第8話・お前、俺のこと好きだろう

「……クラウディア嬢! 好きです! 付き合ってください!」


「…………」


 薄暗い校舎裏。私はいつも行く第二校舎裏ではなくて、煉瓦造りの第一校舎のその裏。

 放課後の時間帯はいつもこの校舎裏は日が陰っている。


 目の前には、深く頭を下げて私に手を差し伸べてくる同級生の男の子。耳が赤く染まっている。


 少し逡巡し、私は口を開いた。


 ◆


 西日が差し込んでくる第二校舎裏。学園の敷地で一番奥まったところだから、わざわざここに来る生徒はほとんどいない。私と殿下が二人でいくらわちゃわちゃしていてもまず見つからないいつもの場所だ。


「……男子生徒に告白されたぁ?」


 微妙に裏返った声で殿下は片眉を歪めがら私に問い返す。

 こくんと頷いてみせると、殿下はますます眉間の皺を深くさせた。


「……それで、どうしたんだ?」

「ええと、お断りしてしまいました」


 そうか、と短く返す殿下の表情は険しいままだ。


「……そいつは、魅了魔法の影響なしで貴様に告白したんだろう」

「――た、多分、はい」

「よかったな」


 身体計測の日はとんだドタバタだったけど、あの日を境に私の魔力制御の精度は大幅に向上した。殿下に言わせれば『アホの規模の魔力を展開させしかも無理やりそれを収束させた』経験が活きたのだろう。

 この学園で私の魅了魔法の影響を受けている人は、おそらくもういない。


 ……だから、そう、昨日告白してきた彼も、魅了魔法のせいじゃなくて、きっと彼の自身の心のままに私を好きになって、告白してくれたんだと思う。


 けれど、私は告白された瞬間、頭の中が真っ白になってしまった。


「わ、私、正直に言うと……よく、わからなくて……」

「……」

「告白してもらえて、嬉しかったんです。でも、その嬉しいって、彼に告白されたからとかじゃなくて、魅了魔法の影響なしに言ってもらえた、ってことが嬉しかったからで、彼を好きかどうかっていうと、そうじゃないな……って思って……」

「貴様、俺相手に恋バナする気か」

「え、ええっ、いえ、あのー……」


 ジロリと青い目が私を睨む。


 殿下相手だからつい気が緩んでいたけれど、冷静に考えれば殿下はこの国の殿下だ。そんなお人を相手に人差し指をもじもじと突き合わせながら「でもでもだって」と言うのは確かに、ちょっと、アレだ。不敬だ。


「……すみません」

「ふん、しょうがないヤツだな」


 素直に頭を下げると、殿下はハアとため息をつきながら、そっぽを向いた。殿下の動きに合わせマントが揺れると、ジャラリとその下の破邪グッズが音を立てた。


「断ったんだろう。それ以上気に病むことがあるのか」

「……そう……なんですけどね」

「……気になるなら、今からでも遅くはないだろう。会いに行って、お友達から~とか言えばいい」

「いっ、いえ、そんなっ」

「自由恋愛の連中はみんなそんなもんだぞ。お試しのお付き合いなんて珍しくもない」


 そうなのかなあ。この学園のほとんどの生徒は婚約者がいる人たちばかりだし、同年代のお友達とお話するようになって日が浅い私には、ちょっとピンと来ない。


「殿下も、そうなんですか?」

「…………」

「そういえば、殿下。お嫁さん探しは捗ってるんですか? 私の魅了魔法の影響も、今はもうほぼないですし」

「ぼちぼちだ」


(……あんまり捗ってないのかな?)


 嫁探し、調子が良くても悪くても「フハハハハ!」と笑っていそうな殿下なのに、予想外に味気のない返事が返ってきて私は小首を傾げた。


「その、好きとか……そういうのって、難しいですね。私……魅了魔法を垂れ流していたときは毎日のように迫られてましたけど……人に好きになってもらうのも、人を好きになるのも……私、まだよくわからないんです」

「……そうか」


 殿下の返事はやっぱり素っ気ない感じだけど……細めた瞳には少し優しさが滲んでいるように見えた。ううん、やっぱり殿下には私ってすごい子どもっぽく見えているんだろうか。実際、殿下の方が一つ年上ではあるけれど。


(……殿下って、やっぱり……優しい、よね)


 お顔を眺めながら、改めてそう思う。こうして殿下とほぼ毎日お会いしてわーわー言いながら特訓するようになるまでは、わたしの殿下への印象はとにかく偉そうで態度がデカくて派手なタイプの美形イケメンで金髪で背が高くてなんかいつもマント羽織ってて偉そうというイメージしかなかった。偉そうでとにかく飛び抜けてお顔が良くて背が高い、って感じだ。あと、成績優秀だから頭もいいんだろうなー、くらい。


 でも、そういう見た目の印象を抜きにしても……殿下はカッコいい人だな、と思う。態度だって、いつだって胸を張っているからこそのあの不遜な態度なわけで。自信を持って胸を張っている人は、カッコいい。


 ――なんて、しみじみと殿下はカッコいいなあ優しいなあと思いを馳せていると、そんな穏やかな気持ちを吹き飛ばすような勢いでパパパパパパパパパァン! ボォン! と殿下のマントの下で例の破邪グッズが突如爆発しだした。


「おおおお殿下!? ものすごい勢いで装飾品が爆ぜていくんですが!?」

「くっ……気にするな」


 殿下は慌てた様子でマントをばふばふと直す。


「い、いやいやいや……?」


 気にするな……という爆散っぷりではなかったのですが……。

 今までで一番くらいの勢いの弾けっぷりだった。


「……」


 殿下はなぜかお顔が真っ赤になっていた。その表情は怒っているようにも見えたけど……怖くはなかった。

 諦め悪く私が殿下をじっと見つめていると、殿下は何度も咳払いをして、ようやく重々しく口を開いた。


「――……その、だな。貴様。お、お、おれのことがすきだろう」

「へっ」


 予想だにしていなかった言葉に、私は目をまんまるにする。


 ――殿下のことが好き?

 わたしが? 貴様って、私……が?


 きょとんとしている間もなく、次の瞬間にはなんかもう、いままで我慢してきたものを弾けさせるというような勢いで殿下は捲し立てるように早口で叫んでいた。真っ赤なお顔で。

 私の脳みそはついていけていない。


「ちっっっとも制御できておらんのだ! 全て周囲を自分の意のままにしてきた貴様の力! 今はその力の全力を持って、貴様は俺を……オトそうとしている!」

「ええええ!?」


 殿下はビシリと人差し指を私に突きつけた。


 しばし、激昂したせいで赤い顔でハアハアと大きく肩を上下させている殿下と見つめ合う。私はまだ混乱が続いていて、何も言えず、立ち尽くしていた。


 その間に殿下は幾分か落ち着いたようで、はあと大きなため息をつくと、突きつけていた指先を下ろした。

 そして、ぽつりと小さく呟く。


「……貴様のそばにはいられない」

「殿下……」


 クルリと殿下は私に背を向ける。


 


「……ごめんなさい。でも……さびしいです」

「…………」


 思わず口をついて出てしまった一言。


 ひどく甘えた言葉に我ながら頭が痛くなるが、殿下はピタリと足を止めた。


 そして、殿下は踵を返すと私に一歩、また一歩と近づいてきた。

 手を伸ばせば届く距離にまで殿下がやってくると、また一つ殿下の破邪グッズがパァンと爆ぜた。


「殿下……」


 殿下のお顔はいつだって整っているけれど、今の殿下のお顔は……本当に心を奪われそうになる程真剣な面持ちをされていた。


「俺のそばにいたいと……いや、俺にそばにいて欲しいと願うか。それならば、努力しろ。今以上に」

「殿下……」


 殿下のいつになく優しい、低い声が耳に響いていた。


「お前は本当によくやった。無制御に全てを対象とした魅了魔法はもう展開されていない。今はただ、好きな人に向けてのみ発動している。……これは制御できるようにさえなれれば、お前が魅了魔法を垂れ流すことはもうあり得なくなるだろう」

「……」


 私はぎゅ、と胸の前で手を固く握り締めた。


「殿下、ありがとうございます……。私が、自分の魅了魔法を自覚して、今のように魔力を制御する力を身につけられたのは全て、殿下のおかげです」


 殿下は態度こそ不遜で、尊大で、大いなる上から目線だけど、いつだって私に真摯に向き合ってくれた。殿下がいなかったら、私は一生、自分が無自覚に撒き散らしている魅了魔法のおかげで自分に都合のいいように生きてしまっていたことだろう。その中で、私のせいで不幸になる人や、望まない諍いがきっと生まれてしまっていたことだろう。


「私、私も……ちゃんと、殿下と、まっすぐ向き合えるようになりたいです! だから、私、そうなれるように頑張ります。そうしたら、また……殿下と、お話したいです」

「……ああ」


 ふ、と殿下は口元を和らげた。

 その表情には殿下の優しさが満ち溢れていた。


(あ、)


 胸の中からなにかがこぼれ落ちていきそうになった、とその瞬間。


 殿下のマントの下の破邪グッズが一際高い音を立てて爆散した。

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