3.殿下のお守り

 さあて、殿下がお勉強中はオレは休憩時間。護衛役は部屋の中と外に控えている別の王立騎士団の奴らと交代だ。ちなみに二人とも新人だよ、絶対去年からいる奴ら全員殿下の護衛避けてるだろ? 何があったんだいままで。そんなに殿下は……まあ、偉そうだな……。……まあオレも、やんないでいいよって言われたら殿下の護衛はやんねーな……。


 まっ、それはそれとして! オレはなんとなーく気になって、ある場所に向かっていた。


 城の一角にある、破邪の守りの製作工房……。ここで日夜職人たちは王族のために破邪の守りを作っている。

 ま、でも、破邪の守りが壊されるなんてことは滅多にないから、毎日何かしら作ってるのは必要にかられてではなくて、技術を絶やさないためって意味合いのが強いらしい。


「あ、どうも。オレ、今日からアルバート殿下の護衛に任命されたジェラルドっていうんですけど」

「……?」


 突然の訪問者に、怪訝な目線が無遠慮に投げつけられる。殿下の名前をあげると、睨むようにオレを見ていたじいさんの太い眉がぴくりと上がった。


「破邪の守りのことについて聞きたくって、ちょっといいスか?」

「今、仕上げの大事な作業中だ。……ちょっと待っとれ」


 ツンケンっぽい気がしたけど、意外と話をしてくれるっぽい。工房には何人か人がいたけれど、このじいさんがどうも工房長っぽかった。


 そこで待ってろ、と示された工房の端っこに置かれた長椅子に腰掛ける。どうもこの一角が休憩スペースっぽい。

 長椅子前にはちっさい机があって、「さあどーぞ」とばかりにお盆の上に大福が山盛りになっていたからオレは特に深く考えず手を伸ばしていただいた。


 おっ、甘さ控えめで食べやすい。皮がちょっとしょっぱいのがいい――。


「ああっ、お前、何を勝手に! そ、それはアルバート様に差し上げる大福!」


 ありがたくうめえなあ、って思っていたら、さっきのじいさんの大絶叫が響いた。

 手を拭きながらこっちに来たのか、ウエスを握りしめてわなわなと震えてる。


「いっぱいあるからいーじゃん」

「アホ! 殿下には山盛りになっている状態で差し上げたいに決まっとるだろ!」

「なんだそれ」


 え、てかこれ殿下用なんだ。よく来るんだ、殿下。

 ぷんすかしているじいさんを半目で見上げる。


「すげー可愛がりようだなあ……」

「……アルバート様はなあ、本当にいい子でなあ……あんなに小さいのに、細かいところまでよく気にかけてくださってて……ちょっと生意気そうなところがまた……」


 じいさんはしみじみ語る。「はあ」とついたでっかいため息はちょっと湿っぽい雰囲気だ。


「ガチの孫みたいになってんじゃん」

「そうもなるわ! アルバート様はこ、このしがない工房長のわしにまで、誕生日のプレゼントをな……!」

「あーあー、わかったわかったわかりました! んで、もう作業はいいんスか!」


 放っておくと延々と「わしのかわいい王子様語り」が続くそうだったのでオレはちょっと強引に遮る。


 じいさんが「む」と眉をしかめつつも頷いたのを見て、本題を切り出した。


「王家が持つ、っていう破邪の守りってあるじゃないっすか。あれって、本人以外が作ったものでも持ってたら効果、あるんすか?」


 しかめ面のまま、じいさんは首を横に振った。


「破邪の守りはご本人の魔力をこめたものでなければ大した威力は発揮せん。……陛下と妃殿下の破邪の守りは、本当にただの『お守り』でしかない」

「……そっか」


 あのチャラチャラいっているお守りは、マジで『お守り』らしい。やっぱそうかー、とは思いつつ、あのささやかなチャラ音が蘇って、ついつい胸にくる。


「……殿下の護衛になったのだと話していたな、ジェラルドとやら。……見たのか」


 うん、見ちゃった。マントの下にちょこんとつけられた三つのお守り。

 二人は父と母のものをぶらさげて、チャラチャラしてるアレ。


 じいさんと二人揃って「は〜」とでかいため息をつく。


 アレなあ、ちょっとなあ、そうなるよなあ。わかるよ。


「殿下はどうにか、もう少し自分の破邪の守りをもっと多く持てないかと苦心されていてな。ワシらも技術の限りを費やして協力しとるんだが……。やっぱり、殿下の魔力量では、破邪の守りは一個持ち歩くのが精一杯なのだ」

「あー……なるほど」


 それで殿下はこのじいさんの工房にしょっちゅう来ているわけ、と。そして職人であるじいさんもついつい殿下に同情的になっちまってるわけだ、と。


 たくさんぶら下げてても、実際に効力を発動させるには術者本人の魔力が必要、か。まあそりゃそうだよな。

 そして、常時守りの効果を発動させてないといけないから、たくさん持ってても魔力がなかったら負担がでかいっつーか無理だと、そういうワケね。


 オレとじいさんは二人揃ってしんみりしながら大福を食った。ちょっと効いてる塩味がニクかった。

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