【4/17コミックス発売】魅了魔法を暴発させたら破邪グッズをジャラジャラさせた王太子に救われました

三崎ちさ

第1話・女神の子、クラウディア

 クラウディアは街でも評判の美しい娘だった。


 父は平民の商人だったが、クラウディアが産まれてから商売が途端にうまくいくようになり大儲け。今では男爵の爵位を得たほどだった。

 父からクラウディアは『女神の子』と呼ばれた。


 難しい商談でも、クラウディアが伴っていれば嘘のようにうまくまとまってしまうのだ。

 クラウディアは特段珍しいことができるわけでもなく、優れた知識を持ち合わせ話術に優れているわけでもない。なにしろ、物心ついたときからの話だ。ただ、ちょこんとそこにお行儀よく座って、「こんにちは」と挨拶するだけでよかったのだ。


 クラウディアはただそこにいるだけで人々を魅了した。クラウディアはニコリと微笑むだけでいい。挨拶の一言でも言うだけでいい。

 本当にただ、そこにいる。それだけでいいのだ。


 クラウディアには平民の生まれには珍しく、魔力があった。魔力を正しく扱うための魔術学園へと通うことになった。

 この国で魔力を持つ人間は貴族に多く、『魔術学園』と銘打っているものの、実態としては『貴族学園』と呼んでも差し障りはないほどであった。


 平民生まれの娘が学園内で萎縮しすぎることのないようにと心配した父は、そのために爵位を金で買ったのである。『女神の子』たる実娘を父はそれは大層かわいがっていた。

 


 しかしクラウディアの学園生活はけして楽しいものではなかったのだった。



 ◆



「お前ほど美しく心やさしい女を俺は知らない。……クラウディア、愛している……」

「あの……オルガ様。あなたさまにはご婚約者が……」

「なあに、親の決めた政略婚だ。婚約の破棄などいくらでもできる」


 壁ドン。


 薄暗い校舎裏。煉瓦造りの校舎の壁に手をつき、私を見下ろす彼はオルガ・ツィルギリー侯爵子息。鋭い金の目と珍しい銀髪が目を引くちょっぴりワイルドな雰囲気が魅力的! と学内での人気のあるお方だ。


 うん。見事な壁ドンだ。逆光で陰る彼を見上げながら、私は眉を顰める。


(……壁ドン、もう慣れちゃったな……)


 心やさしいと彼に言われるようになった心当たりを探す。……だめだ、思いつかない。

 強いて言うなら、こないだ特別授業で席が隣になった時に彼が落とした万年筆を拾ってあげたことくらいだ。

 ……それくらいのことで、婚約者を捨てて私にアプローチしてきてるのかしら。まさか。……まさか。


 ……でも、まさかじゃないんだよなあ。


「──ちょっと! これは一体どういうことなんですの!?」


 はあ、とため息をつこうとしたところで、キンキン耳に響いたのは甲高い女性の声。


「なっ……リンドマリー!?」

「呆れた、クラウディア様。あなた様のお噂はかねがね伺っておりますわ! 婚約者のいる殿方にも色目を使うふしだらな成金令嬢だとか! どうせ玉の輿でも狙ってらっしゃるのでしょうけど!」


 ああ……修羅場だ……。


 この学園に入学してから、コレで何度目のことだろう。

 でもこれでオルガ様からの壁ドンからは解放されそう。よかった。


「珍しい薄桃色の髪! 美しい白い肌、吸い込まれそうな大きな瞳! その愛くるしい見た目でどれほどの殿方を籠絡してきたことなのでしょうね! 全く……嘆かわし……なげかわ……かわ……?」


 あっ、きたきた。来たぞ。

 私を見つめるリンドマリー様の突きつける人差し指が震え始める。お顔も赤くなってきた。


「……かわいい……っ!」


 感極まった掠れ声が絞り出される。


 はああ~とリンドマリー様は両頬を抑え嘆息しきるとその場にしなしなとへたり込んでしまった。


「こ、こうして間近でお顔を拝見しますと……えっ、嘘……かわいい……えっ、どうしてこんなかわいらしい……信じられない……かわいい……ああっ……!?」


「そうだろう、リンドマリー。これはちょっと耐えられない愛らしさだろう!? 俺はもう彼女しか考えられないんだ!」

「クラウディア様がかわいらしいことには同意しかありませんが、それは承服致しかねますわ!!! 彼女と結ばれるのは……このわたくしです!」

「なっ、なんだと、リンドマリー! 許せん! 絶対に彼女は渡さない!」

「望むところですわっ、彼女はわたくしが守ります!」


 白熱するオルガ様、リンドマリー様。

 私はその間にコソッとこの場を抜け出した。


 これは私の日常茶飯事。なんだかよくわからないけど、こう……私はめちゃくちゃモテるのだった。



 ◆



「アイリス! 君との婚約を破棄する! そして……僕はこの男爵令嬢クラウディアと新たに婚約を結ぶことをここに宣言する!」


 シン……と静まり返るホール。


 定例の学校集会、生徒会長であり公爵家長男のゴードン様がマイクを片手に大見えを切った。このマイクは魔法の力によって、声を張らずとも広い広いホールのどこにいてもお声が響く便利な代物だ。


(え……。なぜ、学校集会でこんな婚約破棄宣言を……!?)


 しかも私の名前をちゃっかり挙げていた。戸惑いと共に壇上の彼を見つめていると、バチッと目が合い、意味深にウインクされた。


 学年の違うゴードン様と私に接点はない。強いていえば、毎朝の挨拶運動で校舎の正門に立たれているゴードン様と毎日「おはようございます」と挨拶を交わしていたくらいだ。でもそんなことは全生徒みんなやっている。だって、挨拶運動だから。生徒会長のゴードン様はみんなと挨拶をしている。それなのに、なぜ。


「……一体、どういうおつもりですか! 学園の集会においてそのような私的な宣言をなされるなど、あなたに公私の区別はありませんの!?」


 先程ゴードン様に婚約破棄を宣言されたアイリス様がガタッと勢いよく立ち上がり、彼に苦言を呈す。令嬢としてははしたない動作だけど……こんな場所でこんな時にこんなことを言われたら、やむを得ないだろう。


「フフン、この学園中に知らしめるべきことだと思ってね。どうやら君はこの愛らしいクラウディアに嫌がらせをしていたそうじゃないか!」

「そんなことはしておりません!」


 ……アイリス様とも接点……ないな。


(……あ、もしかして、この間の合同調理実習で、タマネギを切るのをご一緒させていただいた時の……)


 その時、アイリス様はタマネギの沁みる液にやられてベソベソになってしまったのだ。それで、私が「代わりにやりましょうか?」と申し出た。私もそれなりにべそべそにされてたけど、元平民成金娘の私は普段から自分で調理することには慣れていたし、被害はアイリス様ほどではなかった。


 ……勘違いされそうな場面は……これくらい、かな……。


「あなた、なんてことをいうのですか……わたくしが、この、全世界で一番愛らしいクラウディア嬢に嫌がらせなど! するわけ、ないではないですか!!!」


 マイクも使ってないのに、アイリス様のよく遠く声がホールに響き渡る。声量が半端ない。たしか、アイリス様は声楽クラブのエースだった。


 壇上のマイク、座席の肉声。ホール中を飛び交うお二人のお声! お二人の盛大なるお言葉のやり取りの喧嘩は止まらない。


「……クラウディアさん、ちょっと」


 盛り上がる二人に見つからぬよう、コソッと三角メガネの先生がちょいちょいと手招きして私をホールから脱出させてくれた。



 ◆


「ふう、困ったものですね。クラウディアさん、これで何度目?」

「すみません、先生……」

「ああ、いいのよ。クラウディアさんが悪いわけではないんですものね」


 薄ねず色の髪をキツく巻いた先生は少し慌てた様子で手を振った。


「あなたはとっても素晴らしい生徒ですもの。頑張り屋さんで一生懸命で真面目で。だからあなたがみなさんに愛されることは先生、よくわかります」

「あ、ありがとうございます」


 うーん、頑張り屋で一生懸命で真面目って、実際のところ『とにかく頑張ってる』ってことしか褒められていないような気が?

 でも、私、成績は全部『優』だものね! うん、優等生!


「……ねえ、クラウディアさん。良かったら、これからはワタクシと二人きりで特別授業を履修することにしない?」

「えっ!? そ、それは、ダメなのでは」

「特例でワタクシが担当している科目以外の単位も取れるようにするから! ねっ、クラウディアさん。こんな思春期の群れに紛れて何か間違いがあったら……先生、心配でならないの……ッ。ねっ」


 はあはあと荒い息遣い。先生の特徴的な三角メガネが白く曇って……。


「ひ、ひいっ! し、失礼しまーす!」


 私は大慌てで三角メガネの先生から逃げていった。



 ◆



 トボトボと学校の校舎から寄宿舎へ帰る道を一人歩く。

 

 ──これはもはやモテるとかそんな範疇の話ではないのでは?


 薄々気がついていたけど、直視することは遠回しにしていた現実に、私は今更ながら頭を抱えた。


 どうしてこうなる。どうしていつもこんなふうになる? 私はもっと地味に、堅実に生きていきたいのに。


 私……こんなめちゃくちゃな学園生活、無事卒業を迎えられるのかな?

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