2.『チャラチャラ』


 ――この王国の王位継承権は、単純に国王陛下の実子から一位に選ばれるわけじゃない。


 王族の中から最も魔力の強いものが優先的に選ばれる。もちろん、魔力だけで選ばれるわけじゃないらしいが、人望も……この殿下のあの調子じゃどうだろうな、ってとこだ。いや、まあここは人望は置いとこう。仮に殿下が素晴らしい人物であっても、まず無理だろう、ってくらい、殿下の魔力量は少ない。


(……それで、魔法の訓練、ってとこか)


 ちょっとでも、魔法を使えるように。魔力の少なさをカバーできるように。


 オレ、大体のことは一発でできたから教えるの多分うまくねーんだけど。

 殿下が頭いいんだろう、オレが適当なこと言ってもなんか良い感じに拾い上げて、勝手にうまいとこ特訓してくれてた。


(……魔力のコントロールはうめえな。まあ、魔力が少なければコントロールもしやすいんだけどさ)


 魔力が多ければ強い魔法が使えるけど、コントロールはまた別だ。一般的に膨大な魔力を持っていると、コントロールが難しい。


 まあ! オレは天才なのでなんの苦労もなくできますけど!


 それにしても、殿下の魔力の使い方はなんていうか、しなやかだ。


「殿下って、今まで魔法の特訓してたんですか?」

「もちろんだ、王族として生まれた以上、鍛錬は義務だろう」


 殿下はふんぞり返って答える。その間も、オレがやれって言った火のコントロールは絶やしていない。指先に灯った火、その火が風に吹かれても揺らがないように維持し続けるという、地味~な訓練だ。

 ぶっちゃけ、魔力量が少なすぎて、こういう地味なことしかできないのだ。

 もうちょっと魔力があれば、鍋の火のコントロールとかが初心者向けなんだけど。


 今、殿下にやってもらってるのはむしろ上級者向け訓練なんだよな。小さな火が消えないように、風に吹かれて揺らがないように、常に火を支配し続ける。とんでもない集中力がいることだ。


(魔力量はめちゃくちゃかわいそうなくらいだけど、センスは悪くない。コントロールもいい。だけど、どうしようもないくらい魔力量がしょぼいな……!)


 なんか、かわいそうになってきた。


 これくらいのことができる魔術師で、まともな魔力量だったら、学園に入っても絶対成績上位になれるのに。

 殿下のこの魔力量じゃ一年生一学期の試験も落第必須だ。もう約束された補講である。


 学園には魔力量があんまない奴らもいて、そういう連中はどうしても座学でカバーすることになる。逆を言えば、座学でカバーできる制度にはなってるんだが、試験は受けなくちゃいけないからさあ、まあ、なんつうか、胸が痛むよなあ。オレはそういう奴らを振り返っちゃいけない大天才だったから、なんもしてやれなかったけど。


「殿下、そろそろ休憩します?」

「必要ない。この後も予定が詰まっている。ギリギリまで訓練に時間を使いたい」

(い、言うことかわいくねえな、本当にコイツ)


 どういう生き方してきたら八歳でそうなるの? とオレはちょっと引く。


 そして殿下はマジで時間ギリギリまで訓練を続けた。

 懐中時計を見ながら「そろそろだな」とオレが殿下に声をかけようとしたところ……殿下は文字通り、バタン! とぶっ倒れた。


「ぎゃっ、マジかよ――じゃなくて大丈夫っすか、殿下!」


 めちゃくちゃビターンって言ったけど、顔面打ってない? 大丈夫? お顔に傷できたらオレの責任問題にならない? とハラハラしながら殿下に駆け寄って身体を起こす。


「……本棟三階の書斎まで運べ。その間寝てる。着いたら起こせ」


「え」って言う間もなく殿下は本当に寝た。顔色は悪いけど、お顔に傷は無くてよかった。


 まあ、魔力切れだろう。たしかこの後はお勉強のお時間になってたから書斎に連れてけってことなんだろうけど、本当は半日は寝ておいた方がいいのに。


(いつもこんな無茶してんのかね……)


 とりあえず、言われた通りにするしかねーか、と殿下の小さな身体を抱き抱える。すると、お召しになっているマントの中からチャラ……と小さな音がした。


 片手で殿下を抱きかかえながら、マントをチラッとめくって中を覗き込んでみる。

 深い色のマントの裏地に、チカチカと光る小さな何か。


(……王家に伝わる、っていう破邪の守りか)


 殿下の護衛となることが決まった時に上官から話を聞いていた。

 王家に流れる破邪の力を込めて作られた破邪の守りを身につけることで、王家の人間はその身に降りかかる災厄から身を守るのだと。


(……三つしか持ってねえのか)


 そして、破邪の守りを多く身につけることは己の力を誇示する意味もあるのだと、そう聞いた。だから王族の皆様方はこぞって破邪の守りをたくさんぶら下げているんだって。


 殿下のマントに付けられた破邪の守りは三つ。真っ赤なマントにぽつねんとぶら下がっている様は寂しげに見えた。


(……おい、しかもコレ、二個は陛下と妃殿下の紋章が入ってんじゃねえか)


 ――つまり、殿下ご自身の破邪の守りはたったのひとつぽっち、ってことだ。


(うわ)


 オレ、こういうの弱いんだよなあ。

 なんて思いながら、オレは殿下を言われたとおりの部屋まで抱っこで送り届けた。歩くたび、マントからチャラチャラ音が聞こえてくるのがなんか胸に響いた。


 ◆

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