第7話 孤立無援、四面楚歌

「ふ~~~ん」


 ジト〜〜〜〜〜〜。


 実にまともなことを口にしたアーサーを、懐疑心全開の表情で見つめているマリー。

 じっとりとした質量でも伴っていそうな視線が、アーサーの頭のてっぺんからつま先の先にいたるまで、一挙手一投足を一つとして取りこぼすことなく見逃さないばかりに見つめている。


 ジロジロと無遠慮に、これでもかと睨めつけているにもかかわらず、見つめられているアーサーは動じた様子もなく、へらへらとした軽薄そうな微笑を秀麗な美貌に浮かべている。


 マリーの表情どころか、視線や雰囲気にいたるまでの総てがアーサーを怪しいといっている。

 実際のところ、先ほどのアーサーの態度と発言に関しては、彼自身の性根が根っから腐りきっている。


 もとい、その本性がクズでゲスだということを知っている面々からすれば、疑わしくも怪しい匂いがプンプンしていることもあって、疑惑の目を向けざるを得ないのも致し方ないであろう。


 そして、それはマリーに限った話ではない。

 教室中の面々─リーゼロッテだけでなく、ロマニにいたるまで─から、チクチクと針を刺すような懐疑的な眼差しがアーサーへと一身に寄せられている。


 であるからこそ、アーサーの殊勝な様子を目のあたりにしても、どこか嘘くさく、虚構めいて感じてしまうのも当然といえば当然だろう。

 彼の人となり、人間性を知っていればなおのこと。


 室内に渦巻く疑惑を代弁するように、マリーが未だ懐疑的な様子を引っ込めることもなく、じっとりとした視線を向けながら質問を投げかける。


「────────で、その心は?」

「とりあえず、総てがめんどくさい」


 教室内に充満する空気の圧迫に耐えきれず、というわけでもないだろうが。

 キラキラとしたエフェクトが周りに舞っていそうな、先ほどのマリー以上に素晴らしく爽やかなイイ笑顔でアーサーは本音をぶっちゃけてくる。


 いやいやいや。そんな本音丸出しのぶっちゃけなんて、望んでないよというその場にいるメンツのささやかな想いなど、まるで無いものとするかのごとくアーサーは容赦なくぶった切っていく。


 それこそ、竹を割ったようなあまりにも潔すぎる彼の態度と発言に、一部の例外を除いて思わず呆気にとられたようなぽかんとした表情で見つめてしまうほどには。


 稀に見る麗しい尊顔に見合う至極綺麗な微笑であったにもかかわらず、ここまで胡散くささが拭えないというか、どうにも滲み出て溢れ出してしまっているというのも一種の才能ではないだろうか。


 そんな風に、ついつい現実逃避してしまっていることに気づきながらも、誰一人としてアーサーに突っ込むことができなかった。

 とにもかくにも、その内容が大概であったからである。


 現実逃避してなお、呆れかえらずにはいられないほどには、いろんなことがもうダメダメであったのだ。

 やはり、クズはどこまでいってもクズということか。


 なぜかアーサーに言及されていたはずのリーゼロッテすら、茫然自失の体でいるのだ。

 言葉もなく、どこかぼんやりとした彼女の様子だけで、どれほどの衝撃を受けたのかが如実に表れているだろう。


 問いかけたマリーだけは、周囲の呆然とした状態にも気にも留めず。

 むしろ、ものすごいほどの蔑みをこれでもかと入念に込めに込めた実に冷めた絶対零度の双眸で、アーサーを射抜くように見つめていたが。


 視線だけでここまで相手を蔑み、貶め、卑しめているというのもおそるべきことである。

 マリーの表情は相変わらず絶対零度の蔑みをまとっているが、どうせそんなことだろうと思ったとでも言いたげな雰囲気を十二分に醸し出していた。


「リーゼロッテさんのことで、妙にぐだぐだ言ってるから怪しいとは思ってたけど……」


 マリーの特大級の重苦しい溜め息が零されるが、アーサーが意に介した様子は一切なかった。


「王子、もうちょっと言葉と態度を取り繕ってみる努力をしたらどうなの」

「んなこと言ったって、どう言葉にしたところでマリーちゃんは気づくだろ?」

「そりゃ当然よ。あなた、自分がどれだけ胡散くさいかわかってやってるの? だとしたら、相当だわ」

「だったらわかるだろ、マリーちゃん。やるだけ無駄じゃね?」

「そういう問題じゃないでしょ」

「そういう問題ですぅ〜」


 さっきまでのシリアスな雰囲気は霧散して、微塵も残らず。

 しょうもない言い合いをアレやコレやと言いながら続けている二人に、教室内に呆れたような空気がそこはかとなく漂い始めてくる。


 どれほど言葉を尽くそうと、結局のところ当事者の一人であるリーゼロッテを理由というか、隠れ蓑にしてただ面倒ごとから逃げたかったということである。

 それを厚顔無恥にも悪びれもせず、とてつもなく煌びやかな笑顔を携えてはっきりと言い切るわけだからして、周囲の人間が呆れかえるのも当然といえば当然であった。


 「クズだ……」「クズがいる……」と小声でやりとりしていると見せかけて、まったく音量を落としもしていないで生徒たちは言葉を交わしている。

 だが、そんなことでめげるし、凹むようなアーサーではない。


 それがなにか? と言わんばかりの態度で堂々としている、というか踏ん反りかえっている。さすがクズの中のクズである。


「だって、どう考えたって面倒じゃん」


 周囲の呆れるような、侮蔑するような空気など気にせず。

 へらりとした軽薄そのものの表情を浮かべたアーサーが、物怖じすることなくマリーに正面切ってもの申す。


 ただし、その視線だけはマリーの意図を探るように、僅かばかりの鋭い光を宿していた。


「マリーちゃんだって面白がってるだけで、自分が楽しそうだなんて理由がなけりゃ、ここまで強行して食い下がってねぇだろ? メリットがなきゃ、さっきの提案すらしなかったと思うね」

「そんなことありません。面白そうだからということだけで、ここまでしませんから」

「どうだか~」

「ただ単に面白そうだからとか、絶対なんか因縁がありそうからだとか、そういったことは全然ありませんから」

「やっぱり面白がってるだけじゃん!」


 にっこりと満面の笑みを浮かべつつ、全力で誤魔化そうとしているマリーに突っ込むが、アーサーの味方をするような稀代な人物はいなかった。

 まさに孤立無援。


 それでも、アーサーは味方の支援どころか味方してくれるものすらいない状況の中でも孤軍奮闘する。

 その目的が高尚な願いや決意などでは決してなく、決闘絶対回避というお粗末さ加減はあったが。


「ていうか、マリーちゃんのソレが許されて、俺の言い分が一切認められないのはおかしいっ。ぜぇーったい、なにがなんでも、天地がひっくり返ったとしてもおかしい!」

「これが日頃の行いの差よ」

「ドヤ顔で言うことがそれ?! 不条理すぎんのもおかしいでしょうがっ?! どんだけ提案されても、決闘だなんて七面倒くさいことは御免ですぅ〜!!」


 アーサーにはすでに対面も外聞も恥もなく。

 もはや己の主張を通すことに躍起になっている、というより決闘が回避できるならもうどうでもいいと言わんばかりの態度である。


 あまりの捨て身具合に、生徒の一部には「あれはあれで、なんだかんだすごいのでは?」と、一抹の呆れを通り越して感心し始めているものまで出てきている。


 まぁ、普通に考えても決闘を了承した時点で、アーサーの言う通りに七面倒くさいことになるだろうことは明白なわけで。

 ごねにごねているアーサーが、全力でごねて決闘回避の方向に働くのもある意味で当然ともいえるのだ。


 ただ、その態度がどうにもこうにもクズさが拭えないという、ただそれだけなのである。それだけで、ここまで胡散くささが出てくるのも、果たして彼の才能として認めるべきか否か。


 絶対面倒ごとは御免こうむるという表情を隠しもせず、面倒くさいを全面に態度に出しているところからもお察しいただけることだろう。


「王子、なんつーか、残念だな」

「残念すぎるよな、本当。顔がいいのは自分でも認めてるっていうのに」

「顔面偏差値という圧倒的有利と優位を得てもなお、その総て台無しにする王子のゲスさよ」


 低レベルな争いをしているマリーとアーサーを横目に、生徒たちはのんびりとした調子でそう感想を漏らす。


 アーサーのゲスさはいまに始まったことではないが、それにしたって彼のハイスペックさを無に帰すほどのその性根は、いっそ称賛に値するのでは、と密かに思っている生徒たちがいることを本人だけが知らない。


 知らなくてよかったとは思うが、たぶん一生気づかない類いのものであろうことは想像にかたくない。


「忘れているようね、王子」

「……なに?!」

「坊や、ここでは私が法律で正義なのよ!」


 にっこりと花も綻ぶような微笑とともに、かの名言─迷言?─を口にしたマリーに、アーサーが雷に打たれたかのごとき過剰な衝撃を受けている。

 なんだかんだ理由をつけて、とにかく面倒ごとから逃げようという卑しい根性そのままのアーサーに、マリーが苦言を呈した形である。


「わかっているんでしょ、王子? あなたに拒否権なんて、最初からないのよ」

「ぐぬぬぬぅっ」

「なぁ、この茶番いつになったら終わるんだよ?」

「さぁ? 気の済むまでやるんじゃない」


 勝ち誇ったかのような顔でアーサーを睥睨するマリーに、ギリギリと歯噛みしてマリーを睨み返すアーサー。

 そこに、我関せずといった様相で眼前で繰り広げられている茶番に、早々に飽きたらしい生徒たちがいつ終わるのか、と辟易とした表情を隠しもせずに二人を見遣っている。


 室内の生徒たちが、とっとと終わってくれという意思を、そこはかとなく滲ませながら見守る中。

 マリーが花が綻ぶような美麗な微笑でもって、己の優位性を強調するかのようになおもアーサーを追い詰めようと言葉を紡ぐ。


「リーゼロッテさん!」

「うぇ?! わっ、わたし、ですかっ?!」


 蚊帳の外だったところにいきなりご指名を受けたことで、動揺のあまりにうら若き乙女が出してはいけないような音がリーゼロッテの口から漏れ出てくる。

 が、ここは突っ込んではいけない。


 周りの生徒たちも空気を読んで聞こえなかったふりをしている状況下で、湛えた微笑はそのままにマリーがリーゼロッテへと視線を差し向けているのを見つめる。

 思わず呼吸も忘れるように、息を潜めていたのも自明の理であった。


 マリーはただにっこりと笑っているだけなのだろうが、その微笑が大変煌々しく、アーサーにも負けず劣らずの胡散くささを醸し出していたからである。


 新たな茶番が始まる予感に、突然舞台上に押し上げられて当事者にされたことで、緊張感に顔を強張らせているリーゼロッテだけでなく。

 生徒たちも固唾を呑みながらも、どこかうんざりとした雰囲気を漂わせていたのもしょうがないのだろう。


 それを、マリーただ一人が恍惚ささえ窺わせるような微笑で見つめていた。

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