番外編・媚薬十本飲み干さないと出られない部屋に閉じ込められた件(後編)

 ――ほんとに!?


 衝撃すぎて声には出てこなかった叫びを頭の中だけで響かせて、私はドンと大見えを張った殿下を見つめた。


 殿下はサイドボード上に並んだ小さな小瓶ひとつ手に取ると一気にあおる。殿下ののど仏がゴクリと上下した。

 私はそれをハラハラとした気持ちで見つめる。


「……フン、この程度大したことないわ!」

「で、殿下!」


 殿下は形のよい眉を威勢よくあげて、いつもの勝ち気な笑みを浮かべた。

 思わず私は拳を固く握りしめて殿下を見上げてしまう。


 ――カッコいい……!

 

「ほら、さっさとよこせ。いちいち蓋を開けるのも面倒だ、蓋を開けてこっちにどんどん渡せ」

「えっ、は、はい!」


 本当にいいのかなあと思いながらも、私は命じられるがままにせっせと蓋を開けて殿下に手渡していった。


 最後の一本。飲み干して、殿下はぐいっと乱雑に口元を拭う。


「……ハッ。この程度か。とんだお笑い草だな」

「で、でんか。なんとも……ないんですか?」

「媚薬の10本程度に呑まれる俺ではない!」


 殿下はとても媚薬10本を一気飲みしたとは思えない自信に満ち溢れた表情でドドンと胸を張った。本当に、なんともなさそうだ。普段通りの不遜な殿下。そのお姿に私は思わず感動する。


「すごい、殿下! 媚薬10本も飲んでこんなにカッコいい人他にいませんよ!」

「フハハハ! そうだろうな!」


 思わずキャッキャとはしゃぐ。

 殿下は本当にカッコよかった。殿下の高笑いに合わせて破邪グッズもジャラジャラいってた。


「でも、扉……開きませんね」

「当然だな。飲んですぐに開いたら意味がない。対象が10本の媚薬を飲み干してから一定の時間を経過しないと解放されないように設定してあるんだろう」


 今さっき媚薬を10本飲み干した人とは思えないほど冷静な分析を殿下は淡々と口にした。


「そっか……術者の狙いは……その、アレ、ですもんね……」


 さっきの、ネズミさんがすごいことになってた、アレだ。

 私はしみじみと頷く。


「おい、こっちに来い」

「えっ」


 殿下に呼ばれ、つい心臓が跳ねた。なにしろ、こっち……というのは、ベッド、だ。

 でも、このシチュエーションでベッドに二人……というのは。

 もじもじとしている私に殿下は呆れ声を浴びせた。


「部屋の面積の9割9分がベッドなんだからしょうがないだろ。ずっと突っ立っている気か?」

「は、はっ、はいっ。行きますっ」


 慌ててベッドによじ登る。と、私が知っているベッドとは違う感触がしてびっくりした。なんだかブヨブヨとしている。


「で、殿下! このベッド、揺れます!」

「そうだな。あんまり揺らすな」

「む、難しいんですが!?」


 ようやくの思いでベッドの真ん中まで這っていった私を迎えると殿下はうむ、と頷き、トランプの箱を突き出した。


「時間が来るまで開かんのはどうしようもない。――おおいに遊ぶぞ、クラウディア!」

「はい! 殿下!」


 殿下の威勢がやたらとよいので私も元気よく返す。殿下もヤケクソなんだろうか、一周回って楽しそうにすら見える。


「全く。これぐらいしかマトモなものがなかった」


 殿下は忌々しげに呟き、ベッド脇の狭いスペースに置かれているサイドボードに目をやった。三段くらい引き出しがある。いつの間に殿下はチェックされたんだろう? 行動が素早い。


「他にも何かあったんですか? 私も見たいです!」

「いや、お前は見るな」

「ええっ」


 これぐらいしか、というから他にも何か遊べるおもちゃみたいなのがあるのかな、と思ったのに。


「もう。遊ぶものなら私の方がきっと詳しいのに」


 殿下は王太子だから、庶民の遊びにはあまり明るくないんだろう。殿下にとったらよくわからないものでも、私から見たらお宝の山かもしれないのに。

 殿下はむくれている私が失礼なことを考えているというふうに受け取ったのか、不機嫌そうに露骨に眉をしかめた。ギンッと鋭い目つきで私を睨む。


「なんだ? 貴様、俺の選択に不服があるのか?」

「いいいいえっ」


 圧強めの不機嫌顔に大慌てで首をぶんぶん振った。


「そうだろう、そうだろう。この俺に感謝するがいい。先祖代々から末代に至るまでな!!」


(なんでトランプ持ってきてもらっただけでこんなに偉そうにされるんだろう……!?)



「……えーん! また負けた〜!」

「ハハハハ! 当然の結果だな!」


 殿下とベッドの上でトランプ対決! を始めて、何時間が経過しただろうか。

 私はありとあらゆるゲームで殿下に敗北し続けていた。

 手心を加えないあたりが殿下らしい。


 白熱したカードバトルだったけど、いい加減そろそろこれで最後の勝負にするか――と言っていたのだが、見事に最後の最後の勝負でも負けた。


 悔しくてベッドに仰向けにゴロンと大きく倒れ込むと、チャプチャプと音を立ててベッドが揺れる。


「……! 扉、開きましたね……!」


 そして、タイミングよくこのとき部屋の扉の鍵がカチャリと開く音がした。


 殿下と二人、ベッドから降りて扉に向かい、緊張と共にドアノブを回すと呆気ないほどあっさりと扉は開いた。


(よかった……出られた……)


 殿下はやっぱりすごい。媚薬を10本一気飲みしても、全然なんともなかった。


 殿下、本当にカッコいい。媚薬10本も飲んで、こんなにカッコいい人、殿下しかいないと思う。私、殿下みたいな人のことを好きでよかった。


 私のキラキラとした眼差しを受けて、殿下はフッと少しキザに笑ってみせる。


「どうせいつも普段からなにかと我慢しているんだ。今さら媚薬を10本、20本飲んだところでそう変わらん」

(……普段? いつも? 我慢? そう変わらん??)


 ふと、気づく。いつもだったら殿下と一緒にいたらお約束のように響く破邪グッズが爆散するパァンの音。


 ――あの部屋で、パァン音が響くことは一度もなかった。


 なぜだかそれがとてつもなく恐ろしいことのような気がして、私は深く考えることをやめた。




「……うっわ。え、なに? は? 『媚薬10本飲み干さないと出られない部屋』に閉じ込められて媚薬10本飲んだ? いろいろ正気の沙汰じゃないんだけどマジで? うわ、お疲れ様で〜す……えっ、これから殴り込みに行く?? あー、まあ、そうっすよねえ……はーい。じゃ、クラウディアちゃん、またねー!」


 それから、殿下は転移魔法が使える護衛騎士のジェラルドさんを呼び出して私を学生寮まで送り届けると、「フハハハハ!! いますぐ殴り込みに行かねば気が済まん!」と高笑いしながらジェラルドさんに今度は『おそらくあの部屋に我々が閉じ込められるように仕組んであろう人』の元に転移するように命じて、あっという間にどっかに行ってしまった。

 怒涛である。


 ずっと密室に閉じ込められていたせいでポカポカする頬を手であおぎながら、私は殿下を見送った。



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