第14話・まるで花火みたいに

 それから、破邪グッズの開発は困難を極めた――。


 試作品を作っては壊され、作っては壊れの繰り返し。でも、殿下を心から愛している工房の皆さんたちの心が折れることはけしてなかった。……壊しているのは私の魅了魔法がやらかしてるせいなんだけど。


(みなさんに頑張ってもらってるんだから、私ももっと頑張らないと!)


 私も気合を入れて、魔力制御技術の向上に励んだのだけど……。そうそう成果は出なかった。

 殿下も「しばらく修行に出てくる」といって何でも夏の時期でも雪が降り積もるという国内最北端にある霊峰で滝行に臨んだらしい。けど、私から漏れ出た魅了魔法を完全に跳ね除けられるようにはならなかった。


「破邪の守りでなんとかする、というのはもちろん最善の手段ではないが……」


 殿下の言葉に私も頷く。最終的な目標としては私たち二人が自力でそれぞれコントロールを極めるしかないのだ。

 互いの感情に結びついてしまっているところだから難しいのだけど。


「だが、もしもお前の魅了魔法を相手にしても壊れない破邪の守りが作れればこれから先、工房の負担も減るだろう。本来今のように大量に生産すべきものではないのだ」

「そうですよね。それに、それはもうすごい破邪の守りを作る技術ができたら今後王家の脅威もそれだけ減るってことですもんね!」


 そう言うと殿下は勝ち気に笑みを深めた。私たちがしていることも、工房の皆さんに全力をとって取り組んでいただいていることも無駄になることは一つもないのだと。


 ◆


 そんな折、私二人に工房から報せが届いた。

 ようやくコレこそはというものが完成したのだ、と。


「……」

「…………」


 そうして勇んで工房に向かった私たちを出迎えたもの。それは。

 とても大きな黒い球体だった。

 工房のお庭にドンと置かれたそれ。

 殿下は背が高いけど、そんな殿下の腰ほどの大きさまである。


 ――でっかい。ものすごいでっかい。


「……コレは」

「申し訳ありません! そうなんです、巨大なんです」


 工房長のティムさんが言うにはコレが新しい破邪グッズらしい。

 丸。巨大な丸だ、どう見ても。

 いつも自信満々の殿下には珍しく困惑の気配が表情に滲んでいた。今までの試作品は、従来の破邪グッズの形状と大きくは変わらないものばかりだったのに、いきなり一線を画したものが出てきたからだ。


「どうしても……クラウディア嬢の魔力に対抗し得る魔力量を収めておけるようにするのを目的としますと、これ以上の小型化が難しく」

「……そうか」

「今はもっともシンプルな形状ですので球体としていますが、持ち運びを考慮して今回の試験が成功しましたら、こう……良い感じに剣とか盾みたいにして、持ち歩いていて不自然のない形に改良いたしますので……」


 殿下は少し複雑そうなお顔をしていた。マントの下に忍ばせてはおけない大きさだものね。殿下といえばマントから聞こえるジャラジャラだ。これが無くなったらちょっと寂しい。剣とかだったらチャカチャカ音は鳴るかしら。


「では、殿下。殿下の魔力をここに」

「……わかった」


 殿下はでっかい球体に手を触れて、すうっと瞳を閉じる。

 破邪の守りは護られる対象となる人物の魔力が注ぎ込まれることで完成するとのことだ。


 しばらくの間、魔力を注ぎ込んでいた殿下は、球体から手を離した途端フラついた。


「殿下!」

「……とんでもない量を持っていくな」


 フラついた殿下の傍らに駆け寄り、顔色を伺うと常に自信に満ち溢れた血色の良い殿下のお顔がうっすらと青ざめていた。私は慄く。なんて恐ろしい球体なんだろう。


「殿下をこんなに疲弊させてしまうほどの魔力を必要とするなんて……!」

「それをさせているのはお前だ、お前」

「や、厄災級って……そういうことですか!?」


 だからそう言ってるだろ、とばかりに殿下と工房長がうんうんと頷いた。 


「まあ、そのなんです、あとはお若いお二人で」


 殿下がフラフラしているので寄り添っている私に親指をビッと指し示して、ピュッと工房長は素早く工房の中に逃げるように入っていってしまった。

 球体と共に庭に殿下と二人、取り残されてしまった。


「ここでいい雰囲気になれ、ということだな」

「……な、なるほど」


 前回はなんだか配慮してもらった気がするが――今回は「じゃあココでムーディに!」となったのは、このでかい球体のせいだろう。

 これをお持ち帰りして然るべき場においてイチャイチャしろと言われるのもそれはそれでハードルが高い。


「あ、あはは、なんか、緊張しますね」

「そういえば貴様、魅了魔法の封印を解いて扱い方は学んだんだろう。もう自覚的に発動できるんじゃないのか」

「あっ」

「……頭になかったのか」

「でででで、殿下こそ! 前回思いつかなかったくせに!」


 フン、と鼻を鳴らして殿下はそっぽを向く。

 こんなんじゃ到底イチャイチャできるわけがない! ならばよし、やってやろうじゃないかと私は気合を入れた。


「えーと、魔術回路を……胸の辺りに集中させて……」

「たどたどしいな」

「い、今集中してますからっ」


 そういえばフラついていた殿下を支えてたから距離が近かった。顔の近くで喋られてこそばゆくって、ひゃーとなる。構築してた魔術回路が霧散していきそう、いや、でも、この気恥ずかしさを後押しにして、イケる!

 私は確信を持って、至近距離の殿下に向けて魅了魔法を発動させた。


「……」

「……今、やったか?」

「や、やりました」


 結果。何ともない。新作破邪グッズのでかい球体も何ともなっていないし、殿下も平然としている。本当に魅了魔法を発動させたのかすら疑わしい眼で私を見ている。


「やっぱりでかいだけのことはあるんですね!」

「……まあ、そうだな、だが、携帯性が悪すぎる。形状は改良を加えていくとは言っていたが……」


 殿下は不安げな眼差しで球体を見つけた。

 剣のような形にするなら、相当大きな剣となるだろう。殿下はスマートな方だから剣も細身の剣の方が似合いそうだが、大剣を携える殿下もきっとそれはそれでカッコいいことだろう。盾よりも剣の方がカッコよくていいなあ。


「とりあえず工房長に報告に行くか」

「そうですね……あっ」


 殿下が私から離れて一歩踏み出したその瞬間、殿下の身体が再びフラッと体勢を崩した。慌てて支えようとするが、私よりもひと回り以上大きい殿下の身体を支えきれず二人揃って倒れ込む。


「……ッ、おい」

「す、すみません」


 助けようと思ったのに、むしろ私の方が殿下に助けられていた。地面にべたんと打ちつけられるかと思われた私の背は殿下の腕にしっかと抱き留められて落下の危機を逃れていた。


「……構わん。俺の研鑽が足りんせいだ。悪かったな」


 殿下は深くため息をつく。魔力のほとんどを破邪グッズの黒い球体に持って行かれてしまい、結果こうしてフラフラになっていることを恥じているのだろう。


「そんな。魔力量は持って生まれたものですし……」

「……厄災級の魔力の持ち主が言うと嫌味にしかならんぞ」

「えっ」


 殿下の努力不足とか、そういうんじゃないと思うよ! と言おうとしていた口を慌てて閉ざす。殿下はため息を重ねた。


「まあいい。とりあえず、平気ならそろそろ自力で立て」

「え? あ――」


 殿下に言われてようやく私は気づく。殿下の身体にぎゅうとしがみついたままだった。密着し、抱きついているとスラリとした見た目よりも存外がっしりとしていて身体の厚みがあるのがありありとわかる。顔だって、今までにないほど近くて。


「すすすすすみませんっ、いま、離れ――」


 慌てて離れようとしたその瞬間。

 ハッとした様子で殿下が目を見開いた、と思ったら、今度は殿下が私の身体を強く抱き抱えた。


「ええっ、でででで、殿下!?」

「……」


 慌てふためく私に対し、殿下の顔には緊張感がありときめきの気配は欠片もなかった。

 一体どうしたんだ、困惑の中、大きな破裂音が殿下の背中から響き渡った。


 ドゴォン、と重たい爆発音と共に砂塵が巻き上がる。

 飛び散った破片は空中でキラキラと光り輝きながら消失した。破邪の役目を果たしたソレは爆散後の安全面も考慮された設計をされているのだ。


 まるで花火みたいだ、と場違いな感想を抱いてしまう。


「……殿下」

「…………ああ」


 顔を見合わせ、どちらともなくフフ、と笑い合う。



 ――失敗、だ。

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