第9話・リベンジ
(…………)
さて、殿下から突きつけられた衝撃の発言から早三日。
私はあれ以来ずっとソワソワしきりだった。
殿下は今のままでは私のそばにはいられないといって、毎日の第二校舎裏でのトレーニングは突如終わりを迎えた。
そもそも、だ。私は殿下のこと、好きなんだろうか。
お顔はとても整っている。見惚れるほど派手な美形だ。脚だって長くて背が高くて本当に格好いい。
それに、不遜な態度だけど優しい。面倒見もいい。
ふと、柔らかく小さく笑った表情を浮かべられた殿下を見ると私の胸はポカポカとあたたかくなる。
……これが、好きってことなのかなあ。
まだよくわからない。
私は今とても寂しい。
たったの三日、会えなかっただけなのに。このままもう二度と殿下とお会いできないんじゃないかと、そんなことを考えてしまう。
ただただ、殿下に早く会いたい。そう思った。
――ジャラ。
聞き慣れたその音に私はハッとして顔を上げる。
「……」
「……殿下」
本当はお顔を見なくたって、誰が来たかなんて分かりきっている。殿下だ。あんなジャラジャラ音を響かせている人は殿下くらいのものだもの。
殿下はいつも通りの不遜な表情で私を見ていた。
「貴様、まだこんなところに来ていたのか」
「で、殿下こそ」
「フン、気まぐれだ。貴様のことがある前から俺は元々、ここにはよく来ていたんだ」
殿下はそう言うとフイッと顔を背け、踵を返してしまった。
◆
けれど、それからまた別の日。
私が懲りずに第二校舎裏にフラフラと足を運んでいると、殿下がまたそこにいた。
私と目が合った瞬間、パパパパパパァン! と景気良く殿下のマントの下で破邪グッズが一斉に弾けた。
「魅了魔法制御の訓練は進んでないようだな?」
「うっ……目下、努力中です……」
私が気まずい声を絞り出している間にも破邪グッズはパァン! と弾けていた。
――私の魅了魔法(対象は
私は訝しんだ。
しかし、その間にも破邪グッズは爆散し続けていくので私は「失礼しました!」と足早に殿下の目の前から姿を消した。
さらにまた別の日。
習慣とは恐ろしいもので、私はボーッとしているとついつい第二校舎裏に行ってしまう。今日は殿下はまだいらっしゃってなかったから、都合よく生えている切り株に腰掛けながら魔力制御訓練のために瞑想をしていると、ジャラジャラ……パァン! とある特定の人物を指し示す音が聞こえてきて、私は意識を取り戻す。
「……邪魔したな」
目が合うと、殿下はそそくさと立ち去っていこうとしてしまう。
(……殿下、ここに来る以外にやることないのかな?)
なんて、不敬なことをつい考えてしまう。殿下は、本当にお忙しい身分の方なのではないだろうか? 私はこの点についても訝しんだ。
そもそも、殿下はこの学校でお嫁さん探し、お妃様候補を探すという崇高なる目的があるお方だ。今は私は殿下限定ではコントロールできずに魅了魔法を暴走させてしまっているらしいけど、その代わりに……というか、なんというか、殿下以外の人には悪さをしていないのだから、殿下のお嫁さん探しを阻むものは今はもうないはずなのだが。
「そういえば殿下! お嫁さん探しはどうなんですか!」
「うるさい! ぼちぼちだ!」
去っていく背中に問いかけると、ジャラ! と音を立てさせながら大声で返事が返ってきた。
またまた別の日。
なんかもう、わかりきったことではあるが。
第二校舎裏に行くと殿下に会えてしまう。今日も会った。
殿下はマントの下で今日も景気のいい爆発音をさせながら私に人差し指を突き付けた。
「貴様がいると破邪グッズがいくらあっても足りなくなる! 俺の危機はお前の魅了だけではないんだぞ! 控えろ!」
「殿下! でででっ、殿下の破邪グッズが爆散しまくりなのは! 私の魅了魔法ばっかり悪さしてるみたいに言いますけど、殿下が私といるとドキドキしちゃうからってせいもあるんじゃないですか!?」
「うるさい! それもある!」
「きゃーーー!!!」
殿下の爆弾発言を引き出してしまい、私は真っ赤になって悲鳴をあげた。殿下も顔が赤かった。ついでに破邪グッズもまた爆散した。
その日はそのまま走って逃げた。
◆
まあ、もう言わずもがなですが、第二校舎裏にいると殿下がいる。もしくは来る。
そういうわけで、今日も私は殿下と遭遇した。
「……貴様、懲りずにまたここに来おって」
「だって。……殿下こそ」
チラリと横目だけをやる私たち。破邪グッズの弾け飛ぶ音が気まずい間を埋める。
「……ここは殿下と一緒に頑張ってきた場所だから。勝手に足がここに、つい向かっちゃうだけで。そうしたら殿下がいるんですもん」
「……ああ、もう……」
殿下はガシガシと見事な金の髪を掻いた。いつだって尊大かつ優雅(派手だけど)な殿下にしては珍しい仕草だ。
パァン、パァンと殿下のマントの下が音を立てていることからして、私の対殿下の魅了魔法制御特訓の成果が今の所まるでなし、ということがよくわかる。
他の生徒や、先生たちはもう全然大丈夫そうなのに。
どうして殿下にだけはこうなってしまうんだろうか。
(……やっぱり、私が殿下のことを好きだから?)
いつぞやのことだったろうか。殿下が言っていた。魅了魔法は術者本人に対して元々好意的であればさらに効果を増すと。
その理屈でいうと殿下も私のことを、少なくとも憎からず思っているということになるのだが。
……なるのだが。
(でも、殿下は……妃にふさわしい方を見つけなくてはいけないのだから……)
私は、その相手ではないと思う。私は金で爵位を買った一代限りの成金男爵令嬢だ。
もし、殿下がひとかけらの好意を私に持っていてくださっているとしても、だとしても、殿下が私を選ぶことはないだろう。
(いつまでも、このままじゃいけない……)
殿下にもう会えないかもしれないと思った時、私は心の底から寂しかった。そして、もう一度殿下と向き合えるようになりたいと決意した気持ちも本当だ。
だけれど、なんだかんだでこの第二校舎裏に来れば殿下にお会いできるのだと知った時――私、安易に喜んでしまった。今この状況に甘えてしまった。
私にある選択肢は二つだ。
一つは、殿下とはもう金輪際、本当に会わないようにしてしまうこと。そうすれば少なくとも、魅了魔法の被害に唯一遭っている殿下とのご縁は無くなる。殿下は妃探し、嫁探しに集中できる。そして、選ばれた素晴らしい妃と共にこの国を豊かに治めてくださるだろう。ハッピーエンドだ。
……でも、私はいつか殿下以外の人を好きになったら、その人相手にまた魅了魔法を無意識に発動させてしまうかもしれない。
もう一つは、私が魔力制御の技術を極めて殿下相手にも魅了魔法を暴発させないようになること。
(……私は……)
私は恋愛感情はさておいても、殿下のことをお慕いしている。殿下ともう一生会えないのは、殿下とお話しできなくなるのは嫌だ。学園を卒業してしまえば、ただの成金令嬢の私と殿下のご縁もそれまでだと思うけど、でも、せめてこの学園にいる間は殿下と普通に会って、話したい。
いつかは私も、誰かを好きになるはずだ。その時に、知らずのうちに魅了魔法を発動させてしまうのも、嫌だ。
だとすれば、私が選ぶ道は一つしかない。
「……殿下。お願いが一つあります」
木枯らしがビュウと私と殿下の間に吹きつけ、落ちた木の葉を揺らしていった。
◆
――そして、私は再びあの場所に足を踏み入れた。
「……そうですか。あの箱の封印に、もう一度……」
「はい。あれから私も、たくさん修行を積みました! もう無駄骨は折りません!」
神官長ジルバ様は目を伏せ、深く頷かれた。
今度こそ、あの箱を解き、魅了魔法を会得してみせるのだ!
(……私はまだ実力不足かもしれない……)
だって、殿下相手には未だ魅了魔法をコントロールできないから。
あの箱を解くというのならば、殿下相手でも魔力を制御できる実力者でなければいけないかもしれない。
(でも、私……この箱、解けるまで、帰らないから!)
私は覚悟を決めていた。
私がもう一度、あの魅了魔法の封印に挑みたいと言った時、殿下は「わかった」と一言だけ仰った。そして、私がそう思っただけかもしれないけど、私の挑戦を応援するみたいに笑っていた。
ちなみにその時も空気を読まない破邪グッズはパァンと爆散していた。
殿下はずっと私を見守ってくださっていた。根気良く、私に魔力制御の特訓をしてくださった。だから、私にできないわけがない。
だって、私を見ていてくれた殿下は――すごい人なんだから!
◆
◆
そして、何時間、いや、何日経ったころだろうか。
日付の感覚どころか空腹すら感じなくなってきた。ただ、箱に触れている指先の神経だけが研ぎ澄まされていた。
カチ、と小さな音がした。箱の魔力回路に私の魔力が澱みなく流れ、走っていく。
「おお……!」
私に付き合ってくれていたジルバ様が感嘆の声を上げる。
封印の箱は開かれた。
(これが、魅了魔法……!)
箱の中に入っていた小さな手記を手に取る。その瞬間、私の頭の中に直接魅了魔法の詠唱の文句や、魔力の構築の仕方が流れ込んでいく。
(この感じ……)
私は理解した。順番は逆になってしまったが、私はこの魔法が発動している時の感覚をすでにもう知っている。私が今まで普通だと思っていた状態がそのまま魅了魔法が発動している魔力の状態だった。
魔力制御が上手になった今だからこそ理解できたのだろう。何も知らずにうっかりもしもこの箱を開けていたとしたら、私が何もわからないまま「この箱なに?」と思っただけで終わっていただろう。
連日の徹夜と極度の緊張状態の疲労で動悸のする胸に、そっと手を当てた。
そして、その状態は――殿下と対峙しているときは胸の内に溢れかえってくるなにかのせいで気づけなかったけど、やっぱり私は殿下といると魅了魔法を暴発させてしまっていたのだろうと、自覚した。
「……やり遂げましたな」
「……はい!」
神官長ジルバ様が私の肩にポンと優しく手を置く。振り向き、笑みを浮かべる。
どちらともなく、私とジルバ様はハイタッチした。
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