4.フラグ

 殿下のご両親。つまり、陛下と妃殿下は従兄妹の関係で、血が近い――から、それで色々言われたらしい。


 だからなかなか子ができなかったのだとか。

 だから生まれてきた子も魔力が少なかったんだ、とか。


(いーじゃん別に! たまたまこの人だ、って思った人が従兄妹だったってだけでさあ!)


 昔はむしろ、王族は近親での婚姻が多かったらしい。

 けど、それだと身体の弱い子が生まれやすいだとか、権力の偏りがどうだとか、より強い魔力の血を求めてだとか、そんな色々な理由から、この国の王位継承者は魔術学園在学中にお嫁さん、未来のお妃候補を見つける、って方針になったそうだ。


 出会いの多い場所で、より素晴らしい相手を見つけよう! ってわけだ。



 で、今の国王陛下もその方針に従って、魔術学園で最高のお相手を見つけた。――けど、たまたまその人が従兄妹だったんだよな〜っていう。


 こんなちっちゃい子相手に直接言ってくるようなアホはさすがにいないと思うけど、でも、わかっちゃうんだろう。殿下はすごい聡いお子様だから。自分がどういうふうに見られているのか、両親がどういうふうに言われているのか。


 陛下も妃殿下も、素晴らしい魔術師で、魔力量も豊富な人たちだ。


 なかなか子宝に恵まれず、ようやくできた子で、きっとこの子も両親の才能を受け継いで――と期待されて、祝福されて。でも、蓋を開けてみたら殿下は全然魔力のない子だった。


 この親子の気持ちは、オレなんかじゃ推し量れねえもんがあるだろう。


 でも、殿下はまだ諦めてない。

 陛下と妃殿下も、息子の才能の有無に関わらず息子を想っている。王位を継承できるかどうかじゃなくて、多分そう。


 殿下は相変わらず動くとチャラチャラ音をさせてオレの涙腺を刺激する。


(殿下にも、陛下にも妃殿下にも、みんな幸せになってほしいよなあ)


 一回気づいてしまうと動くたびにチャラ、チャラと音がするのがめちゃくちゃ「うわー」って気持ちになる。庇護欲そそられるっていうか、なんか、こう。オレこういうの弱いんだって、マジで。


 チャラチャラ音させながら肩肘張って偉そうな顔をして不遜に振る舞ってさ。健気じゃん。


(マジでオレが守ってやんなくちゃじゃん)


 認めよう。オレはすっかり絆されちまってた。この小っちゃい俺様殿下に。


 オレのあのじじ様たちの仲間入りか~、まだオレ若いのに。これ、なに? 父性?

 生意気そうで偉そうで頑張ってるのも、可愛いんだよな。慣れると。全然わがままではないし。可愛いかわいい。がんばれ、えらいぞ。


 殿下の護衛役になって、早一ヶ月が経とうとしていた。

 殿下はオレにとって、使命とか関係なしに、『守りたい人』になっていた。


 ◆


 そんな折、お城のお庭でお茶会が開かれた。

 殿下と同年代の子たちが集められたっぽい。オレにはよくわからんが、まー、合同お見合い会みたいな感じなんですかね。オレにはわからんけど。


 まあ、ちっちゃい子たちがいっぱいいるのは微笑ましいし、集まったマダムはみんな見目麗しいし、賑やかな雰囲気は嫌いじゃない。


 殿下はここにいる誰よりも偉そうにしてたけど、王子様だからこんなもんだろう。


(王族に近い貴族には殿下の魔力量の少なさは知られてるわけだし、ここでナヨった態度見せたら舐められる一方だもんなあ)


 うん、殿下の生まれ持った性格がそうだから、っていう気もするけど、まあ、そういうことにしとこう。

 実際に殿下をチラッと見てはヒソヒソしている感じのオッサンとか結構いるし。お前が殿下をヒソヒソしてもお前が殿下よりも上の権力者になることはねーからな! とか思いながらオレはポーカーフェイスに努める。はー、器用に生まれてきてよかった。


 オレもオレで、殿下が王位継承権得られなかった場合に台頭してくるかもって言われてる子の顔をチラッと探ったりしちゃったから、お互い様っちゃお互い様だ。


 魔力なかったらやっぱり王様にはなれないのかなあ、どうにかなってほしいなあ、とどうにもならないことをぼんやり思いつつ、オレは自由にウロウロしてる殿下の後ろを追いかけ回して、そうこうしてるうちにお茶会は終わりを迎えた。



 殿下は陛下と妃殿下に連れられて、他の人たちよりも先に会場を去っていった。

 オレはというと、このタイミングで休憩時間をいただくことになり、なんとなくボーッと会場から立ち去る人の波を眺めていた。


 殿下の護衛としてやっていくなら一応お呼ばれされるような貴族たちの顔と名前くらいは覚えといた方がいいしな。こうしてナマで見といた印象と肖像画とかとの印象って違うし。

 休憩時間のはずなのに、やっぱオレって根が真面目なんだよな〜と自画自賛していると、ふっと、耳に慌てた声が聞こえてきた。


「――おっ、お嬢様っ、い、いけません。わたくしのようなものに……」

「遠慮なさらないで。すぐに治りますわ」


 ……しゃがみこんだ中年の侍女が、慌てて少女を制してる。

 どうも、こけたか何かして脚をひねるか、ぶつけるかしたらしい。足首のあたりで破れたストッキングとか見える肌が青くなっていた。


 侍女は少女が何かしようとしているのを止めようとしていたけれど、少女は全く気にせず、『何か』した。


 ぱあーと淡く光が光って、それがやんだと思ったら、侍女の色の悪くなった肌が元々の肌色にきれいに戻っていた。


 ――これって。




 オレは「ひゅ」と声にならない声を呑み込んだ。


 侍女はひたすら慌てふためいている。すっかり恐縮しきって少女にぺこぺこお辞儀しているのが目に入った。


 ひとしきりお礼を終えた侍女が少女から離れる間、少女はニコニコと満足げにずっと手を振っていた。


 ……いやいやいやいや。


「ちょ、ちょいちょいちょい。待って、待って」

「……? どうしましたの?」


 侍女が完全に近くからいなくなってから、オレはフラフラと少女に近寄って行った。

 オレは、この子の名前を知っている。


 ――イレーナ・ベルクラフト。この国にベルクラフトの名前を知らない人間はいないだろう。

 血統で遺伝する特殊魔法ってのがこの世には存在するが、ベルクラフトはその中でも特別特殊かつ有用な力を持っている。


 『癒やし』の力。怪我や病気を治すことができる力の持ち主の一族、それがベルクラフト。まあ、この世の全ての病を治すことはさすがにできないけど、そこは言葉のアヤってことで。


「ええと、イレーナ様? いまの、ベルクラフト家の『治癒』の力ですよね?」

「それがどうかいたしまして?」


 きょとんと少女は首を傾げる。かーわいー。普段この年頃の子って殿下としか接しないから普通にちっちゃくてかわいい子って新鮮~。なっつかしいなあ、弟妹たち元気かな~。

 ……ってそんなこたぁいいんだよ!


「イレーナ様、そんなに簡単にそのお力を使っちゃダメですよ!」

「えっ……」


 大きな目を少女は潤ませる。


「でも、傷ついた方が目の前にいるのに、見てみない振りをするなんて……」

「普通の人は『癒やし』の力なんて使えないから治せないんですよ。いいんですよ、『どうしたんですか、大丈夫ですか、大変ですね』って一言声かけるだけでも、声かけてもらったほうは嬉しいもんです」

「……でも……」


 イレーナ様はあんまり納得ができないみたいで、オレから目を逸らして、もじもじと手元をいじる。


 あんなポンポン、特別な力なんて使っちゃダメなんだって。オレはつい焦って早口になりながら頑張って説明した。


「力の安売りをしないってのも持っている者の義務ですよ! それに、あのくらいのかすり傷は自然に治した方が強くなるからいいんですよ」

「つ、強くなる? そ、そうなんですの?」

「そーですよ。人は傷ついて自力で立ち直って強くなっていくんです。それを邪魔しちゃよくないな、って気、しません?」

「じゃ、邪魔をするのは……よくないですわね……」


「そうですそうです。あ、でも、もちろんあなたの力が本当に必要になってくる場面もあると思いますからね、そういうときは活躍してもらって。でもまだあなたは小さいですから、ご両親の言うことをよく聞いて」

「……わかりました。お父様も、あなたと似たようなことを仰っていたことがありました……。……気をつけます」


 あー、しゅんとしちゃった。

 俯くと小さい子特有の丸いほっぺたに唇のつんと尖っている輪郭が目立ってちょっぴり胸が痛む。

 まあでも、しょうがねえよなあ。


 無償で力は振りまくもんじゃないし、このお嬢さんはもうちょっと自衛を意識したほうがいい。


(優しい子なんだろうけど、逆に厄介だよなあ……。あんな感じじゃすぐ騙されて悪い奴に誘拐されちゃうぞ)


 特殊魔法は基本的に秘匿されている。バレたらその力を悪事に使われる可能性だってある。

 でも、ベルクラフトの『癒やし』の力だけは初代当主の意向により、力を隠していない。ベルクラフト治療院なんてものを作って、みんなに施しを与えている。


 それだけに、ベルクラフト家に生まれてきた子たちは今まで何度も狙われてきた、らしい。


(護衛もいるんだろうが……)


 周囲をなんとなく見ていると、おそらく彼女の護衛らしい人物と目が合った。なんとなく申し訳なさそうな雰囲気を出される。

 うーん、この護衛さんが止める間もなく、侍女がこけたのを見て「大変ですわ!」って駆け寄って行っちゃったんだろうなあ。その構図はやすやすと目に浮かぶ。


 殿下は偉そうだけど、問題点を挙げるとしたら偉そうなところくらいで、わりと無茶はしないし自分の立場は弁えてるし、護衛としてはかなり楽なんだよなあ。

 このくらいの年の子って、しっかりしているように見えても「なんで!?」っていうミラクルな行動力見せてくることあるから大変だよな。特にこの子イレーナ様はわりと衝動的に動きそうなタイプだし、大変だなー。


 なんて、謎の上から目線で彼女の護衛に同情してしまった。





 ……今、振り返ると、この同情は全然他人事じゃないのだった。

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