第12話・破邪の守り製作工房にて

 ――王家に仕える破邪の守り職人の朝は早い。


「……この発注書はなにかの間違いでは?」

「いいや、間違いなくこの数が必要だ」


 まだ日が昇り切らない時分、発注書を携えて工房を訪れた彼に工房長は訝しげな声をあげた。


 工房長は目を細めて紙切れを見つめる。何度目をこらそうが、紙に書かれた数字は変わらない。目の前で、首を振るのは敬愛すべき王太子殿下。

 彼の背丈がまだ腰の高さほどだった幼少の頃より彼をお守りするための装飾具の制作を任されている男は己の仕事に誇りがあった。


 今や、首を大きく上げなければ見上げられないほど背が高くなった彼をぐいっと見上げ、男は言った。


「殿下。恐れながら申し上げます。この数の発注は尋常ではありません。なぜこの頻度でこれだけの数のお守りが壊れるのでしょう。学園生活になにか……強大な脅威があるのでは?」

「脅威……か」


 ふ、と彼は薄く笑う。

 ハッキリと答える気はないのだと工房長は察する。昔から頑固なお方だ。


 呪いや魅了といった類の呪文を退ける効果を持つ破邪の守り。王家に生まれてきた人間は常にそれを身につけているのがこの国の風習だ。そういった呪文が禁忌魔法として封印されるようになった今日に至ってもその文化は残り続け、そして実際に王家の人間たちを守ってきている。


 世の中には生まれつき禁忌魔法を扱える人間がわずかに存在している。多くの場合はそれを自覚せず、大した脅威にもならないが、中にはその特別な力を悪用せんとする者も当然いる。想定し得る脅威への対策を欠かすべきではない。


(学園の中にいるのだ、王子の身を脅かす脅威が……)


 工房長の胸が痛んだ。

 しかし、王太子殿下のお力を持ってしても対応しきれない脅威であるならば賢い殿下は王城の人間に報告し、本格的に対策を打ち出すだろう。国王陛下とて、動くはずだ。魔術学園は我が国にとっては重要な教育機関である。そこになんらかの脅威の種があるというならば、国が動かぬはずはない。


 だが、それをせずに王子がご自身で収めようとしているのは「自分で対応しきれる程度のもの」と判断されたことに他ならないだろう。


 工房長は殿下ご自身が判断したことを否定するようなことはできなかった。


「すまんな。苦労をかける」

「いいえ、私はこれが仕事ですから。でも、殿下こそ……」

「ふん、俺を誰と心得る。俺は偉大なる父ジオルグの息子、この魔術大国の誇り高き王の血統を継ぐ男だぞ。この程度の消耗など大したことはないわ」


 破邪の守りは身につける者自身の魔力を籠めることで完成する。

 つまり、殿下はこれからただならぬ量の魔力を破邪の守りに篭めなくてはならないのだ。


「……殿下、どうかご無理はなさらず」

「二度目は言わんぞ。工房長」


 殿下の澄んだ青色の瞳は力強い意志を示すかのように力強く輝いていた。

 工房長はただただ頷いた。


「……工房長、破邪の守りの強度を今より高めることは可能だろうか」

「はっ、理論的に言えば可能ではあります。ただ、今以上に殿下に魔力をご負担いただくことになりますが……」

「俺の負担など構わん。可能な限り限界まで強度を高めてくれ」

「殿下……」


 それほどまでの脅威だというのに、お一人で立ち向かわれるおつもりなのか。工房長は思わず握った拳に力がこもった。

 聞いても教えてはもらえぬだろう、だが、工房長はどうしても彼に対する親心に近しい感情がざわついて仕方がなかった。


 この想いは、彼を守る破邪の守りにこめるしかなかろう。


「ああ、そうだ。工房長。これは今回の発注の報酬金だ」

「……えっ!? で、殿下! 恐れながら、これは、これこそなにかの間違いではっ!?」

「無理を押していつになく量産体制を強いているのだ。これでも足りんくらいだろう」

「で、殿下……ッ」

「持て余すようであれば工房の人手を増やすのに使ってくれ。若手の育成もせねばならんだろう」


 工房長は目頭が熱くなっていた。

 殿下は工房長に対して信頼に満ちた瞳で笑みを見せると、クルリと踵を返して工房を出ていった。マントの下にズラリと並んでいる破邪の守りたちが誇らしげにジャラジャラと音を立てる。工房長もまた、それが誇らしく感じられた。


 殿下が去っていくと、工房長と殿下のやりとりを見守っていた工房の職人たちは工房長をグルリと囲み、「やりましょう!」「オレたちの力で殿下をお守りするんだ!」「殿下、ご立派になられて……」と血気を高めた。


 それから、信じられないほど短期間のうちに信じられないほどの大量の破邪の守りの発注が幾度となくかかることとなるのだが、彼らの士気が下がることはなかった。


 ◆


 それから時は巡り、新年を迎えてからも今日も今日とて破邪の守り職人の朝は早い。


 いや、いつもよりも早かった。王太子殿下から来訪の連絡を受けていたからだ。


「――紹介しよう。クラウディアだ」

「初めまして、クラウディアと申します」

「え、ええ。初めまして、わたくし、工房長をしておりますティムです」


 薄桃色の長い髪、長いまつ毛に丸くて大きな菫色の瞳、どこからどう見ても美少女を王太子殿下が連れてきた。

 ティムが思わずハッとして王太子殿下のお顔を伺ったことを誰も責められないだろう。


 ――殿下、このご令嬢が……そうなのですね?


(殿下の……良い人なのですね……!?)


 思わずそんな感慨にぶわっと浸っても許されるだろう。

 年若い二人の間には確かに甘酸っぱい空気が漂っていた。


 王太子は魔術学園にて生涯の伴侶を探すのが習わしだ。きっと彼女がそうなのだろうとティムは確信した。


「今日ここにクラウディアを連れてきたのは他でもない」

「ええ、ええ。坊ちゃん。……あっ、いえ、殿下」

「俺の呼び方など構わん。単刀直入に言う」


 ティムはわずかに目をパチクリとさせる。

 馴染みの人間に『良い人』を紹介しに来た、それだけではない雰囲気だったからだ。

 殿下が幼い頃は一緒に木登りをしたりしてよく遊んでいたティムとしては「わたくしのようなものにも紹介をしてくださるなんて! 嬉しい!」という気持ちでいっぱいだったのだが。


「こいつの魔力に対抗できる強度の破邪の守りの開発をしてほしい」

「……は?」


 ティムは今度こそポカンと目を丸くした。

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