番外編:第11話・私と殿下の問題

 季節は冬。外気は冷たいけれど、お日様はあたたかくって麗かな昼下がり。

 私と殿下は一学年進級していた。


 学園に入学してもう一年。あっという間のような、長かったような……。学園生活のほぼ半分の期間を殿下と一緒に過ごしていた、ということを思うとちょっと面映い気持ちになる。


 いつもの第二校舎裏でのんびり日向ぼっこをしている私たち。すぐ隣に座っている殿下の横顔を眺めながら「えへへ」と笑うと、殿下のマント下でパァンと音が鳴った。


 え……今の、アウトダメなんだ……。

 思わず目を丸くして殿下を凝視する私。殿下は整った眉を顰め、ごほんと咳払いをした。


「今のは……」

「お前が悪い」

「ええっ」


 殿下と一緒にのんびりしていられるの幸せだなあ、と思っていただけなんだけど、どうもその気の緩みで魅了魔法が漏れ出たらしい。そして、パァンと。


 ……結構な頻度でなるんだよな。パァン。


「……殿下。私、ちょっと思っていることがあるんですけど」

「なんだ」

「私の魅了魔法が元凶というのは、そうなんですけど……でも、殿下受け手のほうにも問題があるのでは……?」

「この俺に問題があると?」


 二重で切長の青い目がスッと細められる。


「あのー、つまりはですね、で、殿下が私にキュンってなるたびに破邪グッズが爆散しているなら、殿下……の努力も必要なのでは……!? と……」

「…………」

「……えーと」


 真顔になると直視し難いほどの美形が際立つ殿下のご尊顔に怯みつつ私は苦笑いを浮かべて、胸の前で両手の指をちょんちょんと突き合わせた。


 自分で言うには恥ずかしいが、私と殿下が一緒にいて殿下の破邪グッズが弾けてしまうのは、要はこういう理屈だ。


 私が殿下に「カッコいい!」と思ったりドキドキしたりすると、制御しているはずの魅了魔法が漏れ出る。

 殿下は素の魔力耐性も強いお方だけど、私に対して、こう、キュンとかなると魅了魔法のかかりが良くなるようで、そういうわけで破邪グッズが爆散する。


 風が吹けば桶屋が儲かる的なそういうわけで、私と殿下が、こう、いい雰囲気になると破邪グッズがパァンするのだ。


 私は国家神殿に封印されていた魅了魔法の封印も解いて、あの魔法の使い方や発動時の感覚を知ることで魅了魔法の制御が可能となった! はずなんだけど。

 実際、殿下と一緒にいるときも常に魅了魔法垂れ流しではない。普段は制御できている。でも、こう、ちょっとした時にどうしても漏れ出てしまう。


 こう、こう、こう……。こう、頭の中でさえうまく言語化できないんだけれど、こう、こうだ。


「――それは、俺も考慮しとらんわけではない」


 殿下の低い声が響く。

 私の拙い言葉でも聡明な殿下は汲み取ってくださったようだ。ホッとする。


受け手の問題も大いにあるだろう。それは否定できん。認めよう。お前にばかり頑張れがんばれとそればかり言って、俺だけがあぐらかいて偉そうにしているわけにはいかんとも思っている」

「で、殿下!」


 殿下のお言葉に思わずキュンとなる。多分魅了魔法は今漏れたと思う。――けれど、今回は破邪グッズは爆散しなかった。殿下が私の言ったことに真剣に応えてくれているおかげか。


「……魅了魔法は元々好意を抱いている相手に対しては特に効果が強まる」

「は、はい。以前も仰っていましたね」

「だから、言ってしまえば……俺は貴様にものすごい弱い」

「……え?」


 二重の線がクッキリとした殿下の目が真っ直ぐに私を見つめていた。


「破邪の守りがなければとっくに俺は貴様の魅了魔法にやられているだろう」

「殿下……」


 実際に破邪グッズが景気良く弾けまくっている現状を見ればそれは明らかだった。殿下は切なげに眉根を寄せ、口元に手をやりながらはあとため息をついた。


「どうにかせねばとは思う。思うが……」

「……が?」

「貴様の魅了魔法の効きを悪くする……いや、俺が耐性を上げるということ、それは貴様のことなどなんとも思っていないぞ、と自分に言い聞かせることになる」

「そういうことに……なるんでしょうか……」

「それは俺の本意ではない。だから悩ましい」

「うーん……」


 殿下は心からお悩みのようだった。


「その、でも、なにかこう……なんとかならないんでしょうか。私が魅了魔法の制御の精度を上げるのはもちろんですけど、殿下も……こう、なにか……ないんでしょうか……」


 何をどうしたら解決に向かうのかの案も、何をどう言うべきかもいまいちピンと来ず、ろくろを回しながらしどろもどろに言う私に殿下は片眉を吊り上げた。


「なんだ、煮え切らん言い方をする奴だな」

「うーん、その、なんと言えばというか、どうしたらいいんだろうというか……」

「……クラウディア」

「は、はい」


 名前を呼ばれ、ピッと姿勢を正す。告白の日に互いの名を呼び合った私たちだけど、名前を呼び合っていると緊張してパァン率が上がるので結局今でも平時は「殿下」「貴様」あるいは「お前」と呼び合うことの方が多かった。ちなみに心なしか「貴様」じゃなくて「お前」率が上がったような気はするけど。

 だから、名前を呼ばれるとどうしても緊張してしまうのだ。


 ドキドキしながら殿下の青い瞳を見つめる。少し不機嫌そうな面持ちのまま殿下は口を開いた。


「――俺がお前のことが好きで何が悪い!!!」

「え。……えっ!?」


 開き直った!?


(わ、わたし、いま、す、すごいこと言われた!?)


 とにかくビックリして目を丸くし、それから時間差で頬が熱くなってくる。

 王太子殿下のお顔は真面目そのものだ。威厳すら感じる真剣さだ。私は殿下のお言葉を否定できるはずもなく、ふるふると首を横に振る。


 そんな私を見て、うんうんと殿下は頷くとわずかに笑みを浮かべた。

 ちょっとドヤ顔じみた表情だ。これだけ開き直りでふんぞりかえる姿が堂に入っている人はそうそういないと思う。


 殿下は「それはそうとして」と前置きをした上で、再び真面目なお顔になった。


「……だが、このまままともに口説けんのも困る。お前も気にしていたならちょうどいい。今度の休みの日を空けておけ、協力してもらいたいことがある」

「く、くどくっ?」

「なんだ、俺に口説かれたくはないのか?」

「えっ、えっ」


 きょとんとした殿下の顔がグッと近づく。私が目をパチパチさせて戸惑っているのを見て、殿下はわずかに目を窄めた。


「……」

「好きだ」

「ひっ」


 パァン。


 一言言われただけでアッサリと私は魅了魔法を漏らして、殿下の破邪グッズの一つを爆散させた。殿下はわざとらしく大きくため息をついて肩をすくめた。


「――てんでお話にならんな」

「す、すみません」

「まあわかりやすいのは助かる」


 破邪グッズは弾けたけど、なぜか殿下は先ほどの顔とはうって変わって少し機嫌よさそうに笑った。


(……この理屈でいうと、わかりやすいのは殿下もなのでは……)


 うーんと首を傾げた私の腰を殿下はそっと抱き寄せて、ますますお顔を近づけた。


「で。殿下、その、」

「何も気にせんでいいのならよかったんだがな」


 俺が魅了魔法にかかるわけにはいかん、と殿下は低く囁く。むず痒くて身じろいでしまった。


 なんだか空気が甘ったるい。寮の友達の間で流行って貸し借りされているちょっと過激な恋愛小説を思い出してしまった。


 恥ずかしくて真っ赤になっていると、殿下が少し眉を下げ困ったように小さく笑いながら私の髪を撫ぜた。上目遣いに見上げるとバチッと目が合い、殿下の手のひらがスルリと頬を滑る。腰を抱く力が少し強まり、そして……。


 パパパパパァン!!! と場にそぐわぬ破裂音がハーモニーを奏でた。

 チッと殿下は舌打ちをする。王子様なのに。舌打ち。学園生活で覚えたのだろうか。


「……いちいちこうなっては敵わん」


 マントを直すために殿下の手が離れた瞬間、私はバビュッと距離をとって、震える指先を殿下に突きつけた。

 今の、今のって……とっても甘いあの空気って……。


「いいいいいま、ちょっとえっちなこと考えてませんでしたか!?」

「――は? おま……。……いや。…………なるほど」

(なるほど!?)


 私のうわずりまくりの声に一瞬ポカンとした殿下だけど、なぜか一人で何かに合点したようで、すぐに少し口角を吊り上げた悪い笑顔をニッと浮かべられた。

 なにが? なんで?

 何に納得した?


「まあそれは今後の参考にしておこう」

(や、やっぱりえっちなこと考えてるんだ!)


 甘い空気に耐えられない私はそう決めつけて、涙目を堪えて殿下を睨んだ。

 殿下はなんだか楽しげに意地悪な顔をしていた。


 まあ、それはさておき、私たちは今週末に殿下の破邪グッズを作っている工房に赴くこととなったのだった。

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