気味の猛ツッコミを入れつつも、彼女は器用にも目を白黒させながら、言葉も発することもできずにただ口をパクパクと動かしている。
まさしく、絶句。そう称するに相応しい反応と態度である。
一方、アーサー当人は先ほどからのリーゼロッテの猛ツッコミにも、ボケ倒している発言がどうにもこうにも目立ってはいる。
だがしかし、彼のなかに悪意があるとか、煙に巻くといったものがあるのではなく、ただ単なる素であり、彼本来の性質が出ているだけといった具合で。
相対しているリーゼロッテの困惑と絶句が、より深まっていっているのも仕方ないことであった。
「リーゼロッテ、で合っているだろうか?」
これまで、リーゼロッテとアーサーのやり取りを様子見というか、無言で見守っていたエミーラがその段になってようやく言葉を発した。
それも、リーゼロッテに向けて。
エミーラの発言にハッと驚いた様子ながらも、素早く反応したリーゼロッテは、小さな頷きを返すことで先ほどの発言を肯定する。
「きみには知らされていないと思うが、そこにいる王子というかアーサーの所持している剣は、正式に学院側の事前検査を受けて承認されている。つまりは、この決闘において使用されるに値すると認められている代物だ」
ただし、「鞘つきで」という制約というか条件つきだがな。
淡々とした調子で紡がれているエミーラの言葉に、これまたリーゼロッテは絶句する。
先ほどアーサーが提示した「鞘つき」という条件は、なにも彼の独断と偏見によるものなどではなく。
むしろ、学院側に剣を事前検査のために提出した際に、承認されるための条件として指示された内容だということだ。
つまり、リーゼロッテも事前に剣を提出して受けた検査を、アーサーも決闘で使用予定の剣を学院に提出してきちんと受けた上で、鞘つきならば使用を認めるという条件づきながらも検査をパス。
さらには、その条件づきの許可の内容に基づいて、アーサーは今回の決闘の審判であり、立会人であるエミーラに決闘前に鞘つきでの剣の使用を明言。
同様に、リーゼロッテにも当然のように話したという、ただそれだけのことであったのだ。
リーゼロッテからすると、非常に信じられない内容というか、驚愕せざるを得ないような内容ではあったのだが。
しかしながら、それが事実であり、真実でもあるわけなので、彼女の立場からどうこう言えるわけがないのは明白であり。
どうやら了承せざるを得ない状況だということを、空気を的確に読んで察した彼女は、どうにも色々と腑に落ちない思いは多々あれども、無理やりにでも己を納得させた。
モヤモヤとした感情が胸中に渦巻いているのを承知の上で、目の前の決闘に備えて集中するためにも、しっかり気持ちを切り替えることが重要だとわかっていたからである。
言い換えれば、それだけリーゼロッテが大変真面目であり、まっすぐな性根の持ち主だとも言えるだろう。
未だ胸中に渦巻くモヤモヤすらも、この決闘という機会に思う存分眼前の相手にぶつけるという、そういった心持ちでリーゼロッテはアーサーと対峙することにした。
言葉にこそ出していないが、アーサーも審判のエミーラも彼女のその心意気を感じ取ってはいるのだろう。
アーサーの表情こそ変わらなかったが、エミーラの顔つきが一層締まったものになったことで、リーゼロッテの困惑も迷いも徐々に落ち着いていく。
「いいだろう」
己のなかに渦巻く感情を鎮めながら、見る分には冷静な顔つきでリーゼロッテが宣う。
実にあっぱれな精神力である。
アーサーの発言内容がトンデモすぎるのはいまに始まったことではないが、この短時間に気持ちの切り替えができるリーゼロッテの胆力と精神力は、感嘆に値するものがあった。
傍から見ているだけだったエミーラだが、内心ではリーゼロッテの切り替えに感嘆していたのだが、当のリーゼロッテがそれに気づくことはなかった。
彼女がそれだけ目の前の決闘に、そして決闘相手であるアーサーへと意識を集中していたからである。
「ほんとかっ」
「あぁ、学院が許可したというのならば鞘つきのままでかまわない」
「あんがとな、編入生〜」
「が、だからといって貴殿に対して手加減するつもりもなければ、気を抜くつもりもないぞ」
「もちろん、それでかまわないぜ」
「……承知した」
気色を滲ませるアーサーに、リーゼロッテは淡々とした調子で言葉を紡ぐ。
アーサーの反応を最後まで見守ることなく、リーゼロッテはエミーラにチラリと視線を送ると、心得たようにエミーラが一つうなずくのが見えた。
「それでは、決闘を開始する」
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