第13話・殿下、お察しいたします
「こいつ、魅了魔法の天性の才があってな。……おおむね制御できるようにはなった。はずなんだが……」
「どうしても、その、殿下相手には……と言いますか……」
白い頬をわずかに染めながらクラウディアと呼ばれたかわいらしい少女が苦笑する。
「……で、殿下の学園での脅威は……彼女だったということですか……?」
「そうなる」
ティムが恐る恐る口に出せば、神妙に頷いた殿下に対し、彼女は大きな目をますます大きくして驚愕をあらわにした。
「でっ、殿下!? 脅威ってどういうことですか!?」
「そのままの意味だ。魅了魔法をぶちまけっぱなしのお前のそばにいると破邪グッズがいくつあっても足りんからな」
「私のことを脅威だと周りにお伝えしていたんですか!?」
「そうとしか説明つかんだろうが」
えーん、と情けない声を出して少女は顔を俯かせ、肩を落とした。
このかわいらしい少女が殿下の破邪の守りを尽く粉砕し続けてきたのか。ティムは思わずゴクリと唾を飲み下していた。
落ち込んだ様子の彼女を腕を組んで不適な笑みで見下ろしている殿下は不思議と楽しげであった。
(殿下! あまりからかいすぎると嫌われますぞ!)
ティムからすれば殿下が彼女のことを可愛くて可愛くてしょうがないという目をしているのがよくわかるが、これはティムが酸いも甘いも知り得た老輩であることと幼い時から彼を知っているからわかることである。微笑ましいというよりもどちらかといえばハラハラとした気持ちでティムは見てしまった。
(……しかし、なるほど……殿下……)
ティムは三代続く破邪の守りの作り手だ。ティム自身に魔力はなく、魔術学園などにも通っていないが、しかし、己が作る装飾具の使命はよくわかっている。呪いや魅了といった魔術についてだけならば宮廷魔術師よりも知識が深いと自負している。
魅了魔法は術者の魔力が強ければ強いほど強制力を増すが、それとは別に個人の感情が強い影響を及ぼす。術者に対して好意的であればあるほど魅了魔法はかかりやすい。それゆえに、魅了魔法の強力な術者は容姿端麗な男女が多い。
(彼女が生来魅了魔法を扱える、ということならばもしかしたら過去に魅了魔法を使役していた人物が祖先にいたのかもしれない)
ティムはクラウディアの人目を引くかわいらしさを見て、そう推察した。きっと彼女の親も整った顔立ちをしているのだろう。
そして、歴代王家でも随一と言われた神童アルバート殿下が彼女に対して尋常ではない数の破邪の守りを爆散させているという事実。二人の間に漂う甘やかな雰囲気。
(……ベタ惚れなんですな、殿下!!!)
殿下は幼少の頃より魔術の訓練を欠かさなかった。破邪の守りを身につけつつも、ご自身の魔力耐性を上げる特訓もずっとしてきている。魔術学園に入るまで殿下の破邪の守りが壊れることはほとんどなかった。
それが魔術学園に入学して一年経った途端、こうも易々と幾度となく途方もない数を爆散させるようになったのはまさしく殿下がこの少女に大きな好意をいただいていると考える他ない。
ティムはつい、殿下が初めて破邪の守りを爆散させた時期、たくさん壊すようになった時期を思い返そうとしてしまった。そんなティムを殿下の咳払いが現実に引き戻す。
「……それで、だ。破邪の守りの強度をさらに上げてほしいと考えているのだが、協力してもらえるだろうか」
「はっ、はいっ。そうですな……」
「現状、どうにかなってはいるがどうしてもその場凌ぎだ」
ティムは頷く。破邪の守りの消費量を考えればその場凌ぎというのはまさにその通りだ。
(技術的には可能だろう。しかし、量産性は落ちてしまう……このクラウディア嬢の殿下にとっては凶悪な威力である魅了魔法を完全に封殺できる強度を実現できねば意味がない)
ともすれば、現状のとにかく数で対抗する方針のほうがマシともなりかねない。
「ええと、では、お嬢様。失礼いたします」
「これは?」
「魔力感知機の一種です。……うん、今は魅了魔法は発動されていませんね」
工房にいくつか用意していたうちから『魅了魔法』の感知に特化したものをクラウディアの目の前にかざす。真鍮の円盤の中央に座した針は動かなかった。
「前はまさに垂れ流しだったが、今は基本的には制御できるようになったんだ」
「なるほど。……しかし」
(良い雰囲気になったりイチャつこうとすると……出るのですな……!?)
魅了魔法に造詣深いティムは察した。魅了魔法の威力に影響するのは受け手側の好意だけではない。術者が向ける好意の強さも大いに影響がある。
きっと凄まじく強力な魅了魔法が殿下限定に放出されているのだろう。ティムは作ってすぐに大量に壊される破邪の守りたちに思いを馳せた。
「……殿下。これをお預けいたします。クラウディア嬢の魅了魔法が発動した際に針が指し示した数値をご確認いただけますか」
「……わかった」
おそらく、数値通りの効力にはならないだろう。互いの好意が相乗し合って数倍強力な魅了魔法となっているはずだ。
殿下はわずかに眉を顰めながらそれを受け取ったが、付き合いの長いティムは「イチャついた時に見といてくださいね」という含みを感じ取ったゆえの気恥ずかしさによるものだろうと察した。
せっかくわざわざこうして二人で来訪してくれたのだ。目の前に見せつけてくれればこの場で済むのだが、さすがにそうしろというほどティムは野暮ではなかった。
「そうですな……。あと、魔力量自体の計測もしておきましょうか」
「あ、私、前に学園で魔力計測をしようとしたら機械を壊したことがあって」
「なんと」
「――仮にだが、厄災級……古代竜クラスの魔力があるという設定でやってくれ」
「古代竜!? ほ、本気ですか、殿下!?」
クラウディアは信じられないという顔で殿下の顔を見上げていたが、ティムは深く頷いた。二人の好意による相乗効果を考えればそれくらいの規模で魅了魔法が展開されているのだというくらいの仮定をしておくべきだ。
今は制御できていて殿下相手にのみうっかり出てしまうことがある魅了魔法だが、クラウディア嬢が学園に入学したてのころは学園中の老若男女、生徒教員技能員寮母問わず全ての人間に対して魅了魔法を展開していたのだと殿下は説明を続けた。
(それは誇張でもなくまさに
ティムはこれから自分が行おうとしていることに対し、改めて緊張感を高めた。
「……」
「やはり、厳しいか。工房長」
「いえ、そうですな……。この老骨にはこれ以上ないほどのやりがいがありますぞ」
「苦労をかけるな」
顔を硬らせているティムに声をかける殿下。ティムが力強く眉を上げ応えると、殿下は優しげに笑んだ。
「クラウディアには引き続き制御技術向上に励んでもらうとして……当然俺自身も魔力耐性を上げていくつもりだ。工房長、大変なことをさせてしまうが……共にがんばろう」
「ええ、もちろんです。殿下!」
「が、頑張ります! よろしくお願いします!」
――殿下の青い春のために、粉骨砕身、やるしかない。
工房長ティム、そして忠誠心に厚い職人一同は大いに盛り上がるのだった。
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