番外編・媚薬十本飲み干さないと出られない部屋に閉じ込められた件(前編)

「――媚薬を10本飲まないと出られない部屋……!?」


 私と殿下が迷い込んだ空間。

 小さな部屋だった。白い壁に囲まれたそこには巨大なベッドとささやかなサイドボードしか置かれていなかった。


 落ち着きなくベッドしかない部屋中を見回していると、白い壁に不意に浮き出てきた文字――。


 書いてある文字を咄嗟に音読する私。……媚薬を、10本飲まないと出られない……部屋……。


(媚薬って……)


 困惑のあまり二の句を告げないでいると、私の横で殿下がチッと舌打ちをした。


「……悪いな、間違いなく狙いは俺だ。巻き込んですまない、クラウディア」

「えっ、い、いえ、そんな……」


 とんでもない部屋に閉じ込められたのに、殿下は至極真面目な顔をしている。状況についていけていない私とは対照的に、殿下はこの部屋の目的を瞬時に察知したらしい。


「おおかた、俺を失脚させるための謀略だろう。俺を王太子にしておきたくないやつのな」


 王位継承の争い……わあ、小説とかじゃ『あるある』だけど、目の当たりにするのは初めてだ。

 目の前の人が『王太子』なのだと改めて実感する。


「……あれ? でも、殿下って一人っ子ですよね?」

「なにも王位継承権を持つのは直系の子だけではないということだ。……ふん、くだらん」


 殿下は眉根を寄せたまま、小さくかぶりを振った。


「あるいは、この醜聞をもって俺を脅そうと考えているか……。どちらにせよ、愚か極まりないな」


 殿下は心底見下した様子でその『誰か』を嘲り笑った。


「俺がいい年ごろの女といるのを見て、狙いどきと思ったか」

「……えーと」


 ちょっと気恥ずかしい感じがして、頬をかく。

 殿下はため息をひとつついて、目を眇めて言った。


「……お前はまだ正式な婚約者ではないからな。今のこの状態でなにかあったら、大問題だ」

「…………」

「照れるな、単なる状況整理だ」

「はっ、は、はい」


 赤くなった私を殿下が嗜める。そ、そう、そうなんだけどね。わかってるけど、どうしても。

 『媚薬を10本飲まないと出られない部屋』なんて場所に閉じ込められているのに、殿下は冷静ですごい。


「……あの。私、やっぱり殿下のお嫁さんにはふさわしくないんじゃ」

「お前の身分が問題なわけじゃない。ここで問題視されるのは、未来の王たる人物がいっときの衝動で無計画に女を孕ませるという軽率さだ。この程度のリスクを想定せず己の欲だけで行動するものが王たり得ると思うか?」

「……なるほど……」


 頷きつつも、私はまだ疑問であることを殿下に問うた。


「なんで媚薬なんでしょう? その……そういうのが目的なら、え、えーと、そ、そういうことをしないと出られない部屋、とかにしたほうが確実そうなのに」


「あくまで『俺が自発的に』したという状況を作り上げたいんだろう。この部屋は『媚薬を10本飲め』と指定しているだけだ。媚薬を飲んだ結果、俺が性行為に及んだとしたらそれは俺の自発的な行為と解釈されやすくなる。『性行為をしろ』という強制力を持った部屋ならば……まあ、行為に及んでも多少は情状酌量されるはずだ」

「……で、殿下ってハッキリ言う人なんですね」


 殿下のよく通る声で私が明言を避けたワードを連呼されて、つい恥ずかしくて耳が熱くなった。いつも堂々としている殿下らしいといえばそうなんだけど。


「この言葉そのものがいやらしいわけじゃないだろうが」


 殿下に呆れた目で見られた。ごもっともである。もじもじと指をツンツンしていた私はしゅんとなる。


「馬鹿馬鹿しいことこの上ない部屋だが、とんでもない高位魔法によって作り上げられている。これほど複雑な魔術式を組み上げて魔法を展開できるような人物は限られている。その辺の小悪党の仕業ではないだろう。……フン、本当にくだらん」

「殿下、思い当たる人がいるんですか?」

「何人かはな。この規模の魔術式を組める魔術師には心当たりがある」


 どう考えても技術と魔力の無駄遣いみたいな部屋だ。

 まともに考えたら酔狂どころの騒ぎじゃないけど、きっとやっている本人たちは大真面目なんだろう。殿下も大真面目に考察している。私も気持ちを引き締めなくちゃ……! 媚薬に惑わされちゃ、いけない!


 と、ここで急に壁に絵が映し出された。

 絵? いや、なんだか動いてる……。ネズミがいっぱいいる。


「あっ、あれ、この部屋にある小瓶と一緒だ」


 壁に映し出された図像には、透き通った箱の中にいれられたネズミ。そして、顔は映っていないけど、誰かがこの部屋に置いてあるものと同じ小瓶を手に持って、何やらスポイトで取り出し……あっ、水と混ぜて薄めてる?


 図像の中の人は、薄めたものを再びスポイトで吸い出して、箱の中のネズミに与えた。


 ……すると……。

 

「きゃ、きゃー! ネズミさんがすごいことに!」


 ネズミが!! わらわらと! すごい! す、すごいことに!?

 わらわらと! わらわらと!


「真面目に見るな、バカ」

「きゃー!?」


 ネズミさんがすごいことになってた!! と思ったら秒も立たずに殿下が壁の対角線上にあったらしい『何か』を魔法で破壊した。それにより、壁に映った図像はキレイに消え去ってしまう。


「そ、それ、なんですか?」

「最近開発されている魔術による『投影技術』……の最新機だな。つくづくくだらんことに技術力を無駄に費やすやつらだな……」

「すごい、絵を映し出せる技術があるのは知ってましたけど、あの……動いてる絵? も映し出せるんですね」

「ああ、だが、研究真っ只中の極秘技術だ。……お前のお父様とかにも言わないようにな」

「は、はい! 肝に命じます!」


 殿下が唇に人差し指をあてながら言う。私も同じジェスチャーをしながらコクコクと頷いた。

 ……お父さんの商売は貿易がメインだけど、もしもこんなものが一般化して売り出されることになったら……間違いなく大注目商品になるだろう。お父さん商売人には絶対にまだ教えちゃダメな話だ。


「……しかし、本当に無駄な技術力で作られているな。いくら特大魔法を使っても壁にヒビひとつ入らんとは」


 感心しているのか、呆れているのか微妙な声音で殿下はしみじみと呟く。


「強力な制約がかけられている。……指定通り『媚薬を10本飲み干さないと出られない』か……」

「ズラーっと並んでますね、媚薬の小瓶……」


 殿下がバンバン大きな魔法をぶつけてもビクともしない部屋だ。物理的には壊せそうにもない。


 そして、さきほどの動く絵? で見た、媚薬の効き目……。多分、ネズミの体の大きさに合わせて薄めていたみたいだけど、それでも、どえらいことになっていた。

 これを飲んだらこうなるんだぞ、という警告……か、あるいは煽る意図で、超技術を無駄遣いして私たちに見せつけたんだろう。


 それでも、この部屋を出るには、アレを飲まなくてはいけない――私はぐっと眉を引き締める。


「ごめんなさい、あの、媚薬の効き目を考えたら……その……体が大きな殿下にちょっと多めに飲んでいただいたほうが、いいと思うんです。私が4本、殿下は6本で……がんばりましょう!」

「何を言ってるんだ、貴様は」

「うっ……。じゃあ、わ、私も、5本がんばります! どうなっちゃうかわかんないけど」

「アホ。貴様は一本たりとも飲まんでいい」

「ええっ!?」


 驚愕のあまり目を丸くした私に殿下は尊大に腕を組みながら眉をつりあげる。


「俺が全て飲み干す」

「殿下! 正気ですか!? びっ、媚薬ですよ! さっき一瞬、み、見たじゃないですか! ネズミさんが! すごいことに! ネズミが! 殿下!!」


 さっきのわらわらを脳裏に浮かべながら私は懸命に殿下を引き止める。

 でも、殿下は静かに首を横に振った。


「貴様を巻き込んだのは俺だ。俺が全て飲むのが筋だろう。……そもそも」


 殿下は大きくマントを翻した。

 マントに備え付けられた破邪グッズがジャラジャラとこの狭い空間に小気味いい音を響かせる。


「この俺様に、媚薬などは効かん!」


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本日コミックス一巻が発売されました!

ぜひみなさんに読んでもらえましたら嬉しいですの気持ちを込めて、久しぶりに番外編更新です(なろうからの転載です)

今日から毎日ストック終わるまで更新していきます。

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