勇者アーサーの物語〜『勇者』であることを疑われていますが、正真正銘予言されし『勇者』兼学生ですがなにか?〜
ひのと
第一章
プロローグ
「これは呪いよ」
そのセリフのインパクトとは異なり、目の前─正確には相手を見下ろすような形だったのだが─の彼女の表情はとても穏やか、かつ静謐を湛えたものであった。
まだ少女の域を出ないその容貌は、可憐で儚げな危うげの中に咲く透明感ある美しさがありながらも、柳のようなしなやかな強さを滲ませるものであった。
そう、彼女は未だ少女なのだ。
大人の女性への階を上がっている途上ではあるものの、まだ成人すらしていないうら若き子女であった。
その少女を眼下にしながら、先ほど彼女から紡がれた言葉を反芻する。
彼女が口にした言の葉たちが、決してその言葉通りの、額縁通りのものではないことを彼は理解していた。
けれども、だ。
その一方で、彼にとっては彼女の口から紡がれたその言葉たちこそが、まさに文字通り呪いそのものでもあったことを、彼だけでなく言葉を発したはずの少女ですらわかっていた。
腕の中にいる細く頼りなく、いまにも手折ってしまいそうな華奢な身体から、刻一刻と生命が流れ出していっているのがわかる。
彼にはそれを止める術も、そのための手段すらも持ち合わせていながら、決してそれらを行うことができなかった。
それこそが、彼に課せられた「罪」であり、また「罰」だったのだから。
双眸から涙が零れ落ちていくのも構わず、視界が涙で滲んでいくのに構うことなく、まばたきすら惜しむように彼は少女の姿を見つめ続けた。
まるで、彼女のその姿かたちを己の瞳に焼きつけるように。
本当は、いますぐにでも縋りつきたかった。
否。縋りつきたかった一方で、縋りつけなかったのだ。
「逝くな」「一人にしないでくれ」「置いていかないで」。
それらの言葉を口にできたら、どれほどかよかっただろうか。
だが、彼こそはそれを口にすることはできなかった。
なぜならば、彼こそが彼女をいまのこの状況へと追いやり、押しやったのだから。
どうして、懇願でしかないそれらを口にできようか。
彼はただ、嗚咽を堪えて腕の中にある身体を掻き抱くようにして抱きしめた。
決して口にできない言葉の代わりに、まるで慟哭代わりでもあるのかのように。
それだけが、彼に許された唯一のことだった。
「泣かないで。大丈夫、大丈夫よ」
謳うように柔らかな声音が、春に降る雨だれのように優しく降り注いでくる。
気力を振り絞ったのだろう彼女の白い繊手が、涙に濡れる彼の頬へとそっと宥めるように添えられる。
「だから、お願い。あなたは─────────」
やっと思いで紡がれた彼女の、最後の言葉だろうそれを耳にして。
彼の意識は、深い闇の底へと微睡むように堕ちていった。
そうして、その日。
彼は見事予言を果たし、文字通り『勇者』となった。
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