5.フラグ回収

「――アルバート王子殿下が、行方不明!?」


 王立騎士団の防音バッチリな特別室で、上官が叫ぶ。


 オレは「はい」と情けなく頷くしかなかった。


 殿下のご要望で王都に二人で出ていたときの出来事だった。

 人混みの多い大通りで、殿下がちっちゃいヘアピンを拾ったんだ。


「多分あの子だ。さっきからこの辺りをずっとウロウロしている」


 そう言うと殿下はサッと人並みの中に紛れて行ってしまった。「えっ」とは思ったけど、引き留める間もなく殿下は視界から消え去り、オレはまずその場で待ってたけど戻って来ず、周囲を探しても、どこにも殿下の姿は見つからなくなってしまった。


 オレ、人より頭一個分くらい背高いから人混みの中でもオレのことは見つけやすいはずなのに、殿下は戻って来なかった。


 真っ青になってオレは王立騎士団に報告するしかなかった。

 上官もまた真っ青で頭を抱える。


「なんで目を離したんだ! くそっ、まだ学生気分が抜けておらんようだな! はあ……お前は殿下の護衛に任命されたせいで騎士団の全体演習にも欠席しがちだからやむを得んか……」


 いや、その言い方するなら卒業したての青二歳をいきなり殿下の護衛役にぶち込むなよ。


 上官と、この場に集められた複数の騎士団精鋭たちは王都の地図を広げて、ああでもないこうでもないと殿下の居場所の考察を始めた。

 たんに一人でお散歩しているだけかもしれない、それならココかなとか。この辺りは出店が多いからそこにいるかもとか。

 この辺は治安が悪いからどうたらとか。


(殿下がお忍びで王都をエンジョイしてるだけならいいけどさあ……)


 殿下、そういうことするタイプかな?


 ……くそっ、わかんねえ。そんな気もするし、そんなことしなさそうな気もするし。


 箱詰めの狭い部屋で、男連中が揃って額突き合わせてるこの状況、頭がクラクラしてくる。

 そのうち、部屋の中にまたも青い顔の騎士と、どっかの茶会で見かけた顔の男が入ってきて、上官になにやら耳打ちを始めた。


 上官はぽかんと大口を開けて、引き攣った顔でオレたちに告げる。


「ベルクラフト公爵の娘、イレーナ様もいなくなってしまったそうだ」


 ――マジかよ!


 あの時、あの子の護衛に同情してる場合じゃなかった! ほんとにそう。オレは同じ護衛という立場の人間として、イレーナ様の護衛の男と目と目で通じ合う。お互いに引き攣った笑みを浮かべていた。


 人間どうしようもなくなるとなぜか顔が笑うんだよな、わかるわ。


 なあ、ていうか、それ、殿下とイレーナ様、一緒に連れ去られてない? いくらなんでも別々に行方不明案件が同タイミングでは起きない……よな?


 なんでそんなことになっちゃってるんだ。


(や! そんなこと、今考えてもどうしようもねえ!)


 オレは気を取り直して、「そうだ」と殿下の気配を探る。そうだ、あんまりのことで頭からすっぽ抜けちまってた。殿下はどこだとあーだこーだ言う必要なんかなかった。殿下が持っている、『座標』、これの位置を探れば殿下がどこにいるか、オレにはわかるはず……。


「……うっそだろ」


 殿下は、オレの転移魔法の『座標』になる魔道具をお持ちのはずだ。


 なのに、その『座標』がどこにあるのか感知できなかった。


(い、いやいや、オレが護衛になるってときにテストしたときはちゃんと反応してたはず! 殿下の魔力量がいくらしょぼいからって、コレが使えねえってことは……)


 ふと、頭に過ぎる。


(……破邪の守りが使われた? 破邪の守りを発動させたことで、魔力切れを起こしてしまって、オレの『座標』に使うための魔力が足りなくなってる……?)


 頭の先からつま先まで、一気に冷たい血が流れていった。


 殿下が破邪の守りを使うハメになったってことは、やべえ危機にあってるって、そういうことじゃねーか。


「――オイ、ジェラルド!」


 上官がオレを止める声は聞こえたが、無視してオレは城を飛び出していた。


(あんなところで額突き合わせてたところでどうしようもねえよ! クソっ、どこだ、しらみつぶしに探してってやる!)


 オレは王都中を走って、転移して、路地の奥からゴミだめみたいなとこまで隅々見て回った。関係ねえ悪事を何個か見つけてついでにのしといた。


 ◆


 転移魔法には膨大な魔力を消耗する。

 転移魔法の術者は限られている。努力して身につく魔術じゃない。生まれ持った適性がなければ習得できない類の魔術だ。


 運よく転移魔法を習得できても、魔力の消耗の激しさに転移魔法の使いどころは結構悩まされるものだ。転移魔法なんてものがあっても、それを日常的に活用するのは難しい。馬車だの蒸気機関車だのの代わりにはなれない。


 オレは、めちゃくちゃいっぱい魔力があるから……一日に連続で使っても、まあ、平気。大丈夫。だけど。


 さすがにキツくなってきて、オレは足を使ってしらみつぶしに殿下を探した。


 そして、ようやく、オレは殿下を見つけるのだが――。



「ん。どうした、ジェラルド。遅かったな」


「……」


 その時には。全てが終わっていた。


(なんで、殿下が野郎どもの亡骸の上で悠々と仁王立ちしてんだよ!?)


 いや、亡骸って、死んでねーと思うけど。


 バッタバッタと倒れているガラ悪そうな屈強な男たちを踏みながら殿下はこっちに歩いてくる。殿下の背に隠れるようにして、少女……イレーナ様もいらっしゃった。


「殿下……」


 ひっくひっくと泣いている女の子の手を引いて、胸を張って悠然と歩くお姿。見間違えようもない。殿下だ――。


 やっぱり、イレーナ様と一緒に誘拐されていたらしい。


「で、殿下、ご無事だったんですか」

「ふん、俺をなんだと思っているのだ! 偉大なる王ジオルグの一人息子だぞ、俺は」

「殿下……。このお倒れになっている皆様方は一体……」

「俺が倒した」

「殿下があ!?」

「なんだその反応。失礼なやつだな」


 ふん、と殿下は腕を組んでふんぞり返る。


「い、いやいやいや、だって、殿下さあ……」


 魔力カッスカスじゃん?

 でも、魔術も使わず八歳の男の子がこの数の悪漢をぶち倒せるわけはない。


 殿下はますます偉そうに眉を吊り上げて、ふん、と鼻で笑った。


「なんか急に魔力が漲ってきて倒せた」

「そんなことある?」

「ある。あった」


 ――急に、魔力が増大するという事例は、ある。


 魔術学園でも習った。でも、確率的には本当にごくごくごくごく少ないものだ。だから、生まれつき魔力が少なかったとしたら変な期待はせずに諦めるのが普通だ。


 成長途中で急に魔力が一気に増えるだなんて、スロット十回回して全部スリーセブンみたいな超奇跡だ。


「……んな、都合良すぎな……」

「ふん、都合のいい幸運ならいくらあっても構わんだろう?」

「いやまあ、構いませんけど」


 殿下はまたふふんと鼻を鳴らして胸を張る。

 なんつーか、ご機嫌そうなご様子だ。


 そりゃあ、嬉しいよなあ。喉から手が出るほど魔力欲しかっただろうになあ。よかったなあ。

 殿下のご満悦顔にしみじみしつつ、オレはふと思い出す。


「え。でも、じゃあなんでオレの『座標』は……」


 反応しなかったんだろう。

 殿下の魔力が急になんだかめっちゃくちゃ湧いてきたっていうなら、オレの『座標』も問題なく機能するはずなのに。


「ん?」


 殿下はきょとんとして、マントを引っ張る。

 持ち上げられたマントの裏地には、破邪の守りが仲良く三つ並んでいた。


「オレの『座標』は?」

に忘れてた」

「――そんなことある!?」

「ある。あった」


 ああくそ、しれっとすんな! これ、殿下の自己責任だよなあ!?

 あっ、でも、そうですね、ご自分でご解決されてましたね、そうですね!


「ご両親の破邪の守りは肌身離さないのにオレのことはどーでもいいんですね、ふーん」

「つまらんことで拗ねるな。現に問題なかっただろうが」


 口を尖らせる殿下にオレは、わずかばかりの危うさを感じて眉根を寄せる。


 こりゃやばいぞってなって魔力が急に湧いてきて……それで、『お試し感覚』って感じで、やってみたくなっちゃったんだろう。それで一人でこいつら全員のしちゃったんだろうけどさ。


「殿下。今回はたまたまあなたお一人でうまく行きましたけど、それはとても運が良かっただけです。『大丈夫だ、できる』と思っても、あなたは絶対に一人で無茶をしてはいけないお方です。わかりますか」

「……」

「どんな雑魚が相手でも、楽勝だと思ったとしても、あなたはちゃんと護衛オレを呼ばないといけないんです。いいですか? 次また似た機会があったら、必ずオレを呼ぶように」

「……わかった」


 殿下はいつも吊りあげている眉をわずかに下げて、小さく返事をする。

 珍しすぎるバツの悪そうな様子に、こんな時になんだかちょっと胸がキュンとした。


 あー、そうだよな。すげえ背伸びしてるけど、この人だってまだ八歳の子どもなんだよなあ。


「あはは、なーんて言うけど、あなたにもまだ幼いところがあって、オレは個人的には安心しちゃいました!」

「……ふん」


 殿下はそっぽを向いてしまった。まだまだ丸みのある頬はうっすらと赤い。


 今日みたいなことはもう二度とごめんだけど、これくらいの年のうちにちょっと痛い目見といたのも、殿下のこれからも考えたら悪いことばっかじゃねえのかな。


(オレも、今日みたいに殿下から目を離すなんて体たらく二度としないようにしねえと……)


 固く胸に誓いつつ、オレはしゃがみこんで、まだ泣いているイレーナ様の頭をそっと撫でた。


「ごめんごめん。ずっと殿下とばっかり喋っちゃって。イレーナ様もずっと心細かったですよね。すぐに転移魔法で安全な場所にお連れしますからね」

「……わたくしのせいで、王子殿下を巻き込んでしまったのです……。いつか、あなたにもご忠告いただいておりましたのに、わたくし、わたくし……」


 ぽつぽつとそんなことをこぼしながら、イレーナ様は真っ赤な目をこする。


 あー、この言い方の感じからすると。

 街中で何かしら怪我した人を見つけて駆け寄ったら実はその人が悪い人で……イレーナ様がまず危ない目にあって、それをたまたまオレとはぐれたタイミングで目撃した殿下が助けようとして二人纏めて攫われてった、って感じかな?


 それでアジトに着いてから殿下が急に魔力に覚醒して今、みたいな。


 二人の口から真相を聞くのは城に戻ってからにするけど、おおかた八割くらいはオレの想像で合ってると思う。


「うんうん、これから気をつけたらいいんですよ。ご無事でよかったです」

「……わたくし、決めましたわ!」

「うん?」


 イレーナ様の涙まじりの反省をうんうんと聞いていたオレは、急に気合いたっぷりに拳を握りしめた彼女に目を見開く。


「悪党どもをバッタバッタと薙ぎ倒す殿下のお姿! とても勇猛で素敵でした! わたくしも……そうありたいのですわ!」

「えっ」

「わたくし、強くなります。人に優しくするばかりではよくないのだと学びました。これからは苛烈さを身につけますわっ」

「ま、待って待って。苛烈にはならなくてもいいんじゃない?」


「……まあ、イレーナはそれくらいでいいんじゃないか」

「ちょ、殿下!?」


 なんか変な方向にいこうとしてない? と思って引き留めるオレに、殿下は腕を組んだまま偉そうにわけ知り顔で首を振る。


「どうせコイツが苛烈を目指したところでなりきれんだろう。根が筋金入りのお人よしだからな。志すくらいでちょうどいいかもしれん」

「……そうかなあ……」


 意外と適性があってさながら悪役令嬢みたいになっちゃったらどうすんの? と思いつつ、オレは口を閉ざした。

 殿下、そういうこと言うとフラグが立っちゃうんだよ。ソースはオレ。


 ともあれ、誘拐事件はこうして幕を閉じたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る