第15話・殿下と私のこれから

「……悔しい、ですな」


 工房長は小さくかぶりを振りながら、一言漏らした。

 きつく眉間に皺を刻み、心の底からの無念さを滲ませていた。


「工房長……」

「いえ、わたくしもまだまだ先は長い。どうかこの老骨の命の灯火が消えるまでに開発してみせますぞ、クラウディア嬢に……拮抗できる破邪の守りを……!」

「……苦労をかけるな」

「なぁに、やりがいがありますよ! 待っていてくだされ、殿下!」


(……私、やっぱり厄災古代竜級の脅威なんだろうか……)


 燃え上がる工房長としみじみと頷く殿下を見て不意にそんなことを思ってしまう。


 工房長が試作を重ねた成果の巨大球体破邪の守りは見るも無惨に爆散した。大きさが大きさだけに爆発の規模も大きかったが、こだわりの安全設計のおかげで被害がなかったのが幸いだったろうか。


 それにしても、発動させようと思って使った魅了魔法では大した効力はなかったのに、殿下と密着してドキドキしてつい漏れ出た魅力魔法ではああなってしまうとは、どうしてだろうか。


(……感情が強く影響するとは聞いているけど……)


 なんだか先が見えないなあ、なんてことを思ってしまう。私が、私たちがこれを乗り越えられる日は来るんだろうか――?


「現状はやはり数でなんとかするしかないな。引き続き、負担を強いることになるが……」

「なあに、構いませんよ! 我々はそれが仕事なのですから! ですので、どうか殿下はお嬢様と末永く……」


 工房長の言葉に同調した職人たちが「そうだそうだ」と声を上げて私たちを応援してくれた。


(……破邪グッズが大量に壊れるたびに「あ、コイツら良い雰囲気になったんだ」って、思われるのね……)


 そう思うと自然と気持ちが引き締まる。……がんばろう、頑張ろう……!!!


 ◆


「……結局、うまくいきませんでしたね」


 工房から学園の寮に戻る帰り道、馬車に揺られながらポツリと呟いてしまう。

 小さな車窓からは西日が差し込んでいて、眩しさに目を窄めると殿下が備え付けのカーテンを下ろしてくださった。


「やむを得ん。みんな良くやってくれた。……仮に今回の試作が上手くいっていたとしても、俺たち自身で解決を目指していくことには変わらんのだから」

「はい! ティムさんも……きっとやってくれそうな雰囲気でしたしね!」


 ああ、と応える殿下の瞳には工房長への信頼に満ちた輝きがあった。

 が、ややあって殿下ははあとため息をつき、顔を曇らせる。物憂げに伏せられた瞳のまつ毛が長くてドキリとする。


「……だが、仕方がないな。お前を婚約者として父と母に紹介するのはまだ先か」

「え?」

「え、ってなんだ」


 目を丸くした私に対して殿下は怪訝な声を出す。


「えっ、いえ、急におっしゃったから!」

「伴侶を魅了魔法の餌食にする恐れのある女を国の妃にしたい、とは言い難いだろう」

「……おっしゃる通りで……」


 胸に誓って殿下を操ってよからぬことをするなんて気はいっさいないが、それを証明する手立てもない。


(で、殿下、そんなふうに考えてくださっていたのね……?)


 一応、告白は済ませた。想いは通じ合わせた。殿下から、「妃にふさわしいのは貴様しかおらんだろうが」とは言われた。今の関係は『恋人同士』とは認識していたし、ゆくゆくは結婚そうなるのだとは思っていたけれど。


 内定するのは、正式に婚約者となるのは殿下か私が学園を卒業する頃かなあ、なんて呑気に考えてしまっていた。


「殿下、もしかして、最初からそれが目的で……?」

「そうだ。そう考えていたところにお前がアレコレ言ってきたからな。ちょうどよかった」

「……ただただイチャつきたいから、ってわけじゃなかったんですね!」


 実はちょっと冷静になったときに「あれ? コレ、僕たち私たちがイチャつきたいから破邪グッズもっと強力なやつにしてよろしくお願いしまーす」って言っているのと一緒だな? と思って一人で恥ずかしくなったりしていたのだ。


「当たり前だろう。せめて、破邪の守りでもう少し防げるようであれば紹介もしやすかったが……」

「す、すみません」

「仕方がない。……お前が悪いわけじゃないだろう」

「でも……」


 私が魅了魔法なんて厄介なものを使えるせいでこんなことになっているのに。


「……どちらかといえば、受け手のせいだ」


 殿下はまたため息をつく。今日の殿下は、ため息が多い。


「殿下」


 まつ毛が濃い影を落としていた。窓を閉ざし、薄暗くなった車内で殿下の整った顔立ちがいつになく際立って見える。


「……正直に言えば、お前が制御しきれずに魅了魔法を漏れさせることを内心喜んでいる俺がいる」

「えっ」

「お前の魔力制御の技術はもはや国選特級魔術師以上だ。それでなお、俺の前では不意に制御できなくなるのかと思うと……少なくとも、そのくらいには想ってくれているのだと考えてしまう」

「……」


 どうしよう、恥ずかしすぎて言葉が出てこない。

 馬車の中が暗いせいでいつもよりも瞳に輝きの少ない青い瞳が物憂げさもあってか、なんだか色っぽくすら見える。


「そんなことを考えているから、俺はダメなんだろう。……俺にもう少し自制心があれば破邪グッズもここまで壊れないだろうに」

「そ、そう、そうですか……」


 ふ、と殿下は自嘲気味に笑う。

 今日の殿下は……魔力が枯渇状態にあるからだろうか。総合的に見ていつもより弱々しいというか、あの堂々然たる殿下とは違う雰囲気だ。こんなふうに笑う人じゃないのに。

 見慣れない表情と吐露された本音にドギマギしてしまい、私は挙動不審に目線をキョロキョロとさせてしまう。


 しかし、顔を上げた殿下と目が合うと、殿下は少し首を傾げて眉を上げて堂々と言い放った。


「だが、俺がお前を好きだということを改める気はさらさらないがな」

「……でんっ……」


 一転して、勝ち気な表情でニヤリと笑って言った殿下に私は撃沈した。


 ――具体的にはマント下の破邪グッズがパパパパァンと爆ぜた。

 うん、この景気の良い破裂音がいい。工房長が作ってくれたアレは盛大すぎた。


「がん……がんばりますぅ……」

「そうだな。……頑張ろう」


 にこ、と微笑む殿下に小さく頷いて返すのが私の精一杯だった。


 寮に到着するまで俯いていた私の顔はきっと終始真っ赤だったと思うけど、幸いなことに殿下の破邪グッズがこれ以上爆散することはなかった。


======

番外編も以上で完結です。

最後までありがとうございました!


書籍では、番外編は含まず、本編の内容のみでクラウディア一年生の1年間を加筆して書いてます。

よろしければぜひお手にとってお読みいただけたら嬉しいです!

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